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第10話:辺境の独眼竜
#01
しおりを挟む星大名アッシナ家の本拠地、ワガン・マーズ星系第5惑星オイデンのクローカー城に届いた凶報に激震が走ったのは、マーシャル=ダンティス率いるダンティス軍主力艦隊が、ソーマ家の宇宙要塞『ミノヴィーグ』を陥落させた翌日であった。
照明を落とした作戦指令室に集まったアッシナ家幹部達は、巨大なホログラムスクリーンを前に、眉間に皺を寄せている。
「おのれマーシャル。まさかナヴァロン星系へ直接向かわず、ソーマ領の要塞を叩くとは」
そうこぼしたのはコウモリのような顔の異星人、ワドラン星人のスルーガ=バルシャーだ。当主のギコウ=アッシナに従い、サラッキ=オゥナムと共に隣国ヒタッツの星大名セターク家から移籍した側近は、この種族が苛立ちを表す時の、鼻をせわしくヒクつかせる動作をした。それに対して艦隊司令官の一人、ウル・ジーグ=ドルミダスがそれ見た事かと言わんばかりに告げる。
「先日の『コーマガルミ』要塞に続き、『ミノヴィーグ』要塞までが陥落。これでタームラン星系を叩いて、ナヴァロン星系へ入るダンティス家を孤立させる計画が不可能となったばかりか、ソーマ家の参戦そのものが不可能となった…あの独眼竜を甘く見たツケが、この結果だ」
ドルミダスの口調が刺々しいのは、ソーマ家とイヴァーキン家にタームラン星系を襲撃させ、ダンティス家の退路を断とうとした小細工を逆手に取られた批判だけではない。それを計画したサラッキ=オゥナムと、スルーガ=バルシャーそのものに対する不満からであった。
ドルミダスはアッシナ家の当主選定の際のギコウ反対派だった過去があり、その不満はドルミダスだけでなく、当時の反対派だった者すべての胸の内にいまだくすぶっている。
強い口調のドルミダスと険しい目を返すオゥナムの視線が火花を散らすのを見て、筆頭家老のウォルバル=クィンガが取りなすように言う。
「両名とも控えよ。ギコウ様の御前である。ここは無用な争いをしてよい場ではない」
それを聞いてドルミダスとオゥナムは肩の力を抜き、ギコウ=アッシナに向き直って小さく会釈した。ドルミダスも礼儀は弁えている。するとオゥナムが小さく咳ばらいをして、幹部達を見渡し、意見を述べた。
「ものは考えようだ。二つの宇宙要塞を陥落させたとなると、ダンティス側にも少なからず損害が出ているはず。それを考えれば、逆に決戦の好機と捉えるべきである」
オゥナムがそう言うと、傍らのバルシャーが追従して発言する。
「さよう。ソーマ家は脱落しましたが、彼等と共闘させる予定であったイヴァーキン家は健在。これをこちらに回せば、むしろ決戦において、より優位となりましょう」
バルシャーの言葉に、幹部達は顔色が二つに分かれた。主君ギコウ=アッシナとオゥナム、バルシャー、さらにその取り巻き連中は楽観的な表情を。一方のドルミダスらギコウの当主選定に反対であった者達は苦々しい表情を浮かべる。
そんな場の空気も読まず、ギコウはバルシャーの意見に大きく頷いて賛同を表した。
「バルシャーの申す通りであろう。聞けば、ダンティスの軍は艦艇の数は多いが、アンドロイドどもだけで運用する、半自動艦が大半とか。そのような編成では有機的な連携行動にも、限界があるのではないか」
「まさに仰せの通り。ご慧眼、感銘を受けましてございまする」
そう応じて持ち上げるオゥナム。するとバルシャーがさらりと付け加える。
「それもみな、ダンティス軍内に、“ボヌーク”を蔓延させた効果でしょうなぁ」
強力な麻薬であるボヌークをダンティス領に安価で大量にバラ撒き、深刻な社会問題を引き起こしただけでなく、その売買の温床を軍の内部に作り出したのは、惑星アデロンのマフィアのボス、オーク=オーガーである。そしてそのオーガーを召し抱え、配下としているバルシャーが、これは自分の功績である―――と告げているのだ。
セターク家出身の二人の側近の主君に纏わり付くような態度に、筆頭家老のウォルバル=クィンガは、異臭を嗅いだような顔をした。
自分が非情なまでの辣腕を振るい、ギコウを主君としてセターク家から迎え入れたのは、アッシナ家の発展を願っての事であって、このような者達に専横を許すためではないのだ。
しかしそんなクィンガの懸念も虚しく、すっかり気分を高揚させたギコウは、オゥナムにダンティス家との決戦についての具体案を求めた。それに対しオゥナムは「そうですな…」と応じながら作戦指令室中央に、ナヴァロン星系から自分達が今いる本拠地のアイーズン恒星群までの、宙域図をホログラム投影した。各星系や星団、星雲に自由浮遊惑星といった情報が、居並ぶ幹部達の前に立体的に浮かび上がる。
「ダンティス軍の進攻予想路はこうです」
オゥナムの言葉で、ナヴァロン星系から五つのコースが伸びた。
「ダンティス軍の戦略を考えると、このクローカー城のあるワガン・マーズ星系を直接狙うのは必至。となればいずれのコースを選択しても、この…ズリーザラ球状星団を通過する事になりましょう」
するとオゥナムの指摘したズリーザラ球状星団がピックアップされ、拡大図に切り替わった。
ズリーザラ球状星団は直径105光年の範囲に、約9万もの恒星やパルサーなどが、球状に集まった古い星団である。重力変動が激しく、DFドライヴが可能なポイントが限定され、回廊を抜けるような航路になっている、恒星間航行の難所であった。
「我がアッシナ軍と各独立管領、そしてセターク家からの応援部隊にて、四段構えの連合艦隊を編制。このズリーザラ球状星団内でダンティス軍を待ち受けまする。敵は我が軍の撃破が目的である以上、この誘いに乗らざるを得ないでしょう。となれば地の利は我にあり。必ずや、これを撃滅出来ましょうぞ」
オゥナムの提案にギコウは何度も頷き、「おお。良い案だな、それは」と賛辞を与えた。しかしそれはまさに机上でのみ考えた、付け焼刃の作戦である。実戦を積んだドルミダスら艦隊司令官達の顔は浮かない表情だった。そして一人の司令官がその懸念材料を口にする。
「地の利と言うが、向こうには寝返ったモルック=ナヴァロンがいるのだ。ズリーザラ球状星団は奴にとっても庭先のようなもの、それほど有利とは思えん」
それを聞いてオゥナムやバルシャーといった、ギコウ派の取り巻き連中の中から進み出た家臣がいた。強いくせ毛の金髪が印象的な、モルック=ナヴァロンの実子ターナー=ナヴァロンだ。
「あの裏切り者の始末は、我に任せて頂きたい!」
自分の父親を、叩きつけるような口調で“裏切り者”となじったターナーは、両眼を怒りの色に染めてギコウに向き直り、さらに続けた。
「なにとぞ我に先鋒を。必ずやあの裏切り者を討ち果たし、我が忠義の証としてギコウ様に奉じましょうぞ!」
その直後、居並ぶ重臣達の中で誰かが「そう言いつつ、父に倣い寝返るのではなかろうな…」と、小声で独り言ちる。それを聞き咎めたターナーは鬼の形相で言い放った。
「我の忠義を疑うのであれば、遠隔操作の自爆装置を背負って出撃してくれようとも!!」
こうしてズリーザラ球状星団をダンティス家との決戦場に定めたアッシナ家は、急ぎ戦力の集結を図り始めた………
▶#02につづく
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