銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第9話:動乱の宙域

#16

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 高速砲艦とは恒星間航行用のDFドライヴを搭載しておらず、星系内のみで行動するために建造される小型艦の呼称であった。主として星系防衛や治安維持任務に運用され、DFドライヴを搭載していない分、構造的に余裕があり、小型であっても巡航艦クラスの速力と火力を備えている。惑星アデロンの代官の地位にいるオーク=オーガーが、主家のアッシナ家から供与されたものに違いない。

 ノヴァルナが『ヴァジュ・リースク』という形式名を知っているというなら、それは少なくとも34年前から存在している旧式艦だ。それでも軍用艦艇である以上、ノヴァルナ達の『クランロン』型武装貨物船との差は圧倒的である。

「ふん。『ヴァジュ・リースク』型が本命ってワケか」

 そう言い放って、ノヴァルナは唇を舌でペロリとひと舐めした。改めてセンサーホログラムの表示を見ると、追撃部隊は『クランロン』型武装貨物船3隻が横並びになり、その後ろに『ヴァジュ・リースク』型高速砲艦を置いている。ただしその体形はひどく乱れていた。正規軍ではないし、おそらく陣形を組んだ事もない素人集団だ。しかしながら、追撃して来る4隻との距離は少しずつ縮まりだした。向こうの『クランロン』型の方が、年式が新しいためであろう。

 それから10秒ほどすると、ノアの火器管制パネルに赤いランプが点滅し、アラーム音が鳴り始めた。

「ロックオン警報。敵部隊からよ!」ノアの緊張した声が響く。

「あいよ!」

 それに対するノヴァルナの応答には、どこか陽気さすら感じさせた。目前には惑星アデロンの月が、地表の無数のクレーターをはっきり視認出来るまでに迫っている。次の瞬間、ノヴァルナは目いっぱいに操縦桿を倒し、ひねりを加えながら貨物船を急降下させた。その直後、追撃部隊の放ったビームが、直進していれば命中したかもしれない位置を通過する。

「ノア。反撃だ」

 「了解!」と応じたノアは、ノヴァルナの自分を見詰める視線に気付いた。そのノヴァルナの眼は“ノア…撃てるか?”と問い掛けているのが分かる。離脱のための牽制攻撃ではなく、追撃船を破壊するという意味だ。タペトスの町でノヴァルナの窮地を救うため、オーガーの手下を―――初めて相手を撃ち殺した時の葛藤に、気を回してくれているのである。ノアは決意を込めた視線をノヴァルナに返して頷いた。親しい人、守りたい人がいるのは、自分も同じなのだ。

 アデロンの月の地表近くまで降りたノヴァルナの操縦する貨物船に、まず3隻の敵の武装貨物船が上空から押さえつけるように接近する。ノヴァルナは船を大きく蛇行させ始めた。

 3隻は船体下部のブラストキャノンを連射する。矢のようなビームが降り注いで、月の地表から空高く舞い上がる砂塵が、まるで水柱のように林立した。だがその中を駆け抜けるノヴァルナ達の船にダメージはない。なまじノヴァルナ達の船の動きに合わせようと、自分達も蛇行したために、なおさら照準を難しくしているのだ。

 一方のノアは落ち着き、ノヴァルナの操縦と敵の追随が同調するのを見計らった上で、射撃を開始した。上部連装ブラストキャノンから撃ち上げたビームは、3隻の真ん中にいた敵に立て続けに命中する。三発、四発、五発と喰らったその敵の貨物船は、過負荷になったエネルギーシールドが崩壊して爆発、四散した。

 すると残った2隻は、1隻が怖気づいたのか追跡速度を落として、距離を置いての射撃に変更する。だがこれでは精度を落とすだけだ。そしてもう1隻は逆に怒りに駆られたのか、さらに間合いを詰めて来た。しかも船体を横倒しにして、船体の上部と下部のブラストキャノンを両方使えるように工夫する。

 自らを横倒しにした船は、倍に増えたブラストキャノンで激しく撃って来た。一見名案のようだがしかし、それは愚かな選択だった。何もない宇宙空間でならともかく、アデロンの月の地表が眼下に広がっていては空間認識能力が低下する。ノアが撃ち返したブラストキャノンの、ビームを回避しようとして操縦を誤り、あっけなく地表に激突して船体をへし折った。

 しかもそれでへし折れた船体から外れた、四角い空のコンテナが三つ、緩慢な回転を起こしながらふわりと宙に舞い、後続して来たもう1隻の武装貨物船の針路に立ち塞がる。慌てて避ける敵の単調な動きを見逃さず、ノアはトリガーを引いた。敵の船体に穴が空き、そこから引き裂かれるようにして砕け散る。

 後方モニターでその様子を確認したノヴァルナは、覚悟を決めたノアの腕前に苦笑した。やはり戦場で敵に回したくない戦姫だ。と同時に、へし折れた貨物船から飛び出したコンテナが、まだクルリ、クルリと宙を舞っている事に目を留める。そして航法アーカイブから自分達がいる、この月のデータを呼び出した。

“直径はウチのラゴンの月の半分ほど…表面重力は0.45Gか、なるほど…”

 道理ですぐにはコンテナが落下しないはずだ。この程度の重力じゃあ、スイング・バイで奴との距離を稼ぐのは無理だな…と、ノヴァルナは胸の内で呟いた。“奴”とは、爆砕した貨物船の破片を弾き飛ばしながら進み出て来た、『ヴァジュ・リースク』型高速砲艦の事である。

 その高速砲艦の主砲に閃光が走る。それまでの『クランロン』型武装貨物船の、連装ブラストキャノンとは桁違いの砂煙が、青いプラズマを纏いながら巨大な柱となって、ノヴァルナ達の船の右斜め前にそそり立つ。

「な、なによ今の!?」まなじりを大きく開くノア。

「奴の主砲だ。艦のサイズは駆逐艦ほどだが主砲は、ありゃあ重巡航艦クラスだな」

 ノヴァルナは平然と答えるが、それで落ち着けるノアではない。

「あんなの一発命中したら、シールドごとバラバラじゃない!?」

 ノアが強い口調で言った直後、さらなる一発が左後方の近い距離で炸裂する。通過するのが数秒遅れていれば、巻き込まれて横転し、地表に打ち付けられていたかもしれない。

「野郎。真打ち気取りかよ。いい度胸だぜ」

 そう言ってノヴァルナは敵艦をホログラムスクリーンに表示し、不敵な笑みを大きくした。

「ちょっと…前から思ってたんだけど、なんでピンチになると、そんなに嬉しそうなのよ?」

 ノヴァルナの表情を見て、ノアが不審げに尋ねる。出逢った最初の頃はそんなノヴァルナの反応も、ノアを苛立たせる要因であった。するとノヴァルナは端的に言い放った。

「そりゃおまえ、自分が生きてるって実感に、満たされっからに決まってるじゃねーか」

「!!!!」

 ノヴァルナの言葉に少なからず驚いて、ノアは口をつぐんだ。やはりこの若者は、生と死の境目にこそ自分の存在意義を感じるのだろうか…ただ今のノアはそんな風にノヴァルナの事を考えると、胸が締め付けられる感覚を抱くようになっていた。そんなところが危うすぎて、傍についていなければと思うのだ………

「ばか」

 さまざまな思いとともに小声でなじるノア。ノヴァルナは前を向いて操縦桿を操作しながら、「ああ? なんか言ったか?」と問い掛ける。

「なんでもない!」

 ピシャリと言い返したノアは、ブラストキャノンの照準を『ヴァジュ・リースク』型高速砲艦へ定めた。



▶#17につづく
 
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