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第8話:悪代官の惑星
#16
しおりを挟む話と思考が変な方向に脱線しつつある事に、ノアは焦ったような口調で話を戻した。
「じょ、冗談は置いといて…もう一つの問題なんだけど」
「おう。タイムスリップだな」
「こちらは本当に仮説でしかないけど、構わない?」
「おう」
「もしかしたら、銀河系の中心部と外縁部では、時間の速度が違うのかも知れないわ」
「は?…どういう事だ?」
「銀河系の回転速度が、どの位置でも一定なのは知ってるでしょ?」
「えっと…磁場による角運動量がどうとか言うヤツか?」
「ええ。本来なら回転する物体は、その外縁に行くほど回転速度は遅くなる…つまり、銀河系もその外縁部、いま私達がいるこのムツルー宙域は元いた『ナグァルラワン暗黒星団域』に比べ、回転速度が遅くなっていなければならないんだけど、実際は銀河系全体に及ぶ、磁場による角運動量輸送の発生で、回転速度は均一になっているの」
「だな」
「その一方で、回転座標系では外側に向かって、慣性が働くものでしょ?」
「遠心力だろ?」
「その表現はちょっと違うけど、考え方はそうね」
ノアとの立場が先生と生徒のようで、ノヴァルナは小気味良さげに笑みを浮かべた。ノアの方は解説しているうちに学術意識が高まったらしく、真剣な表情で言葉を続ける。
「銀河系も回転座標系の一つ。外縁部は回転速度が遅くなっていなければならない。でも実際は角運動量の分散で速度は均等。その一方で外縁部に向かって慣性が働いている…それが時間速度にズレを生じさせる事で、バランスを保っている…それが私の仮説よ」
「………」
ノアの解説にノヴァルナは思案顔になって腕組みをし、ソファーの背もたれに上体を預けた。少し考えて、探るように尋ねる。
「つまり、いま俺達がいるこの宙域は、オ・ワーリとかミノネリラ辺りより、時間の流れが早いから、そのズレで34年後の世界になってるってのか?…もう一つ納得できねえんだが。実際、オ・ワーリからここまでの距離を五万光年として、DFドライヴで普通に旅してだいたい一年ぐらい…言ってみりゃあ、1年後の世界に着く話だぞ?」
「それは普段の私達は、DFドライヴで時間速度のズレに沿って移動してるからよ。言い換えれば時間のズレに飲み込まれて、その一部になってるってこと。だけど今回、私達が経験した『トランスリープ』は、その時間のズレに飲み込まれないの」
そう言われても釈然としないノヴァルナである。
「もひとつわかんねーな。なんかいい例えはねえのか?」
「そう? じゃあ皇国が使ってる銀河標準時を考えてみて」
「銀河標準時か?」
「銀河標準時は皇都惑星キヨウの一年が365日、一日が24時間である事から、皇国の所属惑星の公転を三百六十五等分、自転を二十四等分して、年数や日数に誤差が出ないようにしてるでしょ?」
「ああ。惑星によって一年400日だったり、一日20時間だったりしたら、いろいろと面倒だからな」
「だけど、それは“私達の都合で作った時間”だって分かるでしょ。同じ一時間でも惑星によって実際の長さは違うわよね?」
「なるほど…そうだな。オ・ワーリ内で単純に考えても、俺が住んでるラゴンより一時間が長い星もありゃあ、短い星もある。実際、イル・ワークラン家の惑星バマルの一時間は、ラゴン時間の68分だ」
「そうよ。“私達の都合で作った時間”は、私達がこのシグシーマ銀河で活動するために作り上げた時間系であって、絶対時間というわけじゃない…そもそも、絶対時間系っていうもの自体が存在しているのかわからないけどね。そして私達の銀河皇国―――恒星間文明は、DFドライヴ航法で移動する事で作られた世界。いわばDFドライヴの時間系の世界なのよ。だけども『トランスリープ』は別の時間系の航法だから、タイムスリップと似た現象が起きたのよ」
「似た現象って事は、やっぱ本物のタイムスリップじゃねえってワケだな?」
「ええ。おそらく、もし『トランスリープ』を完全に実用化して、私達の世界が『トランスリープ』の時間系に移行する時が来たら、今回のような事は起きなくなるはずよ」
「問題はそこだぜ」
「ええ、わかってるわ。あなたの言ってる、あの未開惑星に転移した理由と、貨物宇宙船で脱出する時に見た、何かの巨大施設の関連性を疑ってるのね」
ノヴァルナが指摘したのは、『トランスリープ』による『ナグァルラワン暗黒星団域』のブラックホールからあの惑星への転移に、意図的なものを感じた事である。それは惑星から離れる時に貨物宇宙船の窓から見た、円形をした青銀色の超巨大な謎の施設の存在で、ノヴァルナとノアの共通認識となっていた。高さが数千メートルはあると思われた、アンテナのような塔が幾つも立つその施設は、何かの送受信装置に思える。
ノヴァルナは上体を屈めて、用心深くノアに告げた。
「俺も仮説を言わせてもらうが、俺達が本来住んでる皇国暦1555年の世界じゃ、技術的に不可能な『トランスリープ』も、34年後のこの世界なら技術開発が確立されていて、あの巨大施設はそれと関係してるんじゃねえか?」
それを聞いたノアも頷く。
「私もその可能性は考えてた…でも『トランスリープ』は、三十年や四十年で確立出来るような技術じゃないわ。だからあれは実験施設みたいなもので、その稼働中に疑似トランスリープを起こした私達が、実験で出来た次元断裂に引っ掛かって、あそこに出たっていうのが妥当な線かもしれないわね」
ノアの肯定的な意見で、ノヴァルナの視線が真剣度を増した。
「やっぱ、もう一度あの星に行く必要があるな」
「私もそう思う」
ノアが応じて、二人は視線を重ねる。ところがその直後、二人が住む住居の外のやや離れた場所で、ドアを叩く音と人の話す声が聞こえて来た。今の時間は夜の11時を回ったところで、辺りはしんと静まり返っていたため、それは鮮明に聞こえる。どうやら声は複数の男で、強い口調で話し合っていた。ノヴァルナとノアはその声の一つが、カールセンである事に気付く。
不審に思ったノヴァルナはソファーから立ち上がり、ノアに告げた。
「ノア。ちょっと見て来る。ここにいろ」
無論、気の強いノアが納得するはずもない。
「冗談。私も行くわ」
「こっちだ。ガレージに運べ」
ガレージのシャッターが上がり、カールセンの言葉で軽装甲服を着た五人の男が、テントか何かを利用したと思われる担架で、負傷し、呻き声を上げるもう一人の仲間を運び込む。負傷した男は右肩が大きくえぐれており、流血が甚だしい赤黒い傷口には、榴弾の破片と思われる金属片が幾つも突き刺さっていた。
「ルキナ! 医療キットを!」
「う…うん」
カールセンは複雑な表情の妻に強い口調で告げ、担架を持つ男達に命じる。
「そこのシートの上へ」
負傷者を運ぶ四人。残った一人はカールセンの傍らに立ち、肩で息をしながら話しかけた。二十代半ばの銀髪を角刈りにした若者だ。
「済まん、カールセン」
「………」
無言で厳しい目をするカールセン。するとそこに「誰だ、てめぇら!」と鋭い声がする。男達が振り向いた先には、銃を構えたノヴァルナとノアがいた………
▶#17につづく
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