銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第8話:悪代官の惑星

#07

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 運転手の男はハンドルを握りつつ、言葉を続けて陽気な声で自己紹介をした。

「俺は、カールセン=エンダー。こいつは嫁のルキナ。宜しく頼む」

 運転手の男がそう言うと、助手席に座る女性が朗らかな笑顔で振り向いて、「よろしくね」と告げた。
 夫のカールセンは栗毛の長髪を後ろで束ねて、面長の顔には無精髭を生やしている、目尻の下がった陽気な印象の男で、妻のルキナは亜麻色のショートカットと大きな目が、活動的な印象を与えていた。

「俺は―――」

 と名乗りかけたノヴァルナだったが、一拍おいて頭を巡らせ、偽名を使う事にする。

「俺はノバック=トゥーダ。んで、こっちが従姉のノアっす」

 ノヴァルナには、自分とノアを助けてくれたエンダー夫妻が悪い人間に思えなかった。ただ今の自分達は銀河皇国のどこにいるのかも分からないのである。こんな状況で迂闊に、自分が星大名ウォーダ家の嫡男である事を知らせる訳にはいかない。それは単に自分とノアの保身のためだけではなく、自分の正体を知らせる事で、エンダー夫妻にどのような悪影響を及ぼすか分からないからだ。
 “従姉”にされたノアも、一瞬ノヴァルナに怪訝そうな目を向けはしたが、すぐにその意図を察して笑顔で会釈した。とは言えその違和感はエンダー夫妻も感じ取ったらしく、カールセンが苦笑交じりに応じる。

「ふぅん。従姉ねぇ…ま、いいさ」

 すると四人の乗るランドクルーザーが雪道にゴトリと揺れる。空中浮上する反重力車では味わえない感触であった。積雪地では反重力車の場合、走行時に発生させる反転重力子フィールドが積雪を巻き上げ、機能が著しく低下したり、周囲に雪を撒き散らすなどの弊害が出るため、現在でも陽電子モーターでタイヤ走行する地上車が主流となっている。
 そのランドクルーザーの助手席に座るルキナが、後部座席を振り向いて尋ねて来た。

「二人ともパイロットスーツなんて着て、この辺の子じゃないわね。どこから来たの?」

「はぁ、まぁ…オ・ワーリとかミノネリラとか、その辺から」

 と、ノヴァルナは言葉を濁した。それを聞いたルキナは目を見開く。

「へぇえ。随分遠くから来たのね」

「は? 随分遠くからっスか?」

 思わず尋ねるノヴァルナに、ルキナは当たり前のように応えた。

「だって、ここから五万光年は離れてるのよ。よくこんな遠くまで来たわね」

「五万!…光年!?」

 ノヴァルナとノアは声を揃えて言い、愕然とした。五万光年と言えば、直径およそ十万光年のシグシーマ銀河系の半分だ。

「どうしたの? 分かっててここまで来たんじゃないの? このアデロンに」

 不思議そうな顔を向けるルキナ。目が大きなぶん、その表情は目まぐるしく変化するように見受けられる。

「アデロン? この星の名前ですか?」とノア。

「そうよ、惑星アデロン。本当に分かってないの?」

 ルキナは首を傾げ、怪訝そうに訊いた。ノアとノヴァルナは互いに戸惑った視線を交わす。ごまかしようにも、アデロンという名の惑星など聞いた事もない。そこにカールセンが口を挟む。

「まあいいじゃないか、ルキナ。なんかワケありっぽいし」

 ただそう言いながらもカールセンの目は、ルームミラーに映るノヴァルナの、派手な青いパイロットスーツの左肩に描かれた『流星揚羽蝶』の家紋に留まっていた。

「とは言え、兄さんの肩の家紋…ウォーダ家中の者と見たが―――」

「!」

 一瞬真顔になるノヴァルナに、カールセンが言葉を続ける。

「―――軍を抜けて、隣の姉さんと駆け落ちでここまで逃げて来たASGUL乗りって、とこなんじゃないかな?」

 するとノヴァルナとノアは同時に肩を跳ね上げ、声を揃えて驚いたように叫んだ。

「はぁ!!??」

 赤面した二人はこぞって否定の言葉を放つ。

「いやいやいや。誰がこんな跳ねっ返り女と駆け落ちなんざ!」とノヴァルナ。

「私こそ、こんな単細胞のわがまま男なんて!」とノア。

 二人は並んでそう言ったあと、今度は面と向かって睨み合った。

「誰が単細胞だ。生意気女!!」

「あなたの事よ、横着者!! 無法者!! 無頼漢!! 騒動屋!! 痴れ者!!」

「あっ、てめ! そんなにいっぺんに…え、えーとな…」

 ノヴァルナが言い返す言葉探しに困り始めると、呆気にとられるルキナの隣でカールセンは「ワッハッハ!」大きく笑い、二人の口喧嘩を止めに入る。

「わかった、わかった…しかしまぁ、赤の他人だってなら、少なくともあんな戦場の真ん中で、お姫様だっこして大事そうに走りはしないだろうけどな。そんな姿を見て俺達もおまえさん達を助ける気になったんだし」

「!!………」

 カールセンにそう言われると、ノヴァルナは居心地悪そうに天井を向き、ノアは下を向いた。二人とも顔は赤いままだ。

 ノヴァルナとノアの反応にクスリと笑みを漏らしたルキナは、慈愛に満ちた目で二人を見ながら告げる。

「とにかく話は後にしましょう。まずはあたし達の家でゆっくりして頂戴」

「ありがとうございます。本当に助かります…でも、いいんですか?」

 ノアが丁寧な口調で尋ねると、ルキナは「もちろんよ」と明るく応じて続けた。

「一時間ほどで着くから、それまで少し休んでて」

 そんな中、カールセンはルームミラーに映るノヴァルナと視線を合わせ、その目に帯びた用心深い光に苦笑いする。

「兄さん、そう警戒しなくていい。ただの親切心てやつだよ。おまえさんが住んでた世界がどんなのかは知らないが、世の中には単に親切心から見知らぬ人間を助けるお人好しもいるもんさ」

 カールセンは車に乗ったノヴァルナの隙の無さに、ノアの傷を治療する時の手際の良さと、あの戦場で連れ合いの女を抱えて走る身体能力と胆力から、少年兵あがりのASGULパイロットではないかと推測していたのだった。ただ無論、ノバック=トゥーダを名乗るこの少年が、オ・ワーリ宙域星大名ウォーダ家次期当主、ノヴァルナ・ダン=ウォーダで、隣の少女がミノネリラ宙域星大名サイドゥ家の姫、ノア・ケイティ=サイドゥである事までは、想像の範囲を超えていたが。

「済まないッスね。性分なもんで」

 ノヴァルナはそう応える一方、こちらも内心では“このにーさん、只者じゃねーな”と呟く。しかし同時にカールセンの告げた言葉に嘘偽りはなさそうで、警戒心を緩め、今は座席のシートにノアともども背中を委ねる事にした………





 カールセンが運転するランドクルーザーが家に到着したのは、それからきっかり一時間後の事である。辺りはすでに陽が暮れかけて、降り続く雪が街灯の光に浮かび上がっていた。

 そこはノヴァルナ達が最初に辿り着いた街から北東に30キロばかり行った隣町であり、最初の街よりふた回りほども小さい。南北を山に挟まれたその町の外縁で、カールセン夫妻は自動車整備店を営んでいた。と言っても自宅兼店舗の規模は、車が二台入るほどのガレージと、修理・整備機器が少々ある程度である。
 エンダー夫妻の自宅は、銀河皇国の標準型初期植民用簡易住居を寒冷地仕様にしたもので、上から見ると正方形をした家屋に、丸いドーム型の屋根がついていた。ただそれらは入り口付近を除き、半ば雪に埋まっている。

 ただ外観は半ば雪に埋もれて冷えていそうだったが、住居の中は暖かさに満ちていた。照明も調度品も暖色系でまとめられた室内は質素ながら上品で、センスが良い。この世界に飛ばされて五日間、ようやく人間社会に戻って来た気分になったノヴァルナとノアは、夫妻の家に招き入れられた時、これ以上ない安堵のため息をついた。

 そして何よりノアが喜んだのが入浴である。この星に来てからノヴァルナに体臭の事をネタにされ、内心でひどく傷ついていたのだ。姫と呼ばれる立場であるから尚更だった。

 そのノアが入浴している間、リビングのベージュ色のソファーに腰を落ち着けたノヴァルナであったが、久しぶりにNNL(ニューロネットライン)を自分の脳と接続しようとして、眉をひそめた。接続の反応もなければ、家の中に複数設けられているはずのホログラムポートすら作動せず、視神経を経由する網膜投影で、視界の中に“コネクトエラー”の文字が半透明に映るだけなのだ。中指で何度か右のこめかみを軽く触り、再起動を繰り返すが、やはり何の反応もない。
 自分とノアが不時着した未開惑星や、この星の街に着くまでであれば繋がらないのも理解出来るが、一般家庭の中にいてこれは異常であった。NNL環境整備は銀河皇国の基本的インフラの一つのはずだからだ。

「どうかしたか?」

 そこに声をかけたのはカールセンであった。両手に飲み物の入ったグラスを持っている。

「いや…NNLが接続しないな、と思って」

 するとカールセンはノヴァルナの言葉に片方の眉を跳ね上げ、不思議な事を言った。

「NNL?…って、そんなもの、ここ十年以上封鎖されたままだが」

「?」

 思わぬ話に一瞬固まったノヴァルナと、小さな木製テーブルを挟む向かい側のソファーに座ったカールセンは、それぞれの前にグラスを置きながら、ノヴァルナの唖然とした様子を見て一人納得したように言葉を続ける。

「ああ。おまえさんのいたウォーダ家の勢力圏なら、NNLが繋がってても当然だからな。こっちに来ても自然に繋げようとしてしまうか」

 それに対し、ノヴァルナは機転を利かせて話を合わせた。

「ええ、そうなんス…つい。けど困ったもんスね、封鎖って」

 ところが応じたカールセンの陽気な言葉に、ノヴァルナはさらに愕然とする。

「おいおい。封鎖したのはおまえさんトコの大将の、ノヴァルナ・ダン=ウォーダだろ」



▶#08につづく
 
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