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第10話:辺境の独眼竜
#04
しおりを挟む突拍子もない事をやるという点で、マーシャル-ダンティスはノヴァルナ・ダン=ウォーダにひけを取るものではなかった。この隻眼の君主が女性副官に命じたのは、これからノヴァルナと模擬戦闘を行うのでBSIを用意しろという事だ。
マーシャルは副官のリアーラに命じておいて、ノヴァルナに挑発的な言葉を投げかける。
「まさか、逃げねえだろうなぁ?」
それに対してノヴァルナの方は、むしろ我が意を得たりといった顔で応じた。
「ふふん。話が早くて助かるぜ」
そう言って不敵な笑みになるノヴァルナに、マーシャルも同質の笑みを浮かべて、もう一度副官のリアーラに命じる。
「聞いての通りだ。すぐに用意しろ!」
するとリアーラは軽く肩を落として、またか…と言いたげなため息混じりに「了解しました」と返答した。その大して驚いていない様子から、マーシャルのこういった行動は珍しくないのだろうと思わせる。そのリアーラはノヴァルナに興味深げな一瞥を残して立ち去る。“傲岸不遜”な自分の主君に本領を発揮させた、この挑戦的な若者が気になったに違いない。
一方でいい面の皮であったのはユノー達レジスタンスであった。せっかくダンティス家にとって重要案件だった、NNL封鎖の解除キーを奪取して持参したというのに、自分達の主君の最も気を引いたのは、正体の定まらない流れ者の少年だったのだ。
状況に呑まれたまま半ば茫然として、この理解不能の展開を眺めるレジスタンス達を放置し、胸を反らせたマーシャルが言い放つ。
「口の悪ぃ、クソ生意気なガキが! 後悔させてやるぜ!」
当然ノヴァルナも傲然と返した。
「“辺境の独眼竜”とやらが、所詮は井の中の蛙だって事を教えてやるぜ」
ダンティス軍総旗艦『リュウジョウ』の機動兵器ハンガーで、二機の訓練用BSIが準備を終えたのは、きっかり一時間後の事だ。
用意されたのはダンティス軍主力BSIユニット、ヒラルズミ工業製『CCG-45ショウキ』の訓練仕様機である。超電磁ライフルにポジトロンパイクと、クァンタムブレードの基本装備は一般的なBSIに共通したもので、操縦システムもほぼ同じである。こういったところは今の戦国の世が、ヤヴァルト銀河皇国の“大規模内乱”だという捉え方が、正しいという証左でもあった。
パイロットスーツと規格の違うダンティス軍のヘルメットとシステムの調整を終え、ノヴァルナは自分に用意された『訓練用ショウキ』へ向かった。すると開いたコクピットハッチの前で、手摺に腰を支えさせたノアが腕組みをして待っていた。
「見送りご苦労!」
軽口を放つノヴァルナに、ノアは真面目な表情で言葉を返す。
「どういう事? 私には理解できないのだけれど」
当然であった。NNL解除キーを渡して惑星アデロン解放の戦力支援を受けるという、レジスタンス達の本題などそっちのけで、初対面から互いに挑発し合い、挙句の果てはBSIユニットで模擬戦をやろうとしているノヴァルナとマーシャルの行動を、“まともな”神経の持ち主であれば理解出来ようはずがない。
「ま。成り行きってヤツだ」
簡単に言い放つノヴァルナに、ノアはさっぱり分からないとばかりに、大きく首を振った。するとノヴァルナは、ノアの傍らを通り過ぎ際に不敵な笑みを送って告げる。
「心配すんなノア。アイツはぶん殴っても、おまえ達までどうこうするような、器の小せぇヤツじゃねーさ」
「え?…」
ノヴァルナが口にしたのは、マーシャルの総旗艦にドッキングする前に貨物船の中で告げた、“殴られたマーシャルが、ノア達に対してまで意趣返しをするような男であれば殴らない”という趣旨の言葉であった。つまりはマーシャル=ダンティスの度量の広さを知り、ノアにまで危害は及ばないと判断したノヴァルナの発言だ。
「ますます理解できないわ。あなたとあの人って、初対面早々挑発し合っただけじゃない」
「だからだよ」
「?」
首を傾げるノア。ノヴァルナは人差し指で自分の側頭部を、ツンツンと指して見せた。ノアは両手を腰に当てて“もういいわ”と諦めたように大きく頷く。
「要は、馬鹿同士で波長が合ったって事ね。了解」
「おう。任せとけ」
「まあせいぜい、ケガしないようにしなさいな」
そう言い捨てて立ち去ろうとするノアに、ノヴァルナが声を掛けた。
「待てよ、ノア」
「なによ?」少し不機嫌そうな声で振り向くノア。
「俺を心配して見送りに来てくれるたぁ、おまえ、可愛いトコあるじゃん」
ぬけぬけと言い放ったノヴァルナに、耳の先まで赤くなったノアは、口喧嘩を繰り返していた頃のように声を張り上げた。
「バカッ!! あんたなんか、やられたらいいのよっ!!!!」
『リュウジョウ』のBSI格納庫の扉が開き、ノヴァルナとマーシャルの操る、二機の訓練用『ショウキ』が発進したのは、それから間もなくの事だった。ノヴァルナにとっては初めての機体であるが、基本操作は同じであり、また発進前に記憶インプラントで、『ショウキ』の操作法自体も学習済みだ。
ノヴァルナはダンティス軍主力艦隊の戦艦、巡航艦、航宙母艦が浮かぶ間をすり抜け、『ショウキ』の実際の操縦感覚を確かめる。自分がいた皇国暦1555年より34年後の機体だが、普段から将官用上位機種のBSHO『センクウNX』を操縦しているため、レスポンス的には少々物足りない感があった。そこに通信が入る。やや前を先行するマーシャル機からだ。
「どうだ、『ショウキ』の感覚は掴んだか?」
「はん。チョロいもんよ!」とノヴァルナ。
「俺も『ショウキ』は初めてだからな。つまりハンデなしってワケだ」
「あぁ? 何ならあんたはBSHOに乗ってもいいんだぜ?」
「ハッ! 口の減らねえガキだ!」
呆れた口調で応じるマーシャルにノヴァルナが言い放つ。
「それよりとっとと始めようぜ。どこでやるよ?」
するとマーシャルは即答した。
「ここだ」
「んだと?」
「俺の艦隊の真ん中でやる。何もねえ宇宙空間でやっても、面白くねえだろ?」
マーシャルの提案は危険なものであった。二人の乗るBSIは訓練用であり、武装は超電磁ライフルの弾丸は命中寸前で破裂して、中の着色不凍液を放出するペイント弾。ポジトロンパイクやクァンタムブレードの刃も、ただの発光ビームを纏った反発磁場となっていて危険性はない。
ところがその模擬戦の舞台がダンティス軍主力艦隊の真ん中となると、武装に危険性はなくとも一つ操縦を誤れば、いずれかの艦に激突して大惨事を招きかねないのだ。
二人の通話を『リュウジョウ』の管制室で聞いていたノアは、そのマーシャルの言葉に顔色を失った。なぜならノヴァルナがどんな反応をするか予想するのも容易だったからだ。そしてやはりノヴァルナはノアの予想通りの反応を見せる。
「アッハッハッハ! いいぜ。気に入った!!」
次の瞬間、二機のBSIはまるで示し合わせたかのように、一気に加速をかけて距離を開いて行った。金属の塊―――宇宙艦の浮かぶ星空が二機の周囲で一斉に流れる。命懸けのゲームの始まりだ。
▶#05につづく
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