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第8話:悪代官の惑星
#08
しおりを挟むノヴァルナ・ダン=ウォーダ―――
カールセンの口から出た自分の名前に、豪胆さが自慢の当のノヴァルナ本人ですら、さすがにすぐに二の句は継げなかった。
“この俺がNNLの封鎖だと!? コイツ…何を言ってやがる”
そういえばこの間も似たような事があったのを思い出す。宇宙海賊を自称する『クーギス党』に捕らえられた時だ。あの時はロッガ家と陰で結託して、水棲ラペジラル人の売買にウォーダ家が加担している事を告げられた。ただそれは自分とは直接関係ない、イル・ワークラン家の話である。しかし今度はノヴァルナの名までが出て来たのだ。もちろん、ノヴァルナには身に覚えのない事で、そもそも一宙域の星大名の嫡男に、銀河皇国のNNLを封鎖するような権限があるはずもない。
それともこのカールセンという男、目の前の本人の正体を知っていて、何らかの理由でこんな不可解な事を言っているのか………
カールセンの言葉の意図を読みかねるノヴァルナ。だがカールセンはノヴァルナの告げた言葉を単に冗談と受け取っていたようで、飲み物の入ったグラスを口に運び、全く別の事を言った。
「どうした、難しい顔して? 飲み物に何か入れてると疑ってるのかい?」
「い、いや。別に…」
自分らしくないと思いながらも、ノヴァルナは変な摩擦が起きるのを避け、当たり障りのない返事をして自分もグラスを口に運ぶ。柑橘系のドリンクらしく、爽やかな甘みが味覚を柔らかに刺激した。
「まあNNLがなくったって、馴れると困らないもんだ。特にこんな辺境の田舎暮らしにはな」
そう言いながらカールセンはソファーに身を沈める。本当にさっきのノヴァルナの名を出した言葉に、他意はないらしい。そこでノヴァルナはリラックスした様子を見せながらも、内心では少々博打に出る気分でカールセンに話しかけた。
「カールセンさん」
「ただの“カールセン”でいい。堅苦しいのは嫌いだと言ったろ」
普通に“さん”付けするのが稀有なノヴァルナだったが、皮肉にもそれを拒否され、微かに苦笑いを含んだ表情で言い直す。
「じゃ、カールセン。あんたはノヴァルナ・ダン=ウォーダをどう思う?」
ノヴァルナの口調は軽めだが神経は集中させていた。カールセンの表情を完全に読み取ろうとする目になる。しかしカールセンは無警戒な表情のままで、怪しいところは見当たらない。
「そうだなぁ…辺境住まいの俺達には直接関係ないから深く考えちゃいないが、伝え聞くような悪逆非道の暴君というわけでもないだろ。この辺りに届く中央の方の情報には、ホウ・ジェンやタ・クェルダのフィルターがかかってるわけだし。それとも、やっぱり噂通りの暴君で、おまえさんがウォーダ軍を逃げ出した理由もそこらにあるのかい?」
「い、いや…そんなんじゃねーよ。俺の方はちょっとした身内のゴタゴタでね」
「て事はやっぱ、おまえさんの連れの、あの美人絡みか?」
「だから、アイツは“従姉”だって」
「いとこなら、恋愛の相手になっても問題ないだろ」
「ちげーよ!」
ノヴァルナをからかうだけからかって「ワッハッハ!」大笑いするカールセン。その表情からはやはり、自分の目の前にいるのがノヴァルナ本人だとは思っていないらしい。
ただ今の会話だけでも重要な情報が幾つか得られた。ランドクルーザーの中で聞いた話と合わせただけでも、“自分達のいる惑星アデロンが、オ・ワーリ宙域から約五万光年も離れており、位置的にホウ・ジェン家の支配するサンガルミ宙域周辺や、タ・クェルダ家のカイ/シナノーラン宙域を越えている”という事が分かったのだ。
“それにカールセンがしきりに“辺境”って言葉を使うとこからすると、宙域的にはディ・ワッグやムツルー辺り…いや、知らねえ種族や言語が幅を利かせてるあたり、まだ開拓の進んでいないエゾンもあり得るな。しかしこれが事実なら、どういった仕組みでこんなとこまで転移出来たんだ?”
と、カールセンが笑っている間にノヴァルナは素早く思考を巡らせた。超空間航法のDFドライヴをどんなに繰り返しても一日五百光年、性能のいい最新型エンジンでも六百光年が限界の現在の科学力で、あの一瞬に五万光年も跳躍したのは信じられない。だが事実は事実として認めなければ、そこから先へ思考を進める事は出来ないのもまた事実だ。
“もしかしてあのブラックホール内で転移したのと関係が―――”
ノヴァルナがそう思考を続けようとしたその時、笑いを収めたカールセンが、たとえそれも事実だとしても、今度ばかりは到底受け入れられないような事を平然と口にする。
「ま…冗談はさておいて、ノヴァルナ・ダン=ウォーダがただの暴君なら、さすがに今の地位…銀河皇国の関白殿下にまでは、上り詰められてないだろうな」
関白ノヴァルナ―――
それを聞かされた時のノヴァルナの茫然とした顔は、この場に人の悪いトゥ・キーツ=キノッサがいれば、間違いなく画像記録を取り、あとでノヴァルナに頭をはたかれていたに違いない。
『関白』とはヤヴァルト銀河皇国において過去、幾度か設けられた地位で、貴族の最高位であると同時に、星帥皇に代わって政治を行う役職である。これまでの歴史の中で、その時々によって名前ばかりの存在であったり、実権を握って皇国の政権運営をして来ている。
その関白に自分が就任しているというのは、ノヴァルナにとって、いくら何でも理解の範疇を超えた話だった。ただ、もしその全てが本当に事実で、この世界にもう一人いるらしいノヴァルナ・ダン=ウォーダという人物が銀河皇国関白であるなら、先にカールセンが述べた“NNLを封鎖”する事も、その権限において可能という辻褄合わせが出来てしまうのだ。
そして思い出されるのが、自分とノアをこの惑星アデロンに運んで来た貨物宇宙船―――最新型のはずのC-52プリーク型の、異様に古びた姿だ。
「おい、ノバック。本当にどうした? さっきから大丈夫か?」
自分が名乗った偽名で呼び掛けて来るカールセンの声に、ノヴァルナは我に返って取り繕う。
「え? ああ…疲れててさ」
「そうか。もうすぐあの美人が風呂から上がって来るだろうから、おまえさんも入って疲れを取るがいい。そのあとは晩メシだ」
「すまねー」
そう応えたノヴァルナは、内心で自分の導き出した答えが間違いであってくれと思いつつも、さり気なくカールセンに尋ねた。
「そういや、今年って何年だっけか?」
「ん? 1589年だが、どうしてまた?」
「いや。ここまで逃げて来るあいだの事を思い返すと、日付は覚えてて、今年が何年かを忘れちまってるのに気が付いてさ」
自嘲気味に口元を歪めて、ごく普通に応えるノヴァルナだったが、カールセンの言葉を聞いたその背筋には、冷たいものが流れる。
皇国暦1589年!…それはこの宙域に来る前の自分とノアがいた時間より、34年も未来の数字だったのだ。
“なんてこった! マジかよ! タイムスリップなんざ不可能なはずだろ!!”
胸の内でそう繰り返しながら、ノヴァルナは動揺をカールセンに悟られないよう、飲み物のグラスを再び手に取って口に運んだ………
▶#09につづく
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