銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第9話:動乱の宙域

#06

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「なに? 未だ、見つかっておらぬだと!」

 通信スクリーンの中で、アッシナ家筆頭家老のウォルバル=クィンガは、大きな目をギロリと動かした。巨大なムカデ型ロボット、機動城『センティピダス』の通信室で、惑星アデロンの代官オークー=オーガーと、アッシナ家参事官レブゼブ=ハディールが身をすくませる。

 時はすでにタペトスの町に陽光をもたらす太陽を、連なる峰の陰に傾けようとしていた。町を包囲して七時間、ほとんどの建物は焼き尽くされている。逃げ出した住民達は中央広場に集められて、オーガー一味の資金源である麻薬、ボヌークの精製工場で働かせるために、性別、年齢を問わず、複数のトラックに乗せられ始めていた。

 そして町の地下に碁盤の目状に広がるインフラ通路には、数百人ものオーガー配下の傭兵が入り込んで、今も逃走中のレジスタンス残党を捜索している。だが町の住民の捕獲などより重要なそのレジスタンス残党の行方が、ようとして知れないのだ。

「地上に出て、包囲の目をくぐり抜けたのではあるまいな?」とクィンガ。

「そそそ、そのような事は決してねえです。“大蜘蛛”には精度の高い対人センサーが、装備されておりやすので」

 オーガーは口ごもりながら下手な敬語で答える。しかしその物言いは、クィンガを納得させるに足るものではなかった。

「たわけめ! 対人センサーの精度を問うておるのではないわ。そもそもあの多脚戦車は、我等アッシナ家がうぬらにくれてやったものであろう。その性能が疑いなきものである事は、我等とて重々承知だ。我が申しておるのは、そのセンサー画面を見る、うぬらの目が節穴ではないのかという話だ!」

「うへっ!…お、恐れ入りやす」

 額に分厚い手を置いて頭を下げるオーガー。ホログラムのクィンガは荒い鼻息を一つ、大きく吐いて言葉を続ける。

「よいか。その地下通路を爆破して、レジスタンスごと瓦礫の下敷きにしてもよい。だがその死体の手には盗まれたメモリースティックが握られておらねばならん。この事が銀河皇国中央に知られてみよ! 関白ノヴァルナ様のご気性ならば、その罪は解除データを奪ったダンティス家ではなく、奪われた不甲斐なき我等にあると責められるばかりか、我等を差し置き、ダンティス家を宙域統治者として安堵なされるに違いないのだ!」

「申し訳ありやせん」

 詫びを入れるオーガーに、クィンガはさらに説教しようとした。だがそこに、側近の一人が現れて何事かを耳打ちする。その途端、クィンガは表情を強張らせて側近を睨み付け、怒気を含んだ声を上げた。

「なんだと!? ナヴァロン星系のモルックが!?」

 恐縮した様子で頷く側近にクィンガは「うぬぅ…」と唸り、オーガーを振り返る。

「急ぎの用が出来た。これで通信を終えるが、繰り返し申し付ける。必ず解除データを取り返すのだ。褒美か死か…二つに一つしかないぞ、オーガー」

 そう言い捨てて、そそくさと通信を終え、ホログラムのクィンガが姿を消すとオークー=オーガーは、緊張で汗ばんでいた両方の手のひらを、ズボンの太腿にこすり付けてため息を吐いた。

「ブナッシュ。カッシュ・ロブ・シャフ・サフ」

 ピーグル星人のオーガーが自分の種族の言語で何かを言うと、その言葉を理解できないレブゼブ=ハディールが「なに?」と尋ねる。それに対しオーガーは皇国公用語で「なんでもねえぜ」と、不機嫌そうに応じて続けた。

「ともかく、こうなりゃ“大蜘蛛”で地下通路を引っぺがしてでも、見つけ出すまでだ」

 するとレブゼブは何かを思いついたらしく、オーガーに「待て」と告げる。

「なんだ、ハディールさんよ。なにか手があるのか?」とオーガー。

「これだけ捜して見つからんとなると、どこかに別の抜け道があるのかもしれん」

「抜け道ぃ?」

「ああ、そうだ。この町の詳細な地図データはあるか? 我々がここに来るまでに確認したものより、詳細なデータだ。町だけでなく、周辺まで描かれている方がよい」

「た、確か、この『センティピダス』の作戦室にあるはずだ。銀河皇国の惑星開拓局があった頃の古いデータだが」

「よし、見せろ。それと万が一のため、ここから一番近い宇宙港に、警戒するよう命じておけ」

 俄然、やる気をだしたように見えるレブゼブ=ハディールに、オーガーは戸惑いながら「う…む、了解した」と応えた。ただこれは、アッシナ家直参のレブゼブの方が危機感を強く持ったためであり、オーガーが鈍重なのである。実際、先ほどクィンガからの通信が終了した際に口走ったピーグル語も、“威張りやがって。ブッ殺すぞ、クソオヤジが”と悪意に満ちたものだ。

 そんなオーガーの胸の内などいざ知らず、レブゼブは急き立てた。

「急げ、オーガー。時間は宝石より貴重だぞ!」



▶#07につづく
 
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