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第9話:動乱の宙域
#11
しおりを挟む一部で火災を起こし始める宇宙港の管理棟には目もくれず、ノヴァルナはビームランチャーを荒っぽく肩に担ぎ直して、自分を罵った男の顔をつま先で蹴り付けた。そして鼻を潰された男が顔面を手で覆って呻くに任せ、投降したオーガーの手下達の向こう側にいる、レジスタンスのユノーに声を掛ける。
「おい、あんた」
「あ?…ああ」
ほぼ初対面に近く、ノヴァルナが平然と見せた無軌道ぶりにまだ免疫のないユノーは、半ば面食らったような表情のままで返事をした。
「こいつらを格納庫へでも押し込めて、出られないようにしといてくれ。俺とカールセン達とですぐに飛べそうな宇宙船を都合する。行くぞ」
そう言ってカールセン達を促し、宇宙港に向けて歩き出すノヴァルナに、ノアは急いで追い付いて来た。強い口調で呼び止めようとする。
「ノバくん、ちょっと!」
「ノバくん言うな!」
ノヴァルナはノアを振り向かず、前を向いて歩き続けながら応じた。
「やる事が荒っぽ過ぎるわよ。いくら暴言を言われたからって、投降した相手の顔を蹴り付けるなんて、乱暴じゃない!?」
「ノアはアイツの顔を覚えてねーのか!」
「え?」
「アイツは、あの星で原住民を殺してた連中の一人だ」
「!!」
それはオーガーが“ボヌーク”と呼ばれる麻薬の原料となる植物、ボヌリスマオウを大量栽培している惑星からノヴァルナとノアが脱出する際、密航するために潜り込んだ貨物宇宙船の乗員が、その惑星に住むトカゲ人間のような原住民の村を襲い、遊びで殺害していた一件である。ノヴァルナがあの男の顔面を蹴り付けたのは、彼を罵ったからではなく、その原住民を殺して回っていた連中の一人だと分かったからだ。
「チッ!…降伏なんざ、させるんじゃなかったぜ」
不愉快そうに言い放って先を急ぐノヴァルナに、ノアは立ち止まって口をつぐんだ。“投降なんか呼び掛けず、皆殺しにするべきだった…”そんな声を、今のノヴァルナの言葉の外に感じたのである。
複雑な思いがノアの胸に去来する。
あの時確かに自分はノヴァルナに、原住民達を助けるように訴えた。ノヴァルナはノアの覚悟を問い、物理的にも不可能だと拒否したが、内心では自分も納得はしていないのも理解出来た。
だがそれは決して、こんなふうに復讐心をむき出しにする事を、ノヴァルナに対して望んでいたわけではないのだ。
この子は危う過ぎる………
ノアは雪の中を歩いて行く年下の若者の背中に、そんな感情を抱いた。傍若無人な素振りの一方で、時として飄々と相手をあしらい、すべてが気分次第に見せていながら、内心ではすべてを是か非かで考えている。
ところがその直後、ノアの心の奥底から湧き上がって来た気持ちは、これまでの口喧嘩を繰り返して来た頃のような嫌悪でも拒絶でもなかった。
“私がそばにいてあげなくちゃ………”
―――いつか壊れてしまうかもしれない。そう思いかけてノアは慌てて首を振る。自分の気持ちを否定したいわけではない、変わろうとしている自分が怖いのだ。
なぜなら―――
自分はノヴァルナのウォーダ家と敵対する、ミノネリラのサイドゥ家の姫だから………
星大名の娘として、一族のために生きなければならないから………
すべてを諦めなければならない身だから………
そんな気持ちも知らずに、後ろ姿のノヴァルナは宇宙港のゲートをくぐって、どんどん一人で歩いて行く。こういう時に限って、いつものように“俺について来い”とも言わなければ、強引に手を引いたりもしない。
逡巡する思いに雪の中で立ち尽くしたノアは、唇を噛んで小さく呟いた。
「なによ、薄情者………」
そこへ白い息を吐きながら追い付いて来たルキナが、不思議そうな顔で声を掛けて来る。
「どうしたの? ノアちゃん」
現実に引き戻されたノアは、取り繕うように笑顔を見せて応じた。
「いっ…いえ! なんでもないです。行きましょう、ルキナさん」
宇宙港には四隻の貨物宇宙船が置かれていた。
二隻はノヴァルナとノアが、この惑星アデロンに来る時に潜んだ船と同じ『プリーク』型で、一隻は『プリーク』型と同クラスで見た事のない型の貨物船、おそらくシグシーマ銀河系のこの辺りだけで使用されている型だ。そしてもう一隻は、『クランロン』型と呼ばれる、やや小型の貨物船である。
ノヴァルナは、この『クランロン』型を頂戴する事にした。『プリーク』型より古い年代で搭載量の少ない貨物船だが、DFドライヴの機関効率はこちらの方が僅かに高い。それにこの星から離脱するのに、貨物搭載量は関係なかった。そしてさらにこの『クランロン』型は、船体上下に連装ブラスターキャノンの砲塔が装備された、いわゆる“武装貨物船”だったからだ。
▶#12につづく
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