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第8話:悪代官の惑星
#18
しおりを挟むノヴァルナが跳ね起きるとその直後、ノアも寝室から飛び出して来た。互いに顔を見合わせ、住居から外へ向かう。
町の通りには他の家の住民達も姿を現しており、それぞれの家族が身を寄せ合って、怯えた顔で顔を上げ、不安そうに辺りを見回す。
不気味な地響きはなおも続き、白い霧のかかる峰々にこだました。音が次第に大きくなる事から、何かがこの町に向かって来ているようであったが、連なる山々に反響し、どの方角から接近しているのか判断がつかない。
“どう考えても悪い予感しかしねえぜ…”
鋭い眼差しで、霧が隠す山頂の辺りに視線を走らせたノヴァルナは、集まった住民達が背後でひそひそと、「城だ…」「城が来る…」と囁き合っているのを耳にした。意味が不明の言葉に、ノヴァルナはその一団を怪訝そうに振り向く。すると視界に入ったエンダー夫妻の家から、カールセンとルキナが遅れて出て来るのを見掛けた。二人の緊張した面持ちは、不安がる他の住民達とは一線を画しているようにノヴァルナには見える。
「カールセン!」
自分の悪い予感の一因が、エンダー夫妻とレジスタンス達にあるのを感じ取り、ノヴァルナはノアと共にエンダー夫妻に早足で歩み寄った。
「ノバック、ノア」
カールセンとルキナは固い表情で返事する。
「あの音は何だ? 知ってるんだろ?」
そういうノヴァルナは内心では、昨日の夜エンダー夫妻のところに逃げ込んで来たレジスタンスと、何か関連があるのではないかと尋ねたかった。しかし周囲に他の住民がいる中で、迂闊に口には出せない。
すると岩盤を金属で重く叩くような音の連続が一段と大きくなり、カールセンはノヴァルナの背後に向けて顎をしゃくって告げた。
「あれさ」
その言葉と同時に、住民達が一斉にカールセンの示した方向を向いて、悲鳴に近いざわめきを上げ、ノアも「ああ…」と怯えたような声を漏らす。そして、ぐるりと全身で振り返ったノヴァルナは、大きく開けた両の眼で見た。
山腹を這いながら町に近付いて来る、超巨大なムカデを。
それは全長が三百メートルを超えるであろう、金属製のムカデロボットであった。漆黒の胴体は二十二個の節に分かれ、頭部と最後尾を除く全ての節に、長さが十五メートルはある赤く太い脚が生えている。それが霧の中から雪の白と岩の焦げ茶に塗り分けられた山肌を、斜めになって這って来たのだ。
「なんだぁ、ありゃあ!?」
山腹を斜めに降りて来る超巨大なムカデのロボットに、どこか間の抜けたような声を上げるノヴァルナだったが、その眼は雷光のような輝きが厳しい。
「あれがオーク=オーガーの機動城…『センティピダス』だ」
カールセンの言葉に、機動城『センティピダス』はタペトスの町を見下ろす位置で、岩肌にへばりついて停止した。と同時に、長い胴体の中から無数の二連装砲塔が姿を現し、一斉に砲口をタペトスの町に向ける。
すると胴体後方の四つの体節に一個ずつある、丸いドームが分離して宙に浮き上がった。金属的な作動音が、反重力推進である事を示している。半球上のドームは直径が10メートルほど、そしてその下側には六本の長い脚が折り畳まれていた。脚は機体が町に飛来して来るにつれ、下へと伸びて、やがては吊り下げられた蛸のような姿になる。
4機はタペトスの町を四方から囲むようにして、脚を開きながら着陸を始めた。それに合わせて、『センティピダス』の胴体下部の六か所でハッチが開き、隣町のサンクェイでノヴァルナ達も見掛けた、例の多脚戦車モドキが20機以上も吐き出される。
位置に着いた4機は地面近くで反重力推進を切って着地した。ズズン!と地面が揺れ、周囲の民家の屋根に積もった雪が一斉に滑り落ちる。六本の脚が関節部で一旦沈み、リニアダンパーが着地の衝撃を緩和して、機体を安定させた。
ドーム部を360度回転する大口径ビーム砲と、頭頂部を囲むように設けられた小型汎用ミサイルの8基のVLS(垂直発射装置)に、4基の円盤型のエネルギーシールド発生機。機体下部の三箇所に睨みを利かせるガトリング砲―――降下して来たのは間違いなく、正規軍が使用する本物の多脚式重戦車であった。例の多脚戦車モドキと同じく、濃淡二種のグレーとライトブルーの積雪地迷彩塗装が施され、機体正面には星に巻き付く紫のムカデが描かれている。
火力的には1機だけでも、タペトスの町程度ならば壊滅させられる多脚式重戦車が4機。そこにさらに『センティピダス』から発進し、山腹を駆け下りた小型の多脚戦車モドキが、24輌も町に侵入して来た。
「ノバック!」と強い口調で呼び掛け、カールセンは続ける。
「ノアを連れて、俺達から離れてろ!」
それはつまり、自分達とは無関係を装え、というカールセンの指示だった。
カールセンの言葉に対し、ノヴァルナは何かを言い返そうとする。ところがその時には早くも通りの両側に、町に侵入した多脚戦車モドキが3輌ずつ、蜘蛛のような姿を現した。四人乗りのオープンデッキの後部座席が下に開き、ワイヤーに吊るされた兵士が二人ずつ降りて来る。ワイヤーは地上に着くと同時に切り離され、兵士はサブマシンガン型のブラスターを構えて駆けだした。あのサンクェイの街で戦闘したならず者達より、多少組織立って動きがいい。おそらくオーク=オーガーの元で働く、傭兵の類いだろう。
機動城『センティピダス』と4機の重多脚戦車、そして通りの両側を封鎖した多脚戦車モドキと傭兵達の前に、住民達はなすすべもなく通りの中央で身をすくませた。
すると『センティピダス』を背後にして正面に位置を取る、重多脚戦車の機体上部が開き、六角形をしたベースに手摺が付いただけの、反重力モジュールが舞い上がる。高速で接近するそのモジュールには、巨体のピーグル星人と四人の人間が乗っていた。ノヴァルナの周囲の住民が、小声で「オーガーだ…」「オーク=オーガーだ…」と怯えたように言う。ノヴァルナは反重力モジュールに乗っているのが、この惑星アデロンの支配者、オーク=オーガーだと判断した。
モジュールが近付くにつれ、オーク=オーガーの様子が鮮明になる。二メートルを超えるであろう巨体は、腹が大きく突き出ており、顔つきは同じピーグル星人に比べて豚と言うより、イノシシに近いいかめしさだった。
赤胴色の軽装甲服の上には、何かの動物の毛皮と思われる、白地に黒い斑点がついたフード付きマントを羽織っており、赤らんだ顔には一面に幾何学的な刺青が彫られている。そして丸太のように太い右腕には、持ち手の柄に大きな鎖をつけた、長さが70センチほどで太さは8センチほどもある、六角の黒い金属棍を握っていた。
そのオーク=オーガーの隣には、ノヴァルナには見慣れない、カーキ色の軍装をしたヒト種の男が立っている。年齢は四十代ぐらいであろうか。
あとの三人もヒト種だが、うち二人は汚れのない冬用迷彩服を着用しており、傭兵ではなくどこかの正規兵のようだ。もう一人のヒト種はオーガー一味のならず者らしく、古びたボディアーマー姿で、この反重力モジュールを操作していた。
▶#19につづく
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