銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第9話:動乱の宙域

#17

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 ノアの放ったビームは悉くが敵の高速砲艦の艦首へ命中した。だがその艦体を覆うエネルギーシールドは強力で、全く寄せ付けない。主砲だけでなくエネルギーシールドの出力も、重巡航艦並みであるようだ。
 さらに敵艦は砲撃の諸元修正を終えたらしく、それまで以上に主砲の発射間隔が短くなり、しかも至近弾が連続するようになった。

「カールセン!」

 ノヴァルナは後ろの機関士席に座るカールセンに呼び掛ける。

「なんだ!?」

「どのみちあれを一発喰らえば終わりだ。エネルギーシールドを通常の航行用レベルにして、残りを全部、エンジンに回してくれ!」

「わかった」

 ノヴァルナの言葉でカールセンが機関出力を調整すると、全員が、船の動きが軽くなったのを感じた。操縦の反応が向上した船はノヴァルナの操舵によく応え、敵の放つビームを、右へ左へ回避する。
 やがてノヴァルナ達の貨物船は、アデロンの月の裏側へ入った。すると視界の前方に、異様な光景が出現する。大規模な峡谷…と言うより、裂け目だ。深さが数千メートルはあると思われる切り立った崖が、そう大きくはない月の裏側に、まるでアクション映画でよく見かける、自動車のフロントガラスに撃ち込まれた銃弾のあとのように、ひび割れを放射線状に走らせていた。

「なんだこりゃ」

 ノヴァルナは、操船室の浮かぶ月のホログラムでその全体像を確認し、どこか緊張感のない声で言い捨てる。それに対し、カールセンが解説した。

「何百年か前に、大型の小惑星が衝突した跡らしい。それで月の軌道が大きく変わり、アデロン自体の公転軌道もズレたために、今のような寒冷惑星になったって話だ」

「おう。さすがは地元民だな。それはともかく、コイツは使えるぜ!」

 ノヴァルナはニヤリと口元を歪め、ほとんど速度も落とさないまま、その深い峡谷の中に急降下をかけた。船窓からの視界の両側が断崖絶壁に挟まれ、まるで真っ逆さまに奈落の底へ落ちて行くように思える。

「ちょおぉっと!!」

 ノヴァルナの無茶な操縦に、ノアは唇を尖らせた口を大きく開けて抗議した。

「コイツは使えるじゃないでしょ! これじゃ、逃げられるコースが限定されるじゃない!!」

 ノアの言う通りで、峡谷の中に入ってしまうとその地形に従って飛ぶしかない。必然的に追撃する高速砲艦からすれば、逃走コースの予測も容易になるというものだ。

「こまけー事は気にすんな!」

「細かくないっ!!」

 知り合って間もない頃の口喧嘩を、思い出させるような二人の掛け合いである。しかしノヴァルナには別の思惑があるらしく、「まあ見てろって!」と言い返すと、一気に峡谷の底まで降りきって、岩壁の間を猛スピードで低空飛行し始めた。

 一方の『ヴァジュ・リースク』型高速砲艦は峡谷の中には降りて来ず、地表近くから、ノヴァルナの操縦する『クランロン』型武装貨物船へ、主砲を撃ち下ろしだす。赤い曳光ビームが何本も峡谷に降り注ぎ、ノヴァルナの船の針路前方に次々と炸裂する。峡谷の中では他に行き場がないため、撃破も時間の問題と思われた。

 ところが予想に反して峡谷が深すぎるため、高速砲艦の放った主砲のビームは壁面に命中してしまい、ノヴァルナの船に直撃しない。しかもそのビームの命中による爆発で、砕けた岩の破片が落下してノヴァルナの船にダメージを与えると思いきや、大部分の破片が爆発の勢いそのままに峡谷から飛び出し、高速砲艦の針路上に舞い上がって来たのだ。

 大量の岩石が艦体に衝突し、高速砲艦のエネルギーシールドは瞬く間に負荷が増大した。

「なに? どういうこと?」

 唖然とするノアに、ノヴァルナが告げる。

「いいから撃て、ノア!」

 反射的にノアは高速砲艦に照準を合わせ、船体上部側の連装ブラストキャノンを発射した。その水色のビームは、岩石群の衝突で過負荷状態になっている敵艦のエネルギーシールドを、さらに圧迫する。思わぬ展開に焦った敵艦は、苦し紛れに四発の対艦誘導弾を発射して来た。

「ASM(対艦誘導弾)よ! 四発!」

 と叫ぶノア。ノヴァルナも即座に反応する。

「そいつは俺が引き受けた。お前は敵艦を撃ち続けろ!」

 ノアにそう言っておいて、ノヴァルナは後方モニターで接近して来るASMを確認した。そして船体に抱え込む四つのコンテナを、タイミングを見計らって切り離す。幾つかのスイッチを操作して信号と電源系の接続を切り、コンソール右下の非常用レバーを手で引き下げると、船外のコンテナの接合部で小さな爆発が起きて固定ボルトが吹っ飛び、風に煽られたように舞い上がった。
 ASMは宇宙魚雷のような自律型AIを搭載しておらず、ノヴァルナが切り離したコンテナを目標の一部と誤認して命中。ただの空箱を爆砕しただけで終わる。

「そうか。この月の重力が低い事を利用したのね!」

 宙を舞う岩やコンテナのからくりを理解したノアは、ビームを高速砲艦に浴びせ続けながら、ノヴァルナに告げた。ノヴァルナは不敵な笑みで「そういうこった!」と応じる。

 宇宙戦闘に不慣れな者は、比較的広い“地表”を見ると、つい無意識にそこが自分達の住む、1Gの世界と同じだと思ってしまう傾向が強い。
 高速砲艦の乗員達は、自分達が追っているノヴァルナ達の船の予想針路を砲撃し、直撃させなくとも両側の岩壁を崩せば、その落下する岩に激突するだろうと考えた。
 しかし失敗だったのはその落下運動の予想を、この月の重力0.45Gではなく1Gで行っていたという事である。
 そのため、落下してノヴァルナ達の船の針路を塞ぐと思っていた岩塊のほとんどが、低重力下で緩やかなカーブを描いて舞い上がり、高速砲艦自身の針路上に立ち塞がったという訳だ。

 自らの過ちに気付いたらしい高速砲艦は、上空からノヴァルナ達の船を撃ち下ろすのをやめ、峡谷の中へ降下して来た。純粋な撃ち合いになるとノヴァルナ達の方が圧倒的に不利だ。ノヴァルナ達のものより遥かに高出力の主砲のビームが、船体を掠めて激しく揺さぶる。

 ただ高速砲艦は今の岩塊の激突とノアの執拗なビーム射撃を受けて、前面のエネルギーシールドが一部で剥離し、むき出しになった艦体の所々に破孔が穿たれて、スパークが走っていた。つけ入る隙はある。それにノヴァルナは、敵が峡谷の中へ降りて来る事も、織り込み済みだった。

「ノア。上下のキャノンを別々して、左右の岩壁を撃て!」

「わかったわ」

 ノアは船の上部の砲を右へ、下部の砲を左へ旋回すると、両側の岩壁を連続射撃する。続け様に起きた爆発で吹き飛んだ無数の岩が再び高速砲艦に襲い掛かった。弱体化したエネルギーシールドがさらにダメージを受け、艦全体が青いオーロラを纏ったように揺らめく光に包まれる。
 しかも破孔から猛スピードで飛び込んだ岩塊が、内部を各所で破壊したらしく、艦のあちこちから小ぶりな火柱が噴出した。

 だがそれでも生来が正規軍の艦艇だけあってしぶとく、主砲を撃ち放つ。その一弾はノヴァルナ達の船の後部からえぐるように命中した。ノヴァルナが咄嗟に操縦桿を操作して、致命傷とはならなかったものの、激しい衝撃の直後、操船室内に甲高くアラーム音が鳴り始める。けたたましい警報の中、被弾の衝撃に続いて、船体に異常な震動が起きた。

「機関出力が落ちてる!」叫ぶカールセン。

「左舷の重力子コンバーターだ! 見て来てくれカールセン、ユノー!」

 ノヴァルナは各システムを素早くチェックして、カールセンとユノーに告げた。カールセンは「わかった!」と応え、通信士席のユノーと頷き合って操船室を飛び出していく。すると敵艦が再び発砲。今度は外れて岩壁を直撃し、大きな爆発を巻き起こして、より大量の破片の中に突っ込んだ。艦体からさらに火柱が噴き出し、飛行が不安定になる。コースを外れたまま発射した主砲は、宇宙の虚空に消えて行く。

「しつこい野郎だな。とっとと撤退すりゃ、いいものを!」

 ノヴァルナは船の姿勢を立て直しながら、敵の高速砲艦のしぶとさに愚痴をこぼした。もっとも敵艦の内情を言えば、おめおめとノヴァルナ達を逃がして、激怒したオーク=オーガーからどのような目に遭わされるかを考えれば、道連れに自爆した方がマシという悲壮感が漂っていたのだが。

 そこにノアが戸惑った様子で言った。

「キャノンのエネルギーが尽きかけてる。今の攻撃を受けて、供給システムが損傷したみたい。出力を絞って、あと十発ぐらいしか撃てないわ」

「おう!」

「“おう!”じゃなくて、分かってるの!?」

 緊張した声で問い質すノア。船窓の外では、敵艦のビームが岩壁に炸裂する。

「分かってるって! おまえが美人だって事ァな!」

「そういう言葉は、ちゃんとした時と場所で言う!」

 とその時、峡谷の前方が急なカーブとなって迫って来た。ノヴァルナはまるで反重力バイクの操縦のように、船体を傾けてカーブに突入しながら平然と言い放つ。追撃する敵艦も壁面に外殻をこすられながら、カーブに突っ込んだ。

「ほお? 否定はしねーんだ」

「うるさいわねっ!」

 ノヴァルナの懲りない軽口に、真面目な口調で言い返したノアは連射を控え、敵艦の破孔を狙撃しようとした。だが自分達の船と敵艦双方の不安定な飛行状態が影響して命中しない。一発、二発と外れて、三発目で命中弾を得たが破孔の内部を直撃せず、その脇の表面で爆発した。そこはエネルギーシールドを消失していたが、装甲板を引っぺがしたものの、内部の破壊までには至らない。改めて民間の武装貨物船と、星系防衛に使用される軍艦の差を思い知らされた。



▶#18につづく
 
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