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第10話:辺境の独眼竜
#02
しおりを挟むナヴァロン星系はノヴァルナ達がいた惑星アデロンが属するクェブエル星系から、ズリーザラ球状星団の外縁に沿って、およそ七百光年を移動した位置にある。公転惑星は10個。住民が居住しているのは第3惑星のレンパレスで、統治するナヴァロン家は元はアッシナ家の一族であった。それがこの重要な戦略拠点でもあるナヴァロン星系を任されるにあたり、星系名と同じ家名に改したのである。
惑星アデロンを脱出して三日。第3惑星レンパレスに接近するノヴァルナ達の『クランロン』型貨物船の船窓からは、ズリーザラ球状星団を背景に宇宙に浮かぶレンパレスが近付いていた。
緑色の惑星の背後に、水色のガス星雲を纏って明るく輝く球状星団の光景は、緑の島を浮かべた巨大な湖のように美しく、暗黒の宇宙空間の中でそれはまるでオアシスであるように見える。
しかし、宇宙船との距離が縮まるにつれ、それはオアシスというような、平和なイメージとはかけ離れた印象となる。レンパレスの衛星軌道上に無数の艦船がひしめいていたからだ。ノヴァルナ達より一日早くナヴァロン星系に到着した、マーシャル=ダンティス率いるダンティス家の宇宙艦隊の威容である。
「あれが“辺境の独眼竜”とやらの軍か」
操縦士席から前方を眺めるノヴァルナは、恒星と球状星団の強い光を受けて陰影を浮かび上がらせる、無数の艦船にぶっきらぼうに呟いた。後ろの通信士席では、ダンティス家の家臣で惑星アデロンのレジスタンスのリーダーの一人であった、ケーシー=ユノーが向こうの司令部と通信のやり取りを繰り返している。
辺境の独眼竜、マーシャル=ダンティス―――
ここまでの道中、ユノーとカールセンから聞かされた話では、マーシャルが家督を継いだのは五年前の皇国暦1584年。今のノヴァルナと同じ十七歳の時だったという。この家督相続は、父親で当主のティルムールが敵対する独立管領に謀略によって殺害された事によるものである。
そして翌年、つまり四年前、父親の弔い合戦を仕掛けるも、敵が隣国ヒタッツ宙域のセターク家に援助を求め、さらにセターク家の呼び掛けに応じて一大連合軍を形成した相手に、ヒルドルテ星雲会戦で惨敗。
マーシャル自身も搭乗していたBSHOを撃破され、右目を失う重傷を負ったが、一人の重臣の捨て身の突撃により、かろうじて窮地を脱したのであった。
この時の敗戦でダンティス家は相当数の星系を奪われ、勢力圏を大きく後退させた。惑星アデロンの属するクェブエル星系が、アッシナ家の支配下となったのもこの時である。
それからもマーシャルの苦戦は続き、領域はさらに浸食されたが、マーシャルはギリギリのところを自ら操るBSHOと少数の精鋭で八面六臂、敵を悉く退けて戦線を支え切り、その間に軍は戦力回復に努め、ようやく艦艇の数だけは大敗以前の数までに回復したのだった。“辺境の独眼竜”の通り名は、この八面六臂の活躍の際につけられたものらしい。
その“辺境の独眼竜”は片目を失うまで、つまり家督を継いだ前後辺りまでは我が強く、政治でも戦場でも、周囲からは“傲岸不遜”と煙たがられていたという。
それを聞いたノアは「どこかの“傍若無人さん”と同じね」と言ってノヴァルナをからかったが、ユノーからマーシャルはそんな自分を戒めるために、失った右眼をクローン培養で復元も、ナノマシンアイの埋め込みもせず、そのままにしていると聞くと、複雑な表情になった。ノヴァルナには同じような事が起きないでほしい、と思ったからだ。
「司令部と連絡が付いた。旗艦の『リュウジョウ』でマーシャル様と会う」
ユノーがそう言うと、操船室の窓にホログラムの黄色いマーカーが浮かび、衛星軌道上に三列に並んだ艦艇群の奥にいる、巨大な戦艦をロックした。
「あれに向かってくれ。あれが『リュウジョウ』だ」とユノー。
だが操縦桿を握るノヴァルナはそれにすぐには応じず、ユノーを振り向いて尋ねる。
「行くのはいいが、ルキナねーさんの事は話はついたんだろうな?」
星大名の一族特有の鋭い目で射すくめられ、ユノーは息を呑んで答えた。
「もちろんだ。旗艦の医療施設でスタッフを待たせている」
カールセン=エンダーの妻ルキナは、惑星アデロンを脱出する際、追撃して来た高速砲艦の主砲射撃を受けて船の内部で爆発が起き、それに巻き込まれて重傷を負ってしまった。貨物船の医療キットでは対処できず、ルキナは人工冬眠機能を持つ深宇宙用脱出ポッドの中で、休眠状態に置かれていたのだ。ただこれは本当の緊急回避措置でしかなく、重傷を負ったままの体で休眠状態を解けば、ショック症状を起こして死亡する確率も高い。それを避けるには最新の設備と細心の注意が必要だ。ノヴァルナの表情が険しくなるのも頷けた。
ユノーの言葉にノヴァルナは一応の納得した顔を見せて告げる。
「了解した。じゃあ、悪りィがカールセンに言って来てくれ。あんたの部下にも怪我人がいるんだし、そいつらにも言っとく必要はあるだろ?」
「わかった」
席を立ったユノーは、ルキナの眠る脱出ポッドの傍らに付き切りのカールセンの元に向かうため、操船室を出て行った。ノヴァルナは二人きりになったノアにぶっきらぼうに告げる。
「マーシャル=ダンティスとかいうヤツ…気に入らねえ野郎だったら、ぶん殴るからな!」
それを聞いてノアは呆れた口調で応じた。
「ちょっと。なんで出会う前から、そんな喧嘩腰なのよ?」
「俺の流儀だ」
ノアは、はあ…と小さくため息をついて肩を落とす。
「それで? なんでそれを私に言うの?」
「だって、おまえ。絶対途中で止めようとするじゃん」
「当たり前でしょ。私達が迷惑するからよ!」
ノアにピシャリと言われ、ノヴァルナは不服そうに口を尖らせると、目を逸らして前を向いてボソリと言った。
「おう…じゃあ、ぶん殴っておまえらにも迷惑を掛けそうなヤツだったらぶん殴らねえし、ぶん殴っても迷惑は掛けそうじゃねえヤツだったらぶん殴る」
その妙な理屈に、ノアは思わず吹き出して「あはははは」と笑い声を上げる。
「なにそれ。どっちなのよ!」
確かにおかしな話であるが、ただ同時に今のノヴァルナの発言は、オ・ワーリなどでこの若者をよく知る人間からすれば、驚くべき言動であった。それは自分がこれからするであろう事を、誰かに相談したという事実だ。
それまでのノヴァルナはと言えば、まず行動しておいて周囲の意表を突いて、それからその目的を明かすのが常だった。それが今回はノアに“マーシャル=ダンティスと会ったらぶん殴るかもしれないけど…”と、事前に自分の意思を相談したのである。
言ったノヴァルナ本人も聞いたノアも気付きはしなかったが、ノヴァルナの中でノアは確実に“そういう存在”となろうとしていた………
その時、通信機のスピーカーが、ダンティス軍管制官からの指示を告げる。
「貨物船541。こちら艦隊総旗艦『リュウジョウ』。進入コースを026に取れ。所定位置に達した時点で、牽引ビームを照射する」
指示を了解したノヴァルナは通信に応答すると、指定されたコースに貨物船の舳先を向けた。
▶#03につづく
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