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第9話:動乱の宙域
#05
しおりを挟む爆発の閃光を外殻に反射させて、鯨のような姿のミノネリラ軍『ゴモルク』型軽巡航艦が右舷へ回頭を始める。
そこへウォーダ軍の主力BSI『ECN-52シデン』が三機、急速接近して回頭中の軽巡の内懐に飛び込むと、対艦仕様の超電磁ライフルを放った。その先には軽巡がすでに受けていたダメージの破孔がある。
軽巡はそれまでの戦闘でエネルギーシールドを喪失していたらしく、『シデン』が放った弾丸は直接その破孔に飛び込んで、膨大な破壊力へと変化した。とどめを刺された形のミノネリラ軍軽巡は、艦体をへし折られて爆砕される。
「軽巡『レイデバル』爆発!」
遠くで褐色矮星が弱い光を放つ宇宙空間に起きた、艦の喪失光を、オペレーターが緊張した声で報告した。それに対し、司令官席に座るミノネリラ家重臣ドルグ=ホルタは、無言で頷く。その代わりに六人の参謀達が発言した。
「左翼に敵のBSI部隊が取り付いたようだぞ」
「こちらの予備のBSI部隊を、全て左翼に投入! 急げ!」
「各艦の間隔を詰めろ。散開して各個撃破されるよりはましだ」
彼等が座乗するミノネリラ軍オ・ワーリ宙域進攻部隊先遣艦隊旗艦、戦艦『バグルシェーダ』の艦橋からは、前方の薄くたなびく赤い星間ガスの向こうに、横隊を組んだ約三十の敵艦隊が陣を構えているのが見て取れる。ナグヤ=ウォーダ家当主ヒディラス・ダン=ウォーダの弟で、モルザン星系を領有する猛将、ヴァルツ=ウォーダの宇宙艦隊である。
オ・ワーリ宙域に侵攻してこの一週間、陽動撹乱を目的として警戒線を荒らし回り、途中で遭遇した三つの偵察艦隊を撃破、前哨基地二つを破壊、民間貨物船三隻を拿捕したドルグの先遣艦隊だったが、度重なる戦闘で二十四隻あった艦隊は十八隻に減っていた。
しかもそのうち六隻は補給用のタンカーであり、実質戦力は十二隻しかない。そして各兵士も士気は高いレベルを維持はしているが、疲労の蓄積の事実は否めない。そんな時に出現したのがウォーダの猛将ヴァルツの艦隊だったのだ。
ヴァルツの迎撃行動は、他のウォーダ家と連携を取らない独断であったが、その分自由裁量によってドルグの予想進路を正確に割り出し、この褐色矮星BBNC-54981付近に網を張って待ち構えていた。さすがに実戦を積んだウォーダの中核戦力といったところである。
やがてヴァルツ艦隊は陣形を崩す事無く、各艦が主砲を斉射しながら、じわりじわりと前進を開始した。BSI部隊が防御ラインの突破に成功した機を逃さない、見事なタイミングの取り方である。ここでドルグ艦隊が混乱を見せれば猛将の本領を発揮して、混乱した箇所目がけ、一気呵成に突撃して来るに違いない。
「さすがはウォーダの中でも、一目置かれるヴァルツ殿。時と場所が許せば、存分に砲火を交えてみたいところであるが…潮目を読み誤って、ドゥ・ザン様に笑われるわけにもいかぬて」
形勢は押され気味だが、ドルグ=ホルタの目には愉悦の光があった。良き敵と会せるのは武人にとっての本懐というものだが、物事には優先順位と言うものがある。今の自分が主君のドゥ・ザン=サイドゥから与えられた使命は、もはや果たしたと言ってよい。司令官席で背筋を伸ばしたドルグは、落ち着き払った口調で命令を下した。
「撤退する。まずは後方の補給部隊からだ。敵の前進速度に合わせ等距離を取りつつ後退、打撃部隊は円錐陣形に移行。こちらが突撃すると見せかけ、敵が速度を落とした所を全艦離脱する。ヴァルツ殿に気取られぬように、細心でな………」
ほぼ同時刻、オ・ワーリ=シーモア星系第三惑星、ラゴンの衛星軌道上に集結したキオ・スー=ウォーダ家の宇宙艦隊旗艦、『レイギョウ』の第一作戦室に集まった首脳陣の前に、十四の衛星を従えたガス惑星と、無数の宇宙艦艇のホログラム。そしてその背後のスクリーンには実際の録画映像が映し出されていた。
「五時間前の映像です」
作戦参謀の一人がホログラムの傍らに立って補足する。首脳陣の中にはディトモス=ウォーダら、キオ・スー主家の者の他に、ヒディラスをはじめとしたナグヤ家のメンバーの顔もあった。ナグヤ家は本来、キオ・スー家の家老職の家筋であるから、この場にいるのは当然なのだが、現在のウォーダ家の内情を鑑みれば、“呉越同舟”といった感じがする。
「位置はFT-44215星系第八惑星…ミノネリラ宙域から我がオ・ワーリ宙域に約三百光年入った、無人の恒星系です」
参謀が続けた言葉に、キオ・スー首脳陣からため息が漏れる。映像ではミノネリラのサイドゥ家主力艦隊だけでなく、後方に細木細工のような簡易の宇宙ステーションが組み上げられかけていた。これは紛れもなく補給拠点を確保しつつ、占領地の拡大を図るという本格侵攻の証拠だ。
「ドゥ・ザン殿の本隊か…」とディトモス。
“先遣部隊でこちらの警戒網を撹乱し、その後に本隊が続くと見せ掛けて別方向から侵入。自前の資材で補給拠点を早々に組み上げるとは…さすがにドゥ・ザン殿、喰えぬお方よ”
ホログラムが表示するデータを眺め、ヒディラス・ダン=ウォーダは胸の内で唸った。ミノネリラ軍主力の停泊が確認されたFT-44215星系は、つい先ほど弟のヴァルツ率いるモルザン星系艦隊が、敵先遣部隊との遭遇を報告して来た褐色矮星BBNC-54981付近から、五百光年以上も離れており、完全に先遣部隊に目を奪われてしまっていたのだ。
「しかし、主力の数が約三百とは、少ないようにも思えるが」
そう言ったのはキオ・スー家の家臣だ。
「他の星系にも分散している可能性もある」と別の家臣。
確かに、サイドゥ家の現有艦隊戦力は千隻を超えるはずであり、また映像の解析結果では、見える範囲内に、サイドゥ家が誇る“ミノネリラ三連星”の座乗艦がいないのも奇妙だった。リーンテーツ=イナルヴァ、モルナール=アンドア、ナモド・ボクゼ=ウージェルの三武将、“ミノネリラ三連星”は、サイドゥ家戦力の根幹を成す存在だからである。
その“ミノネリラ三連星”の部隊がいないとなると、ドゥ・ザン本隊と分離して別行動を取っていると考えるべきだ。ヴァルツ=ウォーダの報告では、先遣部隊を指揮していたのは“ミノネリラ三連星”以上の、ドゥ・ザンの懐刀的存在のドルグ=ホルタであったらしく、それから考えれば、主戦力を分散させていてもおかしくはない。それがキオ・スー家首脳陣の主だった見解であった。
しかし実はこれこそが、ドゥ・ザン=サイドゥの仕掛けた奸計だったのだ。“ミノネリラ三連星”の部隊は、ドゥ・ザンの長子ギルターツの部隊と共に、他の敵対勢力に備えて本国に配置されており、オ・ワーリ宙域内には一隻もいなかった。
そしてドゥ・ザンはそれを逆手に取って、自分の直率部隊がウォーダ家に発見されても、その戦力の少なさに、他の部隊がどこかに潜んでいるに違いないと思わせたのである。
これでウォーダ家は迂闊に迎撃に出向けなくなった。というのも約四ヵ月前、ヒディラス・ダン=ウォーダの軍が独断でミノネリラ宙域に侵攻した際、カノン=グティ星系においてこれと似た状況で直進し、ドゥ・ザンの縦深陣に陥って大損害を被ったからに他ならない。
“どうしたものか…”と渋面を作る、キオ・スー首脳陣。むやみに正面からぶつかるのは危険性が高く、そうかといって手をこまねいていれば、サイドゥ軍が補給拠点を建設したこの無人星系だけでなく、いずれは有人惑星を持つ植民星系にまで、その侵攻の手は野火の如く広がって行くだろう。
敵の戦力分散は下策と言えるが、前回の戦いで基幹戦力を減少させた今のウォーダ軍にとっては、その分散した“ミノネリラ三連星”を各個撃破するのも、至難の業である。
「威力偵察の部隊を差し向けてはどうか?」とキオ・スー幹部。
「いや、生半可な戦力を使っても、ドゥ・ザン殿の直率部隊のみで迎撃し、別動隊の尻尾を掴ませはしまい…」
「かと言って、このまま何もせぬわけにはいかんぞ」
「そうだ。我等が宙域で敵に主導権を握られたまま、敵が望む場所で決戦を迫られる事になるのは、是が非でも避けねばならん!」
「とりあえず、イル・ワークラン殿の部隊を遊軍として後詰めに置き、この本陣を前進させるべきだろう。その上で無人偵察艇を増派するのだ」
歯痒さばかりが募る作戦室の中で、そのカノン=グティ星系会戦で痛手を受けた当のヒディラスは、内心で“これはむしろドゥ・ザン殿の戦力しかないのを、隠蔽しているのではないか?”と疑ってみたが、とても言い出せるものではない。
同席している筆頭家老のシウテ・サッド=リンや重臣のセルシュ=ヒ・ラティオ、そして次男のカルツェ・ジュ=ウォーダに目を遣るが、皆、黙りこくったままだ。重い空気にヒディラスは天を仰いで、“ここにノヴァルナの奴がおれば―――”と思いを馳せた。
“あれがおれば、臆面もなく高笑いして、『それ、その迷いこそがドゥ・ザン殿の狙いよ!』と言い放つであろうものを………”
それから六時間も無為な時間を過ごし、ようやく、キオ・スー=ウォーダの宇宙艦隊およそ四百隻は、重い腰をあげるように惑星ラゴンから進発した。約百八十光年先のイーヌザン星系宇宙要塞でもう一つのウォーダ家、イル・ワークラン=ウォーダの艦隊と合流し、再度状況把握に努めるのが目的である。不協和音を奏でるウォーダ家だが、その一族全体の存亡にかかわるとなると、背に腹は代えられないというものだ。形ばかりの交響曲でも組まなければならない。
だが不協和音はどこまで行っても、不協和音であるのも確かだった………
▶#06につづく
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