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第9話:動乱の宙域
#15
しおりを挟む雪崩に巻き込まれた『センティピダス』は横に一回転する。内部には地形による傾斜に対し、重力制御が掛かってはいるが、さすがに一回転するような事態には対応しておらず、オーガーもレブゼブも、他の乗員もサイコロのように転がった。
「げええええっ!」
悲鳴と怒号の合唱。あらぬ向きに放たれた副砲群のビームが、あちこちに火柱を上げ、夜空に幾筋も飛んで行く。指令室ではピーグル星人の幹部の一人が、哀れオーク=オーガーの巨体の下敷きになり、種族の特徴の豚のような鼻が、さらにぺしゃんこに潰された。
「ははん! ざまァ!!」
『センティピダス』が半ば雪に埋もれて、一時的に戦闘力を喪失した光景に、ノヴァルナは右腕に作った力こぶを左手に打ち付ける。そしてすぐに握り直した操縦桿を、おもむろに倒しながらノアに告げた。
「ノア。エネルギーシールド解除」
船体を覆うエネルギーシールドを解除した『クランロン』型貨物船は、ノヴァルナの暴れっぷりに棒立ちになっていた、カールセンとレジスタンス達の元へ接近する。
船体下部から乗降用タラップを出したまま、地上スレスレに丁寧に近付ける動きはさっきの言動と全く逆で、ノヴァルナの技量の高さを如実に表している―――いや、そんなノヴァルナの操縦ぶりを、隣に座るノアは重力子コンバーターの出力を微調整してやりながら、納得ずくの表情で見詰めていた。この丁寧な操船も、さっきの乱暴だが的確な機動と表裏一体のものだからだ。
「オーガー! 奴等が宇宙に逃げてしまうぞ。どうにかしろ!!」
機能を回復しようと大わらわの『センティピダス』の指令室で、レブゼブはひっくり返ったままモニターを睨んで声を荒げた。オーガーは下敷きになって失神している部下には目もくれず、転がるようにして上体を起こしながら応じる。
「うぬぅ…し、心配すんな。手は打ってある」
一方、負傷した仲間を肩に担ぐカールセン達は、目の前に見事に静止した貨物宇宙船のタラップに取り付き、負傷者に少々手間取りながらも内部へ乗り込んだ。全員がエアロックに入ると、カールセンはインターコムのマイクに駆け寄って操船室に回路を繋げる。
「すまんノバック。いいぞ、出してくれ!」
雪の中でようやく起き上がった『センティピダス』が、再照準した副砲群を撃ち放った。それを船体をひねってかわしたノヴァルナは、大気圏外へ向け船を上昇させる。
反転重力子の光のリングを二つ連続に発し、加速上昇していくノヴァルナ達の貨物船に、『センティピダス』が撃ち上げるビームが追いすがって来た。一発が船体底部に命中するが、すでにノアがエネルギーシールドを再展開しており、スパークを放って飛び散る。その間に、レジスタンスのリーダーであるユノーを連れ、操船室に上がって来たカールセンは扉を開けるなり、妻のルキナに声を掛けた。
「ルキナ!」
「カール。良かった!」
安堵の表情を浮かべるルキナ。だがカールセンは表情を緩める事無く告げる。
「ルキナ、怪我人を頼む! キャビンにいる」
それを聞いたルキナが頷いて立ち上がり、操船室を出て行くと、カールセンは再び機関士席に座り、ユノーはルキナの代わりに通信士席についた。貨物船は早くも成層圏を抜け、惑星アデロンの昼の部分が、船窓の外で宇宙との境界に弓のような青白い孤を描いている。
「ノバック。おまえさん、凄いな。助かったよ」
まさか貨物宇宙船で重多脚戦車と格闘戦を演じるとは、思いもするはずがなかったカールセンは、舌を巻いて称賛した。ユノーも「ああ。おかげで助かった」と言い、さらに続ける。
「早速で悪いが、船の進路を―――」
しかしノヴァルナの言葉がそれを遮る。
「その前に、お客さんだぜ」
「なに?」とユノー。
船窓から見渡せる視界の中で、惑星の裏の方から光点が二つ並んで現れた。宇宙船だ。さらに長距離センサーのモニターを見詰めていたノアが、落ち着いた口調で報告する。
「別方向からも反応2。たぶん他の宇宙港で待機していた船ね。全てこちらに向かって来るわ」
ノアはそう言って、モニター画面をホログラム映像に変換し、操船室の前面に浮かび上がらせた。半透明の立体映像が、惑星アデロン上空における自分達の船と、四つの反応の位置関係を表示する。オーク=オーガーが言った、“手は打ってある”とはこの事であった。
「俺達を追って来るって事は、武装してるって事だ。何処へ向かうにしても、まずはあいつらを何とかしねえとな」
軽く言いながらも、ホログラムを見るノヴァルナの目は厳しかった。恒星間航法のDFドライヴを使うためには、惑星アデロンが属するクェブエル星系の最外縁部まで出なければならず、それまでに追撃して来た4隻の妨害を排除する必要がある。転移の際のワームホール突入時には、船が無防備になるからだ。
ノヴァルナは航法アーカイブから、自分達のいるクェブエル星系の宇宙図を立ち上げて、ホログラム表示した。星系を構成する公転惑星は十。DFドライヴが可能な最外縁部までの距離は、およそ60億キロ強…光速の20パーセントで航行して約30時間といったところである。
だがノヴァルナに、追撃船を最外縁部まで連れて行く心積もりなどなかった。宇宙地図を横目に、幾つかのスイッチを切り替えてノアに告げる。
「コース016―015」
「了解」
ノヴァルナの意図を読み取ったノアは、火器管制パネルに手を伸ばし、連装ブラストキャノンの照準修正モードを、『真空・宇宙戦闘』へ切り替えた。ノヴァルナはすでに船の針路を、自分が口にしたコースに変えており、視界にある星達の光が一斉に流れ、正面に惑星アデロンの月が回り込んで来る。ノヴァルナの意図とはオーガーの追撃船を、あの月で排除する事であった。
敵に包囲されるのを避けるため、加速をかけたノヴァルナの操る貨物船は、黄色い光のリングを三つ重ねて船尾から放つ。やがて四つの光点はひと固まりとなって、ノヴァルナ達の船を追い始めた。
「ノア。追って来る船の型は分かるか?」
「ちょっと待って。戦闘用センサーと言っても民間船レベルのものだから、そこまで分からないわ。だけど、向こうもオーガーの配下の船だと思うから、船籍名簿と照会してみる」
そう言ってノアがセンサーのモードを切り替えると、ホログラム上の追撃船の上に、見慣れない文字が浮かび上がる。オーク=オーガーの種族のピーグル語だ。
「これじゃ読めねえぞ」とノヴァルナ。
「だから、ちょっと待ってって。あなたは操縦に専念して」
せっかちなノヴァルナをたしなめて、ノアは表記文字を銀河皇国公用語に変換した。船籍番号と船名、形式がすぐに判明するが、いま必要なのは型式であり、ノアがそれを読み上げる。
「3隻は私達と同じ『クランロン』型。でもどれも年式は向こうの方が新しいわ。それとあと1隻は…『ヴァジュ・リースク』型?…私には分からないけど、あなた、知ってる?」
するとノヴァルナはノアの問い掛けに、眉間に皺を浮かべて応えた。
「そいつはありがたくねえ話だぜ」
「どういう事?」
「最後の『ヴァジュ・リースク』型ってのは、武装商船の類いじゃねえ。星系警備部隊あたりが使う、高速砲艦だ」
▶#16につづく
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