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第8話:悪代官の惑星
#13
しおりを挟む翌日、ノヴァルナとノアが住まいとしてカールセンから与えられた住居は、カールセンとルキナ夫妻の家の通りを挟んだ斜め前となっている、サイズが夫妻の家よりややこじんまりとした、銀河皇国の植民星用簡易住居だった。
長い間使用されていなかったらしく、それなりに掃除は必要だったが、それでもカールセンが言ったように家具はひと通り揃っており、いわゆる“即日入居可の物件”である。
ただなぜ前の住人が家具一式を置いたまま居なくなったのかは、カールセン曰く、“そいつは聞かない方がいい”との事だ。
カールセンは自動車整備工の仕事があるため手が離せず、ルキナの手伝いで丸一日を清掃に費やしたノヴァルナとノアは、夕食を済ませると“新居での初めての夜”を迎えていた。
だが今の二人の雰囲気はと言えば、文字から想像するようなロマンティックなものではない。昨日はここに来ての疲労が出て、食後にすぐ眠ってしまったが、今夜は多少なりとも、ようやく現在の状況を話し合える機会を得たからだ。
「34年後…確かにいろいろ辻褄が合うけど、信じられない…いえ、信じたくない話ね」
ダイニングテーブルに向かい合わせに座り、ノヴァルナの話を聞いたノアだが、その反応はノヴァルナ自身が自分の至った結論に最初に抱いた感想と同じだった。
先にも述べた通り、タイムマシンの開発は不可能である。なぜなら“現在”は“現在という時間の連続現象を消費する事”によって未来へ向かっているのであって、“未来から過去に向かって敷かれたレールの上を走っている”のではないからだ。したがって存在しないレールの先にも後にも、タイムスリップをする事は出来ない。
「だが、そのあり得ないタイムスリップが起きちまった」とノヴァルナ。
そしてノヴァルナが「正直、どうやったら場所も含め、俺達の元いた世界に帰れるか見当もつかねえ」と告げると、ノアは考える目をした。
「それについては、少し考えてみるわ」
ノアがそう応えるとノヴァルナは僅かに目を見開いて尋ねる。
「おまえ、なんか思い当たるのか?」
「確証はないし、推測だらけの結論になると思うけど…時間をもらっていい?」
「そりゃ、もちろん。てゆーか、おまえスゲーな」
素直に感心してみせるノヴァルナに、ノアは微かに頬を染めながら応じた。
「わ…私、これでも皇国大学で次元物理学を専攻してるから」
「て事は、将来は学者様か? 大したもんじゃねーか」
ノヴァルナの言葉に「まさか」と笑顔を向けるノアだったが、ノヴァルナにはその笑顔がどこか寂しそうにも見えた。ただノアもそんな自分の笑顔の質に気付いたらしく、すぐに表情を切り替えて、茶目っ気のある目でノヴァルナに告げる。
「それにしても驚いたわ。この時代のあなたが銀河皇国の関白だなんて」
「まあ、実際に自分の目で確かめたワケじゃねーから、俺も信じられねーがな」
「これはもう悪夢の類いね」
「全くだ。ひでー話だぜ」
ノアにからかわれてもノヴァルナは怒りもせずそれに乗っかり、二人は軽く笑い声を上げた。しかしそれを現実と受け止めるならば、今のシグシーマ銀河系中央部は、勢力図が大幅に変化しているはずであった。
「私達の住んでた辺り、この時代はどうなってるのかしら…」
「さあな。その辺はカールセン達にも詳しく訊くワケにいかねーし。なんせ俺達はその銀河系中央から来た事がバレてるからな。ウォーダのASGUL乗りかなんかだと思われてる俺が、銀河中央部の情勢を訊くと怪しまれるだけだ。せっかく見つかった味方なんだし、そこいらは慎重にいかねーとマズいだろ」
「ふーん…あなた、いろいろ、ちゃんと考えてるのね」
ノアにそう言われてノヴァルナは苦笑いを浮かべる。
「それ、なんか気に入らねえ感心の仕方だな」
「やーね、褒めてるのよ」
軽くいなして来るノアに、ノヴァルナは“やれやれ”と頭を掻く。口喧嘩こそ減ったが、やはり物言いではノアの方が上手(うわて)のようだ。
「ともかく、NNL(ニューロネットライン)が使えねーのは痛いな。あれがありゃあ、今の銀河の状況も簡単に掴めるってのによぉ」
「あなたが封鎖したんじゃない」とノア。
「俺じゃねーし!…って、俺か。いや、でも俺じゃねーし!」
実際ノヴァルナは今現在、この宇宙に34歳年上のもう一人の自分がいて、銀河皇国の事実上の政権を握る関白の地位にいるという事に、想像も及ばなかった。
「しかしなぁ―――」とノヴァルナはノアに問い質す。
「本当にここは俺達の住んでた世界と繋がった未来なのか? この前おまえが言ってた並行世界…つまり多元宇宙の一つって考え方もあるだろ?」
「わかってるわ。その辺も合わせて考えてみる」
「おう。じゃあ、難しい話はノアに任せて、俺は明日から整備工の仕事を頑張るとすっか! とりあえず、“働かざる者、食うべからず”ってヤツだからな」
腕を組んで天井を見上げ、陽気な声でそう告げるノヴァルナを見詰めてノアは内心、頼もしく思った。本当にこの世界に来てからというもの、ノヴァルナのバイタリティの高さが、自分が抱く密かな不安を吹き飛ばしている事に、改めて気付かされる。
すると不意にノヴァルナが見詰め返して来たため、ノアは少し動揺して視線を逸らした。言動はアレだが、見た目で言えばノヴァルナは美少年であり、改まって真剣な眼差しを向けられるとついだじろいでしまう。
「で、話は戻るんだが、ノア。俺達がブラックホール内で空間転移を行った直後、真っ暗な空間の中で、銀色に光る変な神殿みたいなもんを見なかったか?」
ノヴァルナが口にしたのは、あの次元の境界のような暗黒の虚空の中で、ノアのBSHOの肩越しに見た、古代の神殿を思わせる奇妙な建造物の事であった。しかしノアは訝しげな表情を浮かべて尋ね返すだけだ。
「え?…なんの事なの、それ」
「…なら、カミヨコトバみてえな謡(うた)を謡う、男の声は?」
そこでノヴァルナはもう一つの不思議な出来事であった、神話語と思われる謡が聞こえた件を持ち出す。だがこれも、ノアは「ううん」と言って首を振るのみである。
「そもそも、ブラックホールに突入したと思ったら、次の瞬間にはあの惑星の成層圏近くに出てたじゃない。そんなこと、見たり聞いたりしてる時間なんて、なかったでしょ?」
どうやらノアにはあの時の記憶が欠落しているか、もしくはあの奇妙な時間自体が存在していなかったようである。ただノヴァルナは、それが夢や幻の類いであったとは思えなかった。あれを見、それを聞いた現実の時間が、自分には確かに存在していたのだ。
そしてその事をノアに告げると、ノアは疑わしげではあったが、否定的ではなかった。
「…もしかして、それが前にあなたの言った、“この惑星に飛ばされた事に意図的なものを感じる”理由なの?」
「いや。飛ばされた理由は確率的な話で、直接結びつけてるワケじゃねえがな」
「わかったわ。その話は私も覚えておくわ。ここまで奇妙な事が起きると、何があっても不思議じゃないもの」
微笑みながら応じるノアに、ノヴァルナは珍しくはにかんだ表情をする。
「すまねーな。助かるぜ」
ノヴァルナの感謝の言葉に、ノアは驚いて瞼をしばたかせる。
「ど、どうしたのよ? 急に」
「いや、な。今の話、確証がねーから…おまえに言ってもどうせまた、頭ごなしに否定されんのがオチだと思ってたんでな」
そう言いながら顔をそむけ、照れ臭そうに手で長めの髪を掻き撫でるノヴァルナに、ノアは思わず見入ってしまった。
“あれ…なんだろう…胸が苦しい………”
そんな感覚の意味を自分自身にごまかすように、ノアはノヴァルナに尋ねる。
「そんなこと…それで今まで言わなかったの?」
「だっておまえ、最初の頃、俺を嫌ってたじゃん」
「!!!!」
今のノアの心境をグサリと皮肉るようなノヴァルナの言葉に、ノアは一瞬、返す言葉を失ってしまった。無論、言ったノヴァルナにそういう意図はないのだろうが、ノアからすれば、手で喉元を扇ぎたくなるような熱感が、苦しさを覚えた胸の中から沸いて来るのを、感じずにはいられない。
「かっ、勘違いしないで。今でもあなたなんて嫌いよ」
そうは言うが、狼狽した様子では説得力に欠けるというものだ。鼻っ柱は強くても、余裕を無くした状況でそういった駆け引きが出来るほど、ノアもまだ大人ではなかった。一方のノヴァルナは「へぇへぇ」と軽く流して席を立つ。
「さぁて…俺、寝るわ。なんせルキナのねーさんに、ここの片付けで結構コキ使われたからな。NNLが使えねえんじゃ『iちゃんねる』も遊べねえし、明日は早ぇみてえだし」
と伸びをしたノヴァルナは、ノアを振り向いて悪ぶった笑顔を見せる。
「一緒に寝るか?」
いつぞやのノアの言葉のお返しであった。確かに寝室にはベッドが二つあるが、当然言葉の意味は別だ。ただそんなふうにからかわれると、ノアは逆に冷静さを蘇らせた。僅かな間を置いて気を取り直し、さらりと言い返す。
「一緒の部屋までならね。一緒のベッドはお断りだけど。私、そんな安い女じゃないから」
それもまたノヴァルナが以前言った言葉のお返しである。やはりノアは頭の回転の速い女性であるようだ。「ふふん」と小気味良さげに鼻を鳴らしたノヴァルナは、寝室に行き、毛布を手に戻って来た。そしてリビングのソファーに腰を下ろす。住居がエンダー夫妻の家よりこぢんまりとしている分、ダイニングとリビングは一体になっており、その様子はノアからも見て取れた。
どうやら自分はリビングのソファーで眠るつもりらしいノヴァルナに、ノアは「ちょっと、ノヴァルナ」と呼び掛ける。
「あなた、今日もソファーで寝るの?」
それに対し、ノヴァルナは茶化すように応えた。
「おう。おまえの気が変わって襲われちゃ、かなわねーからな」
「失礼ね。それ、私のセリフでしょ!?」
ノアが呆れた声で抗議すると、ノヴァルナは「アッハッハッハ!」と笑い声を上げ、軽い口調で言葉を続ける。
「少なくとも元の世界に帰れないのが分かるまでは、おまえを襲わねーよ。そんな事したら帰ってから、激怒したおまえのハゲオヤジが、マジんなって戦争仕掛けて来るだろうしな」
“ああ、そうか…私達、敵同士だったんだ―――”
ノヴァルナが口にした冗談で、ノアは二人が属する家が互いに敵対している事を思い出した。口喧嘩やいがみ合いこそ繰り返して来てはいたが、二人で過ごすうちに、互いの家がこれまで幾度となく戦っている事実を、いつの間にか忘れ去ってしまっていたのだ。
元の世界に戻ったら、私達も憎しみ合わなければならないのだろうか…そんな想いが胸を去来するのを振り払うように、ノアは冗談ぽくノヴァルナに言い返す。
「襲わないなら、ベッドで寝ればいいじゃない」
するとノヴァルナは苦笑を浮かべて、困惑気味に応じた。
「いや、俺が言うならともかく、おまえが“襲う”とか“襲わない”とか言うのは、キャラ的にどうかと思うぞ」
「あ…」
星大名の姫君としてはあまり上品とは言えない物言いに、うっかり口を滑らせた形のノアは顔を赤らめる。しかもその直後に、毛布を掛けつつソファーに寝そべりながら言ったノヴァルナの言葉に、ノアの肌の紅潮は顔から耳の先にまで広がった。
「それはそうと、俺ぁここでいいよ。おまえ、性格は置いといて美人だからな。正直な話、襲わねー自信はねぇし…」
ウォーダ家とサイドゥ家の当主が実際、どれほど憎しみ合っているかは定かではないが、少なくとも今、この星系に展開している両家の兵士達は、憎しみを砲火に変えて全力で互いに叩きつけ合っていた。
JF-44518星系。ミノネリラとの境界線付近に位置するオ・ワーリ宙域の星系である。第12惑星に建設されていた前線哨戒基地が連絡を絶ち、急行したキオ・スー=ウォーダ家の偵察艦隊が、サイドゥ家の先鋒部隊を発見したのだ。
▶#14につづく
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