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第10話:辺境の独眼竜
#06
しおりを挟むノヴァルナも勝負の流れが、相手のマーシャルに傾いた事は肌で実感していた。加速と共に撃ち放った、必中のはずであった超電磁ライフルの一撃。それをかわしたマーシャルが撃ち返すと、ノヴァルナの回避コースにピタリと着弾したのだ。
ヘルメット内に鳴りやまないロックオン警報に危険を察知し、反射的に機体を翻したノヴァルナだが、マーシャルのペイント弾は右脚大腿部に命中する。
右脚が青く染まったノヴァルナの『ショウキ』は、コンピューターが先程のダメージと合わせて右脚の機能喪失を判定し、即座にローカルNNLを含む、右脚の全システムを停止した。
“なにッ!? あれでかわせなかっただと!”
右脚とは言え、咄嗟の回避行動にもかかわらず直撃を喰らった事に、ノヴァルナは意表を突かれた。それでもすぐに上体をよじらせ、マーシャル機に向けてライフルを構え直し、反撃すると同時に、距離を取ってロックオン状態から脱するため急加速をかける。
ところがマーシャルは、まるで先読みしていたかのように、次のペイント弾をノヴァルナの行く手に送り込んで来た。ロックオン警報の中を、ひときわ甲高い被弾警告音が突き抜けると、直撃の可能性が非常に高い状況だ。“クソッ!”と胸の中で毒づいて、ノヴァルナは機体をひねらせる。宇宙空間でバック転したノヴァルナ機の脇腹をペイント弾が掠め、その先の駆逐艦の重力子ノズルを真っ青に塗りたくった。
ノヴァルナは機体が回転するに任せて、ランダムな角度で発進させる。予測をつかせないためのいわゆる“明後日の方角”だ。だがそこにもマーシャル機の放ったペイント弾が飛んで来た。
“!!!!”
驚いている余裕もなく、ノヴァルナは歯を喰いしばって『ショウキ』をスクロールさせる。機体の左腕先に、至近で破裂したペイント弾の塗料が付着した。コンピューター判定では装甲板が削られて、神経ケーブルの一部に損傷を受けたようだ。左手で超電磁ライフルのトリガーが引けなくなった旨の表示が出る。
しかもマーシャルの銃撃はそれだけにとどまらない。次々と飛来するペイント弾は、確実にノヴァルナの進行方向に立ち塞がる。
「クソ忙しいこった!」
回避するだけで精一杯となったノヴァルナは減らず口を叩いた。だが口調に精彩を欠いた感があるのは否めない。直撃はないものの機体のあちこちが、至近で破裂するペイント弾の飛沫に染まっていく。
一方、ノヴァルナを追い詰め始めたマーシャルであったが、こちらも苛立ちを募らせていた。ノヴァルナの機動のクセを見切った上での反撃であるのに、その射点の悉くを紙一重でずらせ、致命傷を受けるのを防いでいるのだ。こんな相手は初めてだった。
“当たらねえ! なんだコイツは!!”
実際には前述の通り当たってはいる。だが確実なダメージでなければ、当たっていないとの同じだ。超電磁ライフルの残弾表示がゼロになり、素早く弾倉を交換するが、これが最後の一本である。弾数は八発だ。追跡を続けるうちに、周囲は惑星レンパレスの夜の面となっていた。ダンティス軍主力艦隊の艦艇が無警戒に幾つもの灯火を点して、星空を映した夜の河のように音もなく列を成している。
もっともこれらの光景は、マーシャルやノヴァルナが操縦しているBSIの全周囲モニターでは、視認性を考慮して昼の面と大差ない映像に処理されていた。マーシャルは姿を鮮明に映し出されている、ノヴァルナ機を睨みつけながら呟き、ライフルを照準する。
「まあいい。当たらねえなら残った弾は全部牽制だ! 接近戦でケリをつけてやる!」
そのノヴァルナは、このような窮地でも精神の一部は冷静だった。模擬戦の開始からマーシャル機の発砲回数を数えており、二人が同じ機体を使用している事もあって、残弾数をほぼ正確に把握していたのだ。
するとノヴァルナはマーシャルの銃撃が、残弾がおそらく九発か八発となったところで、撃破狙いから、進行方向を限定させる牽制射撃に変化した事を感じ取った。接近戦で決着をつける意図なのだろう。
“望むところだぜ!”
自分からマーシャルの射点に突っ込んで行ってしまうような、奇妙な射撃に翻弄されていたノヴァルナだったが、ポジトロンパイクやQブレードを使った白兵戦なら挽回の余地はある。そう考えて、自らも残弾が1になるまでライフルを撃ち返しつつ、わざとらしいスクロールを一つ入れて相手の牽制に乗せられる素振りを見せ、艦隊の列の間に滑り込んだ。
“わざと乗せられてやるってのか? いい度胸だ!”
眼光は鋭いまま愉悦の表情を作ったマーシャルは、こちらも残弾を一発残してライフルをバックパックに固定した。そして代わりにポジトロンパイクを起動し、前方に突き出す形で両手に握ると一気に加速、ノヴァルナ機との距離を詰めて行く。
「いただくぜ!」
二隻の巡航艦の間をすり抜けるノヴァルナ機が、速度を落とした所を狙い、マーシャルは後方から間合いを詰めて来た。
だがそれはノヴァルナの意図するところだ。右側の巡航艦をぐるりとひと回りし、マーシャル機を艦の裏側へ誘い込むと反転して待ち伏せ、ポジトロンパイクで突撃を仕掛ける。
死角から飛び出して来たノヴァルナ機に、マーシャルは機体に急制動をかけた。ノヴァルナ機の繰り出すパイクの刃先を、自分もパイクで打ち払い、斬撃を返そうとする。だがノヴァルナの方が一瞬素早く、今度はQブレードを振り抜いて来た。
「く!!」
反撃行動に移ろうとしていたマーシャルだったが、咄嗟に挙動を変更し、回転させたパイクの柄の先で、ブレードを握るノヴァルナ機の手首を叩き据えて防御する。しかしノヴァルナはさらに次の手も考えていた。
「ヘッ! やるなあ!!」
称賛の言葉を口にしながらもノヴァルナは機体を急加速、マーシャル機にタックルを喰らわせようとする。激突の反動で距離が取れた瞬間を狙い、ポジトロンパイクの柄でぶっ叩いて隙を広げ、そこにQブレードの斬撃を加えるまでがこの流れだった。危機の香りを嗅ぎ付けたマーシャルの表情が引き締まる。
「味な真似を!…だが!」
その言葉を言い終える前に、マーシャルはNNLと操縦桿で機体を操作し、胸を反らせる姿勢で瞬時に後退した。その直後、激しい衝撃がコクピットを包む。ノヴァルナが激突した衝撃だ。
ところがその激突はノヴァルナが企図したものより角度が浅かった。マーシャルが緊急回避したためである。
「何ッ!? 外れた!!」
ガリガリガリと耳障りな音が響く中、ノヴァルナは自分の思惑が失敗した事を驚いた。と同時に“コイツはマズい!”と反射的に機体をひねり込む。そこへマーシャルのポジトロンパイクの斬撃が襲い掛かった。被弾警報と共に、ノヴァルナ機コクピットの全周囲モニターの右側が、3分の1ほど映らなくなる。コンピューターが機体右脇腹の、右側映像制御中枢にまでダメージが及んだと判定したのだ。
模擬戦であるから、ノヴァルナ機の受けたダメージはマーシャル機にも伝達される。相手の視界の一部を奪ったのは大きい。ただそれはマーシャルにとって期待外れの結果だ。
「なんてぇしぶとさだ! このガキ!」
歯噛みしてマーシャルはポジトロンパイクの第二撃を振るった。
▶#07につづく
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