銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第8話:悪代官の惑星

#11

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「麻薬?」

 カールセンの言葉に、眉をひそめるノヴァルナ。

「ああ。この辺りじゃ“ボヌーク”と呼んでる麻薬だ。一度やったら、それだけで病みつきになって抜け出せなくなる強力な薬でな。ピーグル人が銀河皇国に参加する時、持ち込んだと言われてるんだ」

「ふーん…」

「オーク=オーガーはそれをアッシナ家と対立する、ダンティス家の領域内の惑星に安価で大量にバラ撒き、一般社会だけでなくダンティス軍内部まで弱体化させた上に、それで稼いだ大金をアッシナ家の側近、スルーガ=バルシャーを通じて献上したんだ。その見返りにバルシャーの代官として、このクェルブル星系を治める事を許されたのさ」

「へえ。マフィアのボスに星系丸ごとたぁ、気前のいい話だな」

「まぁ、このアデロンは植民に失敗した上に主要航路からも離れた、アルミスリルの鉱山が幾つかある程度の重要でもない惑星だからな。アッシナ家としても、どうでもよかったんだろう」

「なるほどな。そいつらがさっきの街で、あのクモみたいな戦車を使ってた、柄の悪ぃ連中か?どう見ても正規兵とは思えなかったけど」

「ああ。元はオーガー一味の手下のチンピラとか、金で雇った傭兵だからな。それが今じゃ代官オーガー家配下にしてこの惑星の支配者ってわけだ。おまえさん達がいた街は『サンクェイ』って名でな。この周辺の街の中では一番大きいんだ。連中の拠点の一つさ」

「で? 連中と戦ってた“レジスタンス”って奴等は?」

「ダンティス軍の残党を中心にした、マフィアの惑星支配を容認出来ない者達の地下組織…そんな感じだな。なんせオーガーの統治は酷くてな。もともと財政赤字のアデロンだが、奴にそれを再建する気は毛頭なく、税率を跳ね上げたうえに、今言った麻薬の“ボヌーク”を公然と販売して、さらに市民から金を吸い上げようとしてるんだ。サンクェイとか奴等の拠点になってる街とその周辺は多少はマシだが、北の方じゃ餓死者まで出てるって噂だ」

「ひでぇ話だな」

 そう言ってノヴァルナは顔をしかめた。星大名の一族として考えるうえで、領民の統治にはさまざまなやり方があるが、少なくともノヴァルナの思う手法とは相容れないものだ。

「そういう話ならレジスタンスも分かるが、他の領民達はよくこの星から逃げ出さねーな」

「それが出来たら苦労はしないさ」

 ノヴァルナが怪訝そうに言うと、カールセンは苦々しげに応じて続ける。

「オーガーが代官になって以来、宇宙港は奴等の持ち船しか発着出来ないようになっててな、領民は誰も勝手に出入り出来ないんだ。いるとしたらおまえさん達のような密航者ってわけだ」

「て事は、この星から離れるにはまた密航しかねえってワケか…」

 ノヴァルナが呟くように言うと、カールセンはニヤリと皮肉っぽい笑みをこぼした。

「そいつは難しいな」

「どうしてだ?」

「この星に来るより、出る方が何倍も厳しいからさ。さっき言ったような有様で、逃げ出そうとする住民が後を絶たないからな。見つかったら見せしめに家族全員、皆殺しだ」

 それを聞いて顔をしかめるノアを横目に、ノヴァルナは尋ねる。

「奴等、俺達を見て“難民”とか言ってたが、この惑星がそんな状況なのに、流れて来る連中がいるってのか?」

 するとカールセンは表情を曇らせて応えた。

「この宙域は今、星大名や独立管領が入り乱れて荒れてるからな。特にダンティス家の当主が、マーシャルに代わってから、戦火が広がって来ているんだ」

 カールセンの話では五年前、このムツルー宙域中央部に領域を構える星大名ダンティス家の当主が、ティルムール=ダンティスから長男のマーシャルに代替わりした頃より、急激に政情が不安定になったようだ。
 離反する独立管領との内紛、隣国ヒタッツ宙域の星大名セターク家やディ・ワッグ宙域の星大名モルガミス家との会戦が立て続けに起こり、多くの星系を失って、艦砲射撃を受けた惑星では多数の市民に死傷者が出ていたのである。
 その結果、膨大な数の民間人が共同で宇宙船をチャーターしたり、貧しい者は密航して戦場となった惑星、または戦場となる確率の高い惑星から脱出、比較的安全と思われる星系へと逃れているという事で、そういった難民は時折、この惑星アデロンにもやって来る時があるらしい。

「…ただ、そういった難民がこの星に来ても、ろくな事にはならないけどな。オーガー一味に捕まって、麻薬のボヌークの精製工場で、奴隷同然に働かされるのがオチだ」

 カールセンの言葉に、ノヴァルナは気になる事があった。

「精製工場?」

「ああ。オーガー達は、ボヌークの原料となるボヌリスマオウって植物を、どこかの惑星で大規模に栽培しているらしくてな。それをこの惑星でボヌークに精製してるんだ。税金を納められない貧しい連中も、そこで強制的に働かされてる」

 どこかの惑星と聞いて、ノヴァルナには閃くものがあった。ノヴァルナとノアがこの宙域に飛ばされて来た際に不時着した、あの未開惑星である。

「そのボヌークの原料になるとかいう草は、どんな草なんだ?」

「ボヌリスマオウか? 一見するとそこらに生えてる草と変わらんな。葉が細く五つに分かれて白い綿毛みたいな花をつけるのが特徴ぐらいだ」

「へえ…」

 何気なく聞き出してノヴァルナはノアと視線を交わした。やはりあの未開惑星で見つけた広大な農場が、そのボヌリスマオウの栽培地だったのだ。眼差しを返すノアもノヴァルナと同じ考えだったようである。
 ただノヴァルナは今、その事を口にはしなかった。自分達の正体を明かすのと同様、それを知る事でエンダー夫妻にどのような結果をもたらすか、予測がつかないからだ。

「ところで、おまえさん達のこれからだが―――」

 とカールセンは話題を当面の問題に変える。

「とりあえず、ウチの仕事を手伝ってくれないか?」

 いきなり思いも寄らない事を頼まれ、ノヴァルナは「へ?」と目を点にした。

「おまえさん、パイロットなら多少は機械の事も分かるだろ?」

「あ、ああ」

「ウチは一応自動車整備工だが、実際は色んな機械修理や、機械とは全然関係ない仕事も引き受ける“なんでも屋”みたいなもんでな。正直、嫁と二人じゃ手が足りないんだ」

「………」

 カールセンの言葉に、ノヴァルナとノアは即答せずに顔を見合わせる。自分達が元の世界に帰らなければならないのは当然の共通認識である。ただその一方、自分達が今いるのが元の位置からおよそ五万光年も離れているうえに、34年後の未来だという信じがたい事実に、どう対処していくか熟考する場所と時間が必要な事も確かであった。
 そこにカールセンが少々わざとらしい人の悪い笑みで告げる。

「一宿一飯の恩義って言葉もあるだろ?」

 そう言われては、ノヴァルナも無下に断るわけにはいかなかった。

「オーケー。わかったよ」

 ノヴァルナが承諾すると、ノアも微笑んで頷く。それを見て、黙ってカールセンとノヴァルナのやり取りを眺めていたルキナが、拝むように両手を合わせて「よかった」と嬉しそうに言う。
 ただそのあとで言ったカールセンの言葉は、二人の意表を突くものだった。

「じゃ、今夜はウチに泊まって、明日からは二人で斜め向かいの空き家に住んでくれ」

「はあ!?」

 二人で暮らせと言われて、ノヴァルナとノアは同時に声を上げた。確かにここに来るまでの五日間、ずっと一緒にいたし隣り合って眠ってもいたが、それはサバイバル生活によるもので、一つ屋根の下で腰を落ち着けて暮らすとなると、話はまた別である。

「いえ、それはちょっと…」

 戸惑うノアに、カールセンは平然と言う。

「なに、この町には空き家が多いから、勝手に住んでも文句は言われないさ。むしろ人口が増えて近所の連中も喜ぶだろうよ。家具とかも一通り揃ってるから心配ない。明日みんなで掃除しよう」

 どうやらエンダー夫妻の間では、ノヴァルナとノアは駆け落ちして来たカップルというのが、既定路線のようであるらしい。それ以前の事が問題なノヴァルナとノアとは、認識そのものが全く違っていた。するとノヴァルナはため息混じりに応じる。

「わかった。そうさせてもらうぜ」

「ちょっ、ノヴァ!…ノバック!」

 勝手に承諾してしまうノヴァルナに慌てたノアは、思わず本名でノヴァルナを呼びそうになった。そのノヴァルナは、鳴りをひそめていた傍若無人さを覗かせて、「いーじゃねーか。はい、けってー!」と言い放つ。

「………!」

 初対面のエンダー夫妻の目の前で、まだおおっぴらに鼻っ柱の強さを暴露したくないノアは、ノヴァルナの言い草に顔を赤くして押し黙った。そんな風に強引に言われると、年頃の女としてはつい下心を勘ぐってしまう。
 ただノヴァルナからすればここで話を混ぜ返して、要らない事まで口を滑らすのを避けたかったというのが、その言い分であった。誰に対する言い分かと言うと、自分に対してなのかもしれないが………

「じゃ、決まりだな」

 カールセンはそう言うと、「明日から宜しく頼むよ」と続けて笑い声を上げた。

 やがて食事も終わり、ノヴァルナとノアはリビングのソファーで早くも眠りについている。やはりサバイバル生活から抜け出して、人心地がついたのだろう。
 そしてエンダー夫妻はキッチンで洗い物をしながら、リビングで眠る二人について言葉を交わしていた。

「不思議な子達ね…本当にどこから来たのかしら?」

「さあな。だがどうやら思ってたような、ただのパイロットじゃなさそうだ」

「でも、いい子達そうよ」

「そうだな」

「カール…」

「わかってる。俺はもう戦場には戻らないよ、ルキナ………」



▶#12につづく
 
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