133 / 422
第9話:動乱の宙域
#06
しおりを挟む「なに? 未だ、見つかっておらぬだと!」
通信スクリーンの中で、アッシナ家筆頭家老のウォルバル=クィンガは、大きな目をギロリと動かした。巨大なムカデ型ロボット、機動城『センティピダス』の通信室で、惑星アデロンの代官オークー=オーガーと、アッシナ家参事官レブゼブ=ハディールが身をすくませる。
時はすでにタペトスの町に陽光をもたらす太陽を、連なる峰の陰に傾けようとしていた。町を包囲して七時間、ほとんどの建物は焼き尽くされている。逃げ出した住民達は中央広場に集められて、オーガー一味の資金源である麻薬、ボヌークの精製工場で働かせるために、性別、年齢を問わず、複数のトラックに乗せられ始めていた。
そして町の地下に碁盤の目状に広がるインフラ通路には、数百人ものオーガー配下の傭兵が入り込んで、今も逃走中のレジスタンス残党を捜索している。だが町の住民の捕獲などより重要なそのレジスタンス残党の行方が、ようとして知れないのだ。
「地上に出て、包囲の目をくぐり抜けたのではあるまいな?」とクィンガ。
「そそそ、そのような事は決してねえです。“大蜘蛛”には精度の高い対人センサーが、装備されておりやすので」
オーガーは口ごもりながら下手な敬語で答える。しかしその物言いは、クィンガを納得させるに足るものではなかった。
「たわけめ! 対人センサーの精度を問うておるのではないわ。そもそもあの多脚戦車は、我等アッシナ家がうぬらにくれてやったものであろう。その性能が疑いなきものである事は、我等とて重々承知だ。我が申しておるのは、そのセンサー画面を見る、うぬらの目が節穴ではないのかという話だ!」
「うへっ!…お、恐れ入りやす」
額に分厚い手を置いて頭を下げるオーガー。ホログラムのクィンガは荒い鼻息を一つ、大きく吐いて言葉を続ける。
「よいか。その地下通路を爆破して、レジスタンスごと瓦礫の下敷きにしてもよい。だがその死体の手には盗まれたメモリースティックが握られておらねばならん。この事が銀河皇国中央に知られてみよ! 関白ノヴァルナ様のご気性ならば、その罪は解除データを奪ったダンティス家ではなく、奪われた不甲斐なき我等にあると責められるばかりか、我等を差し置き、ダンティス家を宙域統治者として安堵なされるに違いないのだ!」
「申し訳ありやせん」
詫びを入れるオーガーに、クィンガはさらに説教しようとした。だがそこに、側近の一人が現れて何事かを耳打ちする。その途端、クィンガは表情を強張らせて側近を睨み付け、怒気を含んだ声を上げた。
「なんだと!? ナヴァロン星系のモルックが!?」
恐縮した様子で頷く側近にクィンガは「うぬぅ…」と唸り、オーガーを振り返る。
「急ぎの用が出来た。これで通信を終えるが、繰り返し申し付ける。必ず解除データを取り返すのだ。褒美か死か…二つに一つしかないぞ、オーガー」
そう言い捨てて、そそくさと通信を終え、ホログラムのクィンガが姿を消すとオークー=オーガーは、緊張で汗ばんでいた両方の手のひらを、ズボンの太腿にこすり付けてため息を吐いた。
「ブナッシュ。カッシュ・ロブ・シャフ・サフ」
ピーグル星人のオーガーが自分の種族の言語で何かを言うと、その言葉を理解できないレブゼブ=ハディールが「なに?」と尋ねる。それに対しオーガーは皇国公用語で「なんでもねえぜ」と、不機嫌そうに応じて続けた。
「ともかく、こうなりゃ“大蜘蛛”で地下通路を引っぺがしてでも、見つけ出すまでだ」
するとレブゼブは何かを思いついたらしく、オーガーに「待て」と告げる。
「なんだ、ハディールさんよ。なにか手があるのか?」とオーガー。
「これだけ捜して見つからんとなると、どこかに別の抜け道があるのかもしれん」
「抜け道ぃ?」
「ああ、そうだ。この町の詳細な地図データはあるか? 我々がここに来るまでに確認したものより、詳細なデータだ。町だけでなく、周辺まで描かれている方がよい」
「た、確か、この『センティピダス』の作戦室にあるはずだ。銀河皇国の惑星開拓局があった頃の古いデータだが」
「よし、見せろ。それと万が一のため、ここから一番近い宇宙港に、警戒するよう命じておけ」
俄然、やる気をだしたように見えるレブゼブ=ハディールに、オーガーは戸惑いながら「う…む、了解した」と応えた。ただこれは、アッシナ家直参のレブゼブの方が危機感を強く持ったためであり、オーガーが鈍重なのである。実際、先ほどクィンガからの通信が終了した際に口走ったピーグル語も、“威張りやがって。ブッ殺すぞ、クソオヤジが”と悪意に満ちたものだ。
そんなオーガーの胸の内などいざ知らず、レブゼブは急き立てた。
「急げ、オーガー。時間は宝石より貴重だぞ!」
▶#07につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる