銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第8話:悪代官の惑星

#14

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 黄色いリングを二つ重ねに持つ、暗赤色のガスに覆われたJF-44518星系第12惑星。その二重リングの間で幾つもの閃光が走った。

 キオ・スー家偵察艦隊に所属するウォーダ軍BSIユニット『シデン』の一機が、敵のBSI『ライカ』にポジトロン・パイクで胴体を貫かれ爆発する。

 その無残な最期を目の当たりにして、僚機のパイロットは悲痛な声を旗艦に送った。中隊長は早々に戦死、代わりに指揮を執っていた副長もいま死んだ。次の指揮権を持つのが自分だったか仲間に確かめている余裕はない。

「緊急!緊急! 我が中隊は敵に包囲されつつある! 火力支援を要請! 艦砲射撃を頼む!」

 それに対する旗艦からの返答は、サイドゥ家艦隊の通信妨害でひどく聞き取り難い。

「…隊は……の敵…交戦中……に……指定の………は…不可の………は即時…避せよ」

「なんだって!? 聞こえない!!」

 返信の内容はほとんどつかめないが、偵察艦隊も切迫した状況である事は確かなようだ。そのまま通信機は何も言わなくなる。交信を試みていたパイロットは「クソッ!」と毒づいて、操縦桿を握り直した。そこにまた爆発の閃光が立て続けに煌めく。視界の左側奥…中隊に所属するASGULの第3小隊がいる辺りだ。

“だめだ…失敗だ。二重リングの間を抜けて敵の背後にBSI部隊を回り込ませる作戦を、逆手に取られた。敵のBSI部隊の待ち伏せ…奴等、俺達をわざと呼び込んだんだ”

 敵の接近を警戒して血走った両眼を上下左右に狂ったように走らせる。呼吸が乱れ、パイロットスーツと接続した生命維持装置が心拍数の上昇を検知して、酸素濃度を調整する。

 すると突然、コクピットの全周囲モニターの背後で、それまでより大きな光芒が二つ三つと明るく輝き始めた。それを見て背筋を冷たいものが流れる。その光芒が輝いている辺りには自分の母艦を含む、ウォーダの偵察艦隊が陣取っているはずだからだ。同じ中隊の誰かが隊内通信で悲鳴に近い声を上げる。

「艦隊がやられてるぞ!!!!」

 その悪夢のような光景に吐き気すら覚える。こんな宇宙の彼方で母艦を失えば、あとはもう、敵を降伏させて艦を奪うか、敵にすがり着いて命乞いをするしか生き延びる道はない。そして前者を望むのはもはや絶望的だ。

 しかし現実は後者すらも許さなかった。

「行ったぞ! 逃げろ!!」

 誰かが叫んだその言葉で、眼前に現れた敵のBSIに、咄嗟にポジトロン・パイクの斬撃を浴びせる。だが敵は難なくそれを弾き飛ばすと、自らのポジトロン・パイクを突き出した。

“強い!”

 そう思った『シデン』のパイロットが、二十数年の生涯の最期の瞬間に見たのは、コクピットの全周囲モニターを突き破って自分に向かって来る、敵のポジトロン・パイクの青い光を帯びた刃先だった………





 それから十分も経たないうちに、ウォーダの偵察艦隊をBSI部隊ごと殲滅したサイドゥ家先鋒艦隊二十四隻は、再び前進を開始した。この艦隊の旗艦に座乗するのはドルグ=ホルタ。星大名ドゥ・ザン=サイドゥの片腕と呼べる重臣で、率いるサイドゥ家第2艦隊も精鋭中の精鋭である。

「被弾艦、4。ただしいずれも損害軽微、航行及び戦闘に支障なし」

 通信科のオペレーターの報告に、艦橋の司令官席に座するドルグは「うむ」と重々しく頷く。すると彼の両側を固める、六人の参謀の一人が声を掛けた。

「偵察艦隊としては規模が大きかったですが…存外、手応えがありませんでしたな」

 そこに別の参謀が意見する。

「おそらくこちらの侵攻を予想して、戦力の漸減を兼ねた臨時の艦隊編成だったのだろう」

 さらに別の参謀が二人、意見を述べた。

「とするとこれからも、今と同規模の漸減艦隊が現れる可能性が高いな」

「だが逆に言えば、これは戦力の逐次投入…兵法の下策というものだ」

 彼等の言葉をまとめるように、中央に座るドルグは正面スクリーンを見据えて告げる。

「この程度の勝利で、我が無念が晴れようものか。ドゥ・ザン様の露払いたる我等、前に立ちはだかるウォーダの奴原(やつばら)を、全て喰い破ってくれようぞ」

「御意!」

 ドルグ=ホルタの怒りは鎮まるところを知らない。その理由はミノネリラに帰郷するノア姫を出迎えに向かった部隊を指揮していながら、『ナグァルラワン暗黒星団域』でウォーダ家に襲撃されたノア姫の救助に、僅か一時間程の差で間に合わなかった事による。
 それゆえに主君ドゥ・ザンから与えられた、オ・ワーリ宙域に錐(キリ)で穴を空けるように深く進攻する先鋒役に、自ら志願したのであった。

 そして“マムシのドゥ・ザン”と呼ばれるドゥ・ザン=サイドゥの本隊およそ三百隻が、鎌首をもたげて動き出したのはその三日後の事である。



 ノヴァルナとノアが仮の住まいを得た、惑星アデロンの山間の町はタペトスという。この町で自動車整備工を営むカールセン=エンダーの元で働くようになって一週間。ノバック=トゥーダと名乗るノヴァルナは、持ち前の適応力の高さですでに周囲に溶け込んでいた。

「あざーっす!」

 修理を依頼されていた融雪モジュールの引き取りに来た客に、愛想よく礼を言うノヴァルナ。ここに来た時カールセンが言った通り、店は名目上は自動車整備工だが実際はなんでも屋で、昨日などは近所の家の電源の地下ケーブル修理に、ほぼ一日を費やした。タペトスの町はそれほど大きくはないが、まともなインフラの整備業者もなくて、そういったものの一切をカールセンが引き受けており、確かに仕事は忙しい。

 ノヴァルナの働きぶりを見た、馴染みの客らしい中年の異星人が、カウンター越しにカールセンに告げる。

「いい若いのが入ったじゃねえか、カールセン」

「ああ。思った以上に機械に強くてな。助かってるよ」

 そう応じたカールセンは、今の客の伝票をコンピューター処理するノヴァルナに声を掛けた。

「ノバック。先に昼飯済ましといてくれ。俺は少し話してる」

「オーケー」

 軽く答えたノヴァルナは、入力を終えると店舗となっている大きめのガレージから、母屋の裏口を通り抜ける。「メっシ、メシっと」いい調子で歩くノヴァルナ。そこにカールセンの妻のルキナがキッチンから出て来て、「あ、ちょうどよかった。ノバくんお昼ご飯よ」と知らせた。
 「カールは?」「少しお客と話すそうッス」「そう、じゃあ先に食べましょ」そう話しながら奥へ向かう二人の姿を見送ったカールセンと客は、そこで表情を真剣なものに変化させた。客の異星人が少し前かがみになり、声を落として告げる。

「二日前、サンクェイで大きな戦闘があった…」

 サンクェイとは、ノヴァルナ達がカールセンと出逢った隣街であった。その時もオーガー一味とレジスタンスの戦闘が起きていたが、今回はそれよりさらに激しかったようだ。その話を聞いたカールセンは表情を険しくし「それでレジスタンスは?」と尋ねた。異星人はゆっくりと首を左右に振り、彼等にとって不吉な言葉を口にした。

「“城”がサンクェイに現れた」

 途端にカールセンの顔が強張る。ただ“城が現れる”とは奇妙な表現だ。

「オーク=オーガーが来ているのか!?」

 オーク=オーガーとは、この惑星アデロンを支配しているマフィアのボスの、豚のような顔をしたピーグル星人の名前という事である。

「サンクェイは宇宙港と麻薬の精製工場を結ぶ、街道に近いからな。レジスタンスに押さえられるワケにはいかなかったんだろう」

 客の口調は淡々としていたが。それがかえってレジスタンス側に、大きな損害があった事を感じさせた。

「それで、サンクェイの街の被害は? 市民に被害は出たのか?」とカールセン。

「そこまでは分からん。ただ“城”が来た以上は、タダでは済まないはずだ…」

「………」

 その言葉にカールセンは渋面をつくり、無言のまま顎の無精ヒゲを指先で撫でた。すると異星人の客はカールセンの肩を軽く叩き、冗談交じりに言い放つ。

「ま。仕事でサンクェイにも行くお前からすりゃ、お得意様が死んでねえか気になるだろうが、当分は行かない方がいいと思うぜ」

 そうしてカールセンの肩に置いた手をそのまま掲げ、立ち去ろうとする客に、カールセンは軽く笑顔を向けて応じた。

「ああ、そうするよ。わざわざありがと」

 礼を返したカールセンは、客の姿が見えなくなると再び渋面に戻り、カウンターの引き出しを開ける。その中には軍用の拳銃型ブラスターが入っていた。それを手に取り、グリップを開けてエネルギーパックの状態を確認する。
 グリップには蔓草の模様が彫り込んであり、高級士官仕様であるらしい。そしてそこに描かれた家紋は、サークルの中に三つの星が並ぶラインを三本並べた、『三つ引き星河』―――この周辺星系群をダンティス家から奪った星大名、アッシナ家の家紋であった。カールセンはその家紋を見詰めて心の中で呟く。



“オーク=オーガーが来ているなら、奴も一緒にいるはず………”



 カールセンの双眸…それは自動車や色んな機器を修理したり、ルキナやノヴァルナやノアに冗談を言っている時の穏やかな眼差しではなく、武人の光を宿していた。

「カール………」

 昼食が冷めてしまうから、と告げに来たルキナは偶然そのカールの姿を見て、裏口の陰で不安げにコクリと喉を鳴らす。やがてそんな不安を掃うように軽く頭を振り、普段と変わらない陽気な口調で夫に声を掛けた。

「カール。そろそろ来ないと、ご飯冷めちゃうわよ!」



▶#15につづく
 
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