銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第9話:動乱の宙域

#03

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 カールセンとユノーのやり取りがひと段落したのを見計らって、ノアを傍らに置いたノヴァルナは「ところで」と二人に声を掛けた。

「これからどうするつもりなんだ? レジスタンスのリーダーさんは」

 ノヴァルナに尋ねられて、ユノーはカールセンに視線を送る。“本当に信用していいんだろうな?”という目配せだ。それに対してカールセンはゆっくりと、深く頷いた。ユノーはノヴァルナに向き直り、端的に告げる。

「川を下って一旦、奴等の麻薬工場へ向かう」

「川?」

「そうだ。こっちに来てみろ」

 ユノーの言葉に従い、そのあとをついて行ったノヴァルナとノアは、鉱山の開口部の端に来ると、その先を下ったところに、暗緑色の比較的広い川が流れているのを発見した。ちょうど谷底にあたる部分だ。そしてその川岸には濃いグレーの平底船が四隻、ロープで繋がれている。

「あれは?」とノヴァルナ。

「この鉱山が使われていた頃の、鉱石運搬船の残りだ。川下にあるオーガーの麻薬工場は元々、この鉱山から採掘したアル・ミスリル鉱石を精製する工場でな。そこに直接運搬するために、ああいった船が何隻もあったらしい」

 ノヴァルナはユノーの説明に、「ふーん…」と大して興味はなさそうな返事をし、その先を求めた。

「で? 麻薬工場でどうしようってんだ?」

「麻薬工場からは、ここから一番近い宇宙港へトラックが出ている。奴等がどこかの星系で栽培してる麻薬…ボヌークの原料になる草を貨物船が運んで来てるからな。俺達はその宇宙港行きのトラックに潜り込み、宇宙港で奴等の船を奪って、この惑星を離れる」

「へえぇー…」

 何の事はない、ユノー達がやろうとしているのは、ノヴァルナとノアがサンクェイの街まで辿り着いた順路を、逆走するようなものだ。ただノヴァルナの上っ面だけを撫でるような返事は、その逆走に呆れたわけではなかった。

「タペトスの住民を巻き込むだけ巻き込んどいて、てめえらはこの星から逃げ出すって腹か」

 挑戦的な物言いになるノヴァルナに、ノアが「ちょっと…」と小声で窘めるが、それで大人しくなるようなウォーダの若君ではない。

「なに?」と、ユノーが表情を険しくする。

 するとユノーの仲間の一人が、ノヴァルナに突っ掛かた。

「おまえ! よそ者のくせに差し出口を挟むな! おまえには関係ないだろ!?」

 ノヴァルナに突っ掛かって来たのは、同年代の若者であった。ある程度実戦馴れした目をしている。余計な邪魔をされたくないノヴァルナは、凄みを利かせた眼差しでその若者を睨み付け、「てめえはすっこんでろ!」と強い調子で告げる。

「…!!」

 ノヴァルナの鋭い眼差しに、若者は返す言葉を失ってたじろいだ。ある程度実戦経験があるがゆえに、睨み返すノヴァルナの目を見て、自分以上に戦場の経験があるのを感じ取ったのだ。
 そしてその感覚はユノーにも伝わり、さらに他のレジスタンス兵にも伝播して、辺りの空気にピン!とした緊張感をもたらした。星大名という、星系とそこに住まう者達を統治する一族だけが纏う、圧倒的な気圧と言っていい。

 そういった気圧…威厳は、星大名に仕え、実戦を積むごとに尚更重く感じるものである。となれば、ユノーが配下の若者よりも、ノヴァルナの発するの気圧の大きさに敏感であるのは、当然であった。

「おまえ…何者だ?」

 ユノーは初めてノヴァルナと顔を合わせた時以上に、警戒心をあらわにして問い掛ける。

「カールセンにも訊かれたが、言っても信じねーよ」

 ノヴァルナがそう応じると、ユノーはカールセンに尋ねた。

「カールセン。こいつ、誰なんだ?」

 するとカールセンは肩をすくめて言葉を返す。

「さあな。本人ははぐらかしてるが…ウォーダ一族の血縁者ではあるようだ」

「関白家だと?」

 ユノーが僅かに面食らったような表情になると、配下の四人も互いに顔を見合わせた。そこでカールセンは彼等がノヴァルナに対し、必要以上に余計な事を考えないように機先を制す。

「ユノー。つまらない事でこいつを利用しようと考えるなよ。関白家の一門が本当なら、その事に直接かかわるのは、俺達どころかダンティス家の手にも余るぞ」

 カールセンが警告したのは、ノヴァルナを人質にして、関白ウォーダ家やそれに従おうとしている自分達の宿敵、アッシナ家と何らかの取引を試みようとするなという事であった。

「わ、わかってるさ。そんな事をしたらあの関白ノヴァルナの事だ、怒りに任せてコイツごと、ダンティス家は一族郎党皆殺しだろうからな」

 それを聞いて、当人のノヴァルナは“エライ言われようだな、俺…”と苦笑する。オ・ワーリから約5万光年はなれた宙域の、しかも34年後の世界でも、悪名は鳴り響いているらしい。

 ただその話と、十代後半の少年には似つかわしくないほどの武人の威風から、ユノーがノヴァルナに一目置いたのは確かなようであった。

「俺達は逃げ出すわけじゃない。ダンティス家に届けなければならないものがあるんだ」

「届けなければならないものだと?」

「ああ。これだ」

 そう言ってユノーがポケットから取り出して見せたのは、細長いメモリースティックだった。ただノヴァルナにとっては34年後の代物であって、見覚えのないタイプである。

「メモリースティック? なんかのデータか?」

「知らんのか? ウォーダの一族が」

「おう。まあ今の政権とは、あまり関係ないポジションなんでな」

 意外そうな目を向けるユノーに、ノヴァルナは別の意味で的確に答えた。ユノーは生真面目な口調でスティックの説明をする。

「これには、関白ノヴァルナによって封じられた、銀河皇国のNNL(ニューロネットライン)を開封する、解除データが入っている」

 この34年後のシグシーマ銀河系におけるヤヴァルト銀河皇国は、関白の地位にまで上り詰めたノヴァルナ・ダン=ウォーダが、時の星帥皇に成り代わって政治的実権を握っており、ウォーダ家の勢力圏のみがNNLを使用出来る状態となっている。敵対勢力に対して戦略的優位を確保するためである。

 そして現在、銀河皇国は関白ノヴァルナの元、より独裁制を高めた新体制に移行しようとしており、関白家に忠誠を誓った星大名には、新たに構築されたNNLの封印解除データが与えられる事となったのであった。

 NNLの有無は銀河皇国において、単なる情報サービスの有無にとどまらない。NNLは『新封建主義』の行政の根幹を成すものであり、全住民の管理を統括するものなのだ。事実、NNLを封鎖されている星大名は、領民に対する行政管理を個々に行わなければならず、それだけで莫大なコストが発生して財政が圧迫されていた。

 ユノー率いる惑星アデロンのレジスタンスの一部は、サンクェイの街の行政管理センターに、解除データをコピーしたこのメモリースティックが保管されているのを知り、一週間前、陽動作戦を展開して、その隙に管理センターに侵入、メモリースティックを盗み出したのだ。ノヴァルナとノアがサンクェイで巻き込まれた戦闘は、このレジスタンスによる陽動作戦だったというわけである。

 しかしノヴァルナはユノーの説明に不納得顔をした。

「なんでそれをわざわざ届けなきゃなんねーんだ? 転送しちまえばいいじゃねーか!…てゆーか、それ以前に解除キーが欲しいんなら、ダンティス家も関白に忠誠を誓えば済むだろが」

「データ自体に転送不可のロックが掛かっててな。アッシナ家も筆頭家老のクィンガが、自ら皇都にまで出向いて持ち帰ったらしい。それに解除キーを下賜されるのは、一宙域に一星大名家だけ…その下賜された星大名家だけが、銀河皇国の認可した宙域統治者というわけさ」

「なるほど、そいつは理解した。だがそれを届けて、この星の連中にはどう落とし前をつけるつもりだってんだ? カールセン達だけじゃなく、サンクェイやタペトスの住民まで戦闘に巻き込んどいて、結局この星のためじゃなく、ダンティス家のために犠牲になったって話なら、レジスタンスとやらの看板は下げた方がいいってもんだぜ」

 考えてみれば、仲間というわけでもないノヴァルナに、ユノーは答える必要はない話である。ましてや正体までは知らないものの、ノヴァルナをウォーダの一族と認識しているなら、言わない方がいい話もある。
 だが、そのはずのユノーは、すっかりノヴァルナのペースに巻き込まれていた。言いようは荒いが、筋道は通っているノヴァルナの矢継ぎ早な質問と、この若者が纏う星大名家のオーラに、つい答えずにはいられないといったところだ。

「ダンティス家のご当主、マーシャル様にこのデータキーを渡したら、その場でこの惑星をオーガー達から解放出来るだけの戦力支援を、要請するつもりだ。残念だが今の我々の戦力では、あの『センティピダス』や“大蜘蛛”と、まともに戦えはしないからな」

 ユノーのさらなる説明を聞いても、ノヴァルナは不納得顔のままだった。確かにタペトスの町へ来襲したオーガー一味の主戦力、機動城『センティピダス』と四機の重多脚戦車を、正面から相手取るならば、地上戦仕様のBSIユニット一個中隊以上は必要だろう。しかしそれが必要だと言って、ダンティス家の当主マーシャルなる人物が、こちらの希望通りに動いてくれるとは限らないのだ。そしてこういった皮算用は、思った通りにはならない事の方が多い。やれやれ…とノヴァルナは胸の内で呟き、ユノーに尋ねた。


「まともに戦えないって話だけは賛成だが…で、いつここを出発すんだ?」



▶#04につづく
 
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