銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第9話:動乱の宙域

#12

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 そう広くはない『クランロン』型貨物船の操船室に上がったノヴァルナは、まず機関士席のコンソールを立ったままで操作し、船の対消滅反応炉を起動させた。そして次に操縦士席に座り、発進準備に入る。
 船窓から外を見ると、銃を構えたユノー達に見張られたオーガーの手下達が、格納庫の一つに列を作って入って行くのを視覚に捉えた。その格納庫にはノヴァルナとノアが密航して来た、あの船が収められている。

 ノヴァルナはふとユノー達が離れたらあの格納庫に、ブラスターキャノンを撃ち込んでやろうかと思う。さっきは確認する間がなかったが、あの顔面を蹴り付けた男の他にも、未開惑星で原住民を虐殺していた乗員達が投降した連中の中にいるはずだ。それに他の貨物宇宙船の乗員も、同じような事をしているに違いない。
 しかしすぐにそんな考えを思考の外に押しやり、ノヴァルナは計器のチェックに神経を集中させた。傍若無人ではあっても暴虐無残となる事までは望まないからだ。
 それに迎撃部隊は排除したが、宇宙港にはまだオーガーの手下達が潜んでいる可能性も高い。おそらく非戦闘員だろうが、攻撃して来ないとは限らないし、いずれ敵の追撃隊もやって来るはずである。時間はそう多くなかった。

 とは言え、先ほどから腹の虫が収まらないのも事実だ。それはあの未開惑星で原住民を虐殺していた連中の一人と、顔を合わせた事によるものだけではなかった。その前に鉱石運搬船で川を下り、強力な麻薬であるボヌークの精製工場に、忍び込んだ時に見た光景も関わっていたのだ。

 ノヴァルナ達がそこで見た光景は、むごいのひと言に尽きた。周辺の町から集められたと思われる住民達は、老人から子供までが強制的にボヌークの中毒にさせられ、そのボヌーク欲しさに廃人のようになってまで、ひたすら働いていたのである。
 そして工場の敷地の片隅にはボロボロになって、動く事すら出来なくなった中毒患者が冷気の中に、生きたまま積み上げられ、死だけを待っていた…いや、それでももがき苦しみながら、ボヌークを欲していたのだ。

 その光景にノアが思わず悲鳴を上げたため、住民達を監視していたオーガーの手下達と戦闘する羽目になったが、ノヴァルナにはノアを責める気も、戦闘に陥った事への後悔もなかった。それでも腹立たしいのは、それ以上、今の自分達が住民に対して出来る事が無いという点である。

 ノヴァルナには正義の味方を気取るつもりもなければ、解放者の名誉を欲するわけでもない。しかしオークー=オーガーがこの惑星の統治者を名乗る以上、己の利益だけで自分の領民に塗炭の苦しみを与えるような行為は、星大名の一族たるものの矜持として我慢がならなかったのだ。

“元の世界に帰れるとなっても、とにかくあの豚野郎だけはぶっ潰す!”

 タペトスの町を離れる時に抱いた怒りをノヴァルナはもう一度胸に刻む。そこへカールセン達も操船室に入って来た。

「ノバック。俺達はどうすればいい?」とカールセン。

「宇宙船の操縦の経験は?」

 ノヴァルナは航法コンピューターを立ち上げながら、カールセンに尋ねた。カールセンが武門の出なら、ひと通りの基礎知識の記憶インプラントと、訓練は受けているはずだが、問題は実際の経験だ。

「前線に送られてた時に、強襲降下艇を飛ばした事は何度かある」

 カールセンがそう答えると、ノヴァルナは計器のチェックを続けたまま軽く頷いて、指示を出した。起動した対消滅反応炉が本格稼働を始めて、軽い地鳴りのような音が、操船室にまで伝わりだす。

「じゃあ、機関士席を頼む」

「わかった」

 カールセンがノヴァルナの背後の席に着く。ノヴァルナはさらに指示を続けた。

「ノアは副操縦士席だ。ルキナねーさんは通信士席」

 ノヴァルナの言葉にノアは「了解」と応じ、ノヴァルナの左隣に座る。そして即座に自分のコンソールのチェックを始める手並みは、やはり自分専用のBSHOを持っているだけの事はあると感じさせた。しかしその一方でルキナは戸惑いを隠せない。

「ノ、ノバくん。あたし、何も分からないんだけど」

「ねーさんは座っててくれたらいい。発進の時に立ってちゃ危ねえからな」

 そう告げたノヴァルナは座席を回転させ、隣のノアに背中を向ける形になると、コンソールの右側で何かを調整し始めた。

「ノア。重力子コンバーターのエネルギーゲインを見ててくれ。船が古いせいか、整備もロクにしてねーせいか知らねーが、姿勢制御系のバランサーに回す分がオートモードにならねー上に、マニュアル調整がイマイチ安定しねえ…っと、これでどうだ?」

「23の38?…だめ。たぶんこれじゃ離陸する時、急に前に傾いて舳先を地面にぶつけるわ。ちょっと貸してみて。こっちでも立ち上げるから」

「お、おう」

「………ん、はい。これでいいはずよ。ゲインも安定してるし」

「19の47だと?…なんか、ピーキーな設定じゃねーか?」

「あなたの操縦のクセよ」

「クセ?」

「あなたと戦った時に気付いたの。あなたって加速する時、操縦桿を強く握り直してからスロットルを開いてるのよ。それがほんの一瞬の間を置いての加速になってる。だからあなたの場合、少々過敏な設定にしといた方が、注意を払うようになっていいの」

「そ、そうか?」

 操縦の欠点となるようなクセをさらりと指摘され、ノヴァルナは珍しくたじろいだ。それと同時にノアの才能に対して、背筋に冷たいものが流れるのを感じる。やはりパイロットとしても只者ではない。『ナグァルラワン暗黒星団域』でノアと戦った時は、互いに相手の命までは奪う気がなかったが、あの僅かな間に操縦のクセを見抜かれていたとなると、本気で殺し合っていればどうなっていたか分からない。

「だけどいいのかよ?」とノヴァルナ。

「なにが?」

「俺の操縦のクセを指摘してくれんのはいいが、元の世界に戻る事が出来たら、俺達はまた敵同士になるんだぜ?」

「………」

 ノヴァルナがそう言うとノアは無言になり、二人はしばらく発進準備に手だけを動かした。すると互いに作業を続ける中でノアがポツリと言う。



「ねえ…」



「なんだ?」

「元の世界に戻れたら、お父様達を説得して、同盟とか結べないかしら?」

 思いがけないノアのおもねるような言葉に、ノヴァルナは発進準備の手を止めて振り向いた。そのノアのノヴァルナを見詰める眼差しは真剣だった。
 そうだ、そうなればノアとも今のままでいられる…と思ったノヴァルナだったが、うっかり口を突いて出たのは、自分自身への照れ隠しの笑いとセリフである。

「ハハッ…和睦ならともかく、“マムシのドゥ・ザン”と同盟たぁ、出来の悪い冗談だぜ」

 それを聞いてノアの表情は、明らかに落胆したものに変化した。真面目な提案を茶化されて、傷ついたのに違いない。内心“しまった”と感じたノヴァルナは、わざとらしく軽い咳ばらいをして弁解気味に続ける。

「…とは言え、まあ、悪い考えじゃねーな。うん」

 機嫌を直したノアは、笑みをこぼして言い返した。

「また偉そうに」

 やがてノヴァルナとノアのコンソールの全ての計器が、発進準備を完了した事を示す。

 発進準備が整った事を確認したノヴァルナは、後ろの機関士席に座るカールセンに告げた。

「カールセン。レジスタンスの連中に、船に乗るように言ってくれ」

 カールセンは「わかった」と応じて席を立つ。その直後である。雪の積もったままの離着陸場にサーチライトの光が走ると同時に、一つ、さらに二つ三つと爆炎が上がったのだ。

「!!!!」

 ノヴァルナとノアは視線を鋭くして、船窓からサーチライトの光源へ目を遣った。すると闇に包まれた山脈の尾根を、まるでムカデの形の星座が地を這って来るような光景を捉える。脚部や胴体部の白い位置灯だけを点した機動城『センティピダス』だ。周囲に他の光が全く無く、距離感が掴めないため、本当に夜空をムカデ型の星座が動いているようで、異様な感覚を覚える。目に見える大きさからすると、まだ1万メートルほどは距離がありそうだ。

「チッ! 来やがったか。カールセン、急いでくれ!!」

 遅かれ早かれこうなるであろう事も予測していたノヴァルナは、カールセンにレジスタンスの収容を急かした。「ああ!」と応じて足早に操船室を出て行くカールセンを、不安そうに見送る妻のルキナ。ノヴァルナはさらにノアに尋ねた。

「ノア。火器管制は分かるか? 頼めるか?」

「ええ。了解」

 ノアはすかさず応答して、コンソール左側の火器管制パネルに手を伸ばす。武装貨物船の上部側連装ブラスターキャノンの砲塔が、眠りから覚めたように船体から僅かにせり上がり、待機位置を取った。
 そこに“ムカデ型の星座”から、また新たな火箭が走る。続いて着弾。離着陸場に上がる火柱が三つ、さっきより近い。ただそれでも、広い離着陸場の向こうの方だ。

「なんだあの大ムカデ。まともな射撃システムもねーのか? こんなもん、大昔の大砲の光学式フィードバック射撃じゃねーか」

 小馬鹿にするノヴァルナだが、砲撃の破壊力自体は侮れないものがある。直撃はマズい。

「反撃する?」とノア。

「いや、まだだ。射撃用センサーも動かすな。向こうが逆探を稼働させてたら、こっちの正確な位置がバレちまうからな。それより砲戦用のエネルギーシールドはあるか?」

「ええ。一応正規の武装貨物船ですもの。出力は大した事ないけど」

「じゃあ、レジスタンスの連中が乗り込んだら、まずは即、シールドの展開を頼むぜ。俺はコイツを飛ばす」



▶#13につづく
 
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