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第8話:悪代官の惑星
#12
しおりを挟むスルガルム星系の第五惑星ガイレムはオレンジ色の縦縞が美しい、濃密なガスに覆われた岩石惑星であった。
そのガイレムをピンポン玉ほどの大きさで後方に置く公転軌道上には、一千隻以上の宇宙艦が十一の集団に分かれ、果てのない星空に緩やかなカーブを描きひしめいている。集結したイマーガラ軍宇宙艦隊の壮観な眺めだ。
黒いビロードの上に、銀の砂を整然と撒いたように見えるイマーガラの各艦隊の中央、そこに浮かぶ双胴の巨艦がイマーガラ家の宰相、セッサーラ=タンゲンの座乗する第2宇宙艦隊旗艦、『ギョウガク』である。
『ギョウガク』の艦橋では司令官席に座るタンゲンが、東洋の龍を思わせるドラルギル星人の顔を微かに頷かせた。彼の前面には今回の、隣接するミ・ガーワ宙域の治安維持のために出動する、第3から第12艦隊の司令官がホログラムで並び、艦隊の状況を報告している。
「…では、我等第3艦隊はこれより出動致します」
そう告げたのは第3艦隊司令官の女性、シェイヤ=サヒナンだった。まだ三十代ながらイマーガラ家の重臣であり、しかも優れた戦術家、パイロットで、常に先陣の一角を担う猛将である。
今回もシェイヤは先遣艦隊としてミ・ガーワ宙域に入り、当主ヘルダータを失って動揺する星大名トクルガル家に乗り込む役目を与えられていた。
「うむ。頼んだぞ、シェイヤ」
重々しく応じるタンゲン。するとそのシェイヤに、居並ぶホログラムの司令官の一人が、冷やかすような口調で声を掛ける。白髪の目立つ長身の五十代と思われる男性、イマーガラ軍の中でも忠勇の士として名を馳せるモルトス=オガヴェイである。
「シェイヤ、また短気を起こすなよ。トクルガル家の家臣連中は気の荒いのが多いからな」
その言葉にシェイヤは軽く顎を上げ、同じように冷やかす口調で言い返す。
「オガヴェイ様こそ、いつまでも先鋒部隊に固執されておらず、そろそろ後進の若者達に道をお譲りなされてはいかがです?」
「なんの、タンゲン様が前線に出て来られるのに、それより若輩の俺が後ろでふんぞり返るわけにもいくまいて」
半ば減らず口のオガヴェイの物言いに、シェイヤは“やれやれ”といった苦笑を浮かべて軽く会釈し、通信を終える。そして程なく、イマーガラ軍の大艦隊の一番右翼にいた集団が動き始めた。シェイヤが率いる第3艦隊だ。
シェイヤ=サヒナンの第3艦隊86隻は、よく統制のとれた動きで方形陣を球形陣に移行しながら前進して行く。「見事な動きですな」と感想を述べるオガヴェイに、タンゲンは真面目な口調で告げた。
「トクルガル家はあ奴一人でも押さえておける。あとの手筈に抜かりはないであろうな?」
「もとより」とオガヴェイは応じて言葉を続ける。
「―――ただ、ミ・ガーワに進駐しても、すぐに行動出来ないのは、些か運動不足になるかもしれませんな。ウォーダとサイドゥの動き任せ、他人任せは、性に合いませぬよ」
それに対し、タンゲンは「ふふ…」と笑みを漏らして応えた。
「そう心配いたすな。ウォーダのヒディラス殿もミノネリラのドゥ・ザン殿も、根がせっかちな御仁だからな。さほど待つ必要はあるまいて。タイミングこそが肝要じゃ。我が動きに上手く合わせろよ、モルトス」
「お任せあれ」
オガヴェイは短く返答し、ホログラムの姿を消す。それを合図として残る八人の艦隊司令官も次々と立体映像通信を終了した。タンゲンは軽く息を吐いて司令官席に身を沈める。歳のせいであるのか、このところ以前よりも疲れ易くなっているようだ。僅かにむせ返り、二度三度小さく咳が出る。
“あるいは少々浮かれておるのかもしれん…”
温厚すぎるイマーガラ家の次期当主、ザネル・ギョヴ=イマーガラにとって将来、最も危険な存在となったであろう隣国オ・ワーリのノヴァルナ・ダン=ウォーダが、ブラックホールに飲み込まれてほぼ間違いなく死亡した事は、セッサーラ=タンゲンにとって目の前の暗雲が、一気に晴れたようなものであった。引退を考えるべき年齢に達したタンゲンをして、年甲斐もなく心を躍らせるのも致し方ないと言える。
そのタンゲンの元に、イマーガラ家の諜報部長が直々にデータパッドを持って現れた。「タンゲン様」と呼び掛けて諜報部長が差し出すパッドを手に取り、その内容を確認したタンゲンは満足そうに大きく頷く。
そのデータパッドの画面には書状を収めた三つのフォルダが映し出されている。書状の中身までは分からないが、フォルダに記された差出人の名前は読み取れた。
一つはサイドゥ家当主ドゥ・ザンの嫡子、ギルターツ=サイドゥ。一つはイル・ワークラン=ウォーダ家のカダール=ウォーダ。そしてもう一つはキオ・スー=ウォーダ家の重臣、ダイ・ゼン=サーガイである………
▶#13につづく
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