銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第10話:辺境の独眼竜

#05

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 ノヴァルナは自分の『ショウキ』とのローカルNNL接続で、戦術ホログラムをコクピットに展開し、ダンティス艦隊の状況を表示させる。惑星レンパレスの衛星軌道上に浮かぶ艦隊は密集隊列を組んでおり、各艦の間隔は2万メートル程度しかない。

 2万メートル…20キロと聞けば、かなりの距離を連想するものだが、秒速単位が当たり前の宇宙戦闘においては、チューインガム一枚ほどの厚さだと言っていい。その間をすり抜けながらの戦闘となると、機体に回避サポートシステムが備わっているとはいえ、相当な技量が必要だ。武装は訓練用で危険はなくとも、艦船に激突して命を落とす危険は高かった。対BSI戦闘で艦隊が密集隊形を取るのも、これが理由の一つである。

 猛スピードで迫る宇宙戦艦の艦腹を潜るように航過しながら、ノヴァルナはマーシャルの操る『ショウキ』に追尾マーカーをロックした。相手は右側二つ向こうの巡航艦の陰を、こちらと同方向に進んでいる。距離にして8万メートル。超電磁ライフルを起動して右手に握らせる。

 ノヴァルナ機の動きは、マーシャルも追尾マーカーをロックさせて掴んでいた。ノヴァルナの操縦の無駄のなさに軽く口笛を吹く。

「ヘッ…あのガキ。デカい口叩くだけあって、滑らかに動きやがる!」

 挑戦的な笑みを浮かべて、マーシャルは左へとコースを取った。眼下を流れていく惑星レンパレスの白銀の雲海が、陽光を眩しく照り返す。

「腕が鳴るってヤツだぜ!」

 声を上げたマーシャルは、機体を大きく左にスクロールさせて巡航艦の艦底部を回り込み、ノヴァルナ機に接近しようとした。途端にヘルメット内でロックオン警報が響く。

“こっちの動きを読んでたか。だが…想定内だ!”

 素早く加速したマーシャルの『ショウキ』は、反転重力子のオレンジ色をした光のリングを背部に発し、急速離脱した。その直後、マーシャルの離脱したあとを、ノヴァルナが放った超電磁ライフルのペイント弾が通過し、その先の巡航艦の外部装甲板に赤い塗料がへばりつく。

 互いに相手が積極攻勢に出ると判断しての行動だった。マーシャルが稲妻のような挙動で接近を続けると、ノヴァルナもひねりを加えて距離を詰め、両者はライフルを発砲する。だが双方とも間一髪で弾丸をかわし、腰部に装備したブレードを抜いて斬撃を繰り出した。すれ違いざまに切り結んだ量子の刃が、青いプラズマを爆ぜさせる。

「よっと!」

 ひらりと身を翻して反転したノヴァルナの機体が、巡航艦の艦橋から僅か数メートルの間隔で静止し、二人の対戦を窓際で見ていた乗組員達が一斉に驚いて腰を抜かす。ノヴァルナはそんな事などお構いなしに、牽制のライフル射撃を行うと急発進して、マーシャル機を追った。次の瞬間、ノヴァルナが飛び去った艦橋の窓は、マーシャルが放ったペイント弾の青い塗料に塗りつぶされ、乗員達は二度驚愕させられる。

 惑星表面を基準にしてマーシャルの上を取ったノヴァルナは、緩やかなカーブを高速で描いて飛びつつ、超電磁ライフルを連射で撃ち下ろした。前述の通り惑星レンパレスの表面には白銀色の雲海があり、その照り返しが強く、全周囲モニターが光度調整をかけるが見え辛い。

“チッ! 俺にわざと上を取らせやがった…”

 ノヴァルナはマーシャルの抜け目のない操縦に舌打ちし、雲海の照り返しの中で、複雑な回避コースで飛行する相手に遠距離射撃を行う愚策を捨てて、ポジトロンパイクを起動した。そして流星のように真っ逆さまに急降下を始める。

 一方のマーシャルはノヴァルナの銃撃をかわしきったが、この悪条件の中で的確に、こちらの予定コースに銃弾を送り込んで来る相手の腕に、緊張の連続であった。結果的に当たらなかっただけで、もう一度同じ事になったら被弾したに違いない。

“クソッ! 俺に冷や汗をかかせるとはよ”

 挑戦的な笑みに苦笑が混じるマーシャル。そこへポジトロンパイクを起動させたノヴァルナが突撃して来た。すかさずマーシャルはライフルを向ける。

「こっちからは丸見えだぜ!」

 マーシャルからは惑星の照り返しの光を受けたノヴァルナ機が、黒い宇宙にくっきりと鮮明に見えた。照準は容易だ。すぐにロックオン、発砲する。だがノヴァルナは強引なひねり込みをかけて、その一撃を回避した。ペイント弾が左膝を掠めて青い塗料が筋を引く。かつてモルンゴール星人の傭兵隊長と戦った時にも見せた、紙一重の捨て身突撃だ。

「そぉおりゃああああ!!」

 一気に間合いを詰めたノヴァルナ機が、脇を狙ってポジトロンパイクを振るう。だがマーシャルも咄嗟に腰のクァンタムブレードを逆手で引き抜いて、半身の刀身でその斬撃を受け止めた。挑戦的な笑みが大きくなる。

「なんの!」

 手首を返し、反撃のブレードを薙ぎ払うマーシャル。しかしノヴァルナは素早くパイクを回転させ、マーシャル機のブレードを絡め取って動きを制し、長い柄で肩口を押さえつけた。

「なに! キサマ!」

 顔をしかめるマーシャル。ノヴァルナはスロットル出力を上げ、マーシャルの機体ごと加速直進する。間近にいた宇宙戦艦の艦腹スレスレを通過し、ヘルメット内に衝突警告音がけたたましい。だがノヴァルナの狙いはマーシャルを押し飛ばす事だけではなかった。右に片腕持ちしたパイクでマーシャルの機体の動きを封じ、左手でQブレードを抜いて起動させる。

 それは人間の格闘で言えば、組み合いの隙から刀剣で相手の脇腹を掻き切る動きである。刀身を素早くマーシャル機のコクピット部に押し当てようとするノヴァルナ。今しがたの宇宙戦艦に激突しそうなほど接近したのも、マーシャルの注意をそらすためだ。

 ところがマーシャルは焦る事無く、恐るべき動きを見せた。瞬時に操縦桿とフットペダルを操作し、機体が両手に握っていたライフルとQブレードを離すと同時に、両腕を真っ直ぐ頭の上へ突き上げて、反転重力子の光のリングを輝かせながら急停止。ノヴァルナ機の組み付いたポジトロンパイクの柄と腕から、スルリと抜け出したのである。

「チィッ!」

 舌打ちしたノヴァルナだが、こちらも次の手まで考えていた。即座に反転重力子のブレーキをかけて、上段からポジトロンパイクを振り下ろす。しかしマーシャル機は、宇宙空間に手放されて慣性でいい位置まで漂って来ていた、ライフルとQブレードを掴み取って、ブレードでパイクの斬撃を打ち払った。

「なにっ!」

 これにはさしものノヴァルナも驚愕した。しかもマーシャルは斬撃を打ち払っただけでなく、もう一方の手にした超電磁ライフルの銃口を、ノヴァルナ機のコクピットへピタリと向けているのだ。ニヤリと笑みを浮かべたマーシャルは引き金を引く。
 ところがそのライフルから放たれたとどめであるはずのペイント弾は、左斜め上にいた航宙母艦の艦底に青い着弾円を描いた。マーシャルが引き金を引く刹那、ノヴァルナの『ショウキ』が銃身の先を蹴り飛ばしたのだ。

「こいつ!!」

 今度はマーシャルが驚愕する番であった。ローカルNNLで機体が意識とリンクしているとは言え、こんな反射神経と一体化したような動きは、エースパイロットにしか出来ない。

 しかしマーシャルにそれ以上余計な事を考えている余裕はなかった。ノヴァルナ機がすぐに超電磁ライフルを向けて来たからだ。ライフルを構え直したマーシャル機とノヴァルナ機は、至近距離からクロスカウンターのように銃弾を放ち合った。そして互いにヘルメットに被弾警報を聞くと、同時に加速して離脱する。

 距離を置きながらノヴァルナは、どこに弾を喰らったか確認した。腰部の外装アーマーに青い塗料がベッタリとついており、コンピューターの判定ではアーマーの防御力喪失と、右脚股関節の可動域に軽度の障害発生だ。相手のマーシャル機は左肩のアーマーを喪失した判定になっており、状況はこちらとほぼ同じと思われる。

“ヤロウ…マジ半端ねぇ”

 ノヴァルナはマーシャルの冷静さと、空間認識能力の高さを認めざるを得なかった。レジスタンスのユノーから聞いた、マーシャル自らがBSHOで出撃を繰り返し、戦線の崩壊を防いだという話も頷ける。

 一方のマーシャルだが、こちらは自分の相手をしているのが誰かは知らない。いまだ名前すら聞いていないのだ。それでも自分の相手が、今までの戦場で遭遇した敵の誰よりも、手強い事を実感していた。

“なんてガキだ…ありゃあ、実戦で撃破した敵の数は、五つや六つじゃねえぞ”

 ロックしている追尾マーカーが、巡航艦二つを隔てた斜め左後方から接近するノヴァルナ機を知らせる。とは言え…と視線を滑らせたマーシャルは、挑戦的な笑みを大きくした。

“勝てねえ相手じゃねえな”




 ノヴァルナ機が放つライフル弾。それをマーシャル機が右に左に回避する光景を、ダンティス艦隊総旗艦『リュウジョウ』の管制室にある、大型スクリーンで観戦中のノアは、僅かに表情を曇らせて呟いた。

「まずいわね…」

 ノアの呟きには複数の意味が込められている。一つは模擬戦が長引き、マーシャルがノヴァルナの欠点を見抜き始めたらしい事。もう一つはノヴァルナが自分の欠点を思い出していないような事。さらにもう一つはマーシャルが想像以上に強い事だ。模擬戦開始前に声を掛けた時、注意を促しておくべきだったと、ノアの胸の内に後悔の念が湧き上がる。

 すると映像の中でマーシャルが反撃に転じる。好機を見つけたに違いない。ライフルの連射がノヴァルナ機をたじろがせ、ノアは心配そうな顔で再び呟いた。

「こらバカ。早く気付きなさい!」



▶#06につづく
 
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