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第8話:悪代官の惑星
#03
しおりを挟む猛将ヒディラスに睨まれ、面と向かって言われてしまうと、ダイ・ゼンは言葉を飲み込んだ。それを転換点と考えたのか、ヴァルツはダイ・ゼンを抑える。
「その辺でよかろう、ダイ・ゼン殿。いま議論している事は、サイドゥ家からのこの勧告に、どのように対処するかだ」
どうやらこの会議については、先日のロッガ家との密約もあって、総宗家のイル・ワークラン家は発言権を失っているらしく、中立的立場のヴァルツが仕切っている様子であった。
しかし誰が仕切ったとしても、今のドゥ・ザンからのメッセージの『誘拐』という言葉を巡る応酬で、ウォーダの各家は互いの不信感をさらに増しており、誰もが納得出来るような結論は無理というもので、ヴァルツにしてみれば、とんだ貧乏くじを引かされた形だ。
結局、ウォーダ家の存亡の危機にもかかわらず、まともな結論を得られないまま、もはや開戦は必至、ドゥ・ザンへの返信は行わず、各家がそれぞれに戦闘態勢に移行するという、統一性のないままで、ミノネリラ軍を迎え撃つ事となったのである。
このようにウォーダ家の各首脳が、会議を混沌とさせている頃、そのミノネリラ宙域では領主サイドゥ家の本拠地、イナヴァーザン城の大広間でギルターツ=サイドゥが、父親のドゥ・ザンを前に苦笑を浮かべていた。正面にある巨大スクリーンの中では、月とのラグランジュポイントの一つに集結中の、サイドゥ家宇宙艦隊の映像が映し出されている。
「ハツハツハ…ノアを『誘拐』とは、やはりドゥ・ザン殿はつくづく人が悪い」
父親を“ドゥ・ザン殿”と呼ぶギルターツがそのように言うと、ドゥ・ザンは「ふふん」と鼻を鳴らして応えた。
「これで互いに亀裂を大きくするようならば、オ・ワーリの者共も底が見えたものよ」
「だが、そうなる可能性は高い。奴等は先日も内輪もめを起こしていたからな」
「フフ…」
微かに笑い声を漏らしたかと思えば無言になるドゥ・ザンに、ギルターツは眉をひそめる。
「よもやドゥ・ザン殿…本当にノアが生きておるのを期待して、『誘拐』と申されておるのではなかろうな?」
「ま、思うのはタダであるからな」
「ほう、これは…ドゥ・ザン殿も人の子であったか」
「おぬしこそ、ノアが可愛いのではなかったのか?」
「ノアの警護役どもの報告を聞いただろう? あの状況で生存の可能性を告げられても、信じられはせん」
ドゥ・ザンもギルターツも、自分の娘、妹であるノアに対しての情愛を疑いたくなるような、言葉のやり取りであった。特にギルターツは最初からノアの死亡を、確定させているかのような物言いである。
「―――だが、ノアもあと二年というところで惜しかったな」とギルターツ。
「なに?」
「先日ドゥ・ザン殿は俺にカマをかけていたが、内心、ノアの政略結婚の相手は決まっておったのだろう? キヨウ皇国大学を卒業すれば、エテューゼのアザン・グラン家に保護されている、リージュ=トキと結婚させる腹積もり…であったはず」
「ほう、どこで知った?」
「さてな」
リージュ=トキとは、ドゥ・ザンが追放したかつてのミノネリラ宙域星大名、トキの一族の現当主である。現在はサイドゥ家と敵対関係にある隣国のエテューゼを支配する星大名、アザン・グラン家に保護されている名門皇国貴族だ。
このリージュのミノネリラ宙域主権回復要請に呼応して、アザン・グランは幾度かミノネリラに侵攻しており、また先日のオ・ワーリのヒディラス・ダン=ウォーダ軍の侵攻も、これに関係したもので、ドゥ・ザンのミノネリラ統治を悩ます問題の一つだった。
というのも、現領主のサイドゥ家は民間人であったドゥ・ザンと、その父ショウ・ゴーロン=マツァールが二代にわたり下剋上を繰り返すと、ついには主君トキの一族までその内紛に乗じて追放し、国を奪い取ったという悪名によって、人民の支持をほとんど得られておらず、いまだにトキ一族の復権を望む声が国内に根強かったのだ。
そこでドゥ・ザンが目論んだのが、まだ若いリージュとノアを政略結婚させてサイドゥ家に取り込み、一定の地位を与えて懐柔する事であった。それにリージュを介して、皇国貴族と誼(よしみ)を通じられるようになるのは、サイドゥ家にも大きなメリットだったのだが、今回の事件はまさにそのトキの一族残党に、根回しをしようとしかけた矢先の話である。
“ふん…そうなっておれば、ノアをミノネリラに…我が手元に置いておけたものを―――”
そんな思いとともに一瞬だけ父親の目をしたドゥ・ザンであったが、すぐにまた武人の厳しい目つきを取り戻し、ギルターツに告げる。
「無駄話はこれまでだ。わしは艦隊旗艦へ向かう。後詰は任せたぞ」
「うむ。任せられようぞ」
そう応じるギルターツの表情には、どこか怪しげな笑みがあった………
その日は午後から大粒の雪が降っていた。
積雪に埋まる長い坂を、歩いて下りたノヴァルナとノアが辿り着いたのは、宇宙港を出発したトラックに潜り込み、途中で見掛けた事で荷台から飛び降りて向かった街である。
盆地を埋め尽くすように広がるその街は、面積は広いもののそれほど高い建物はなく、あってもせいぜい三階建てで、ほとんどが蒲鉾型の屋根に薄汚れた強化セラミックの、中間色の外壁をしていた。初期の植民星でよく見られる簡易住居だが、その他にも何世紀も昔のものとほぼ同じ構造の木造の建物や、レンガのようなもので外壁を造った建築物もある。
街の規模としては、人口は数千人…多くてみても1万には及ばない程度。不規則で入り組んだ通りのあちこちから湯気や煙が白く湧き上がっていた。反重力鉄道などの公共的な交通機関はないようだ。
街の入り口には石造りの大きなアーチ状の門が立っていて、脇の5メートルほどの高さのポールには、もはや単なるボロ布と化した、色褪せた緑の旗が風になびいている。
その門を並んで見上げたノヴァルナとノアは、雪が積もったアーチのてっぺんに下がる、安っぽい木製の板に書かれた文字に眉をひそめた。
「ノア。なんて書いてあるか分かるか?」
ノヴァルナは空から降って来る雪に目を細めながら尋ねる。ノアは看板を見上げたまま、首を横に振って「いいえ」と応えた。その視線の先にある文字は全く見た事がないものだったのだ。無論、ヤヴァルト銀河皇国の公用文字ではない。
とそこへ、小さなそりに何かの装置を乗せてロープで曳く、見慣れない種族の異星人が通りかかる。緑色の肌に白目のない真っ黒な目が四つある、人間型の異星人だった。ノヴァルナはその異星人を呼び止めて問い掛ける。
「よう、あんた。ここはどこの星の、なんて街なんだ?」
ところがその異星人は何も答えず、ノヴァルナとノアを見詰めるだけだ。
「聞いてんのか? ここはどこなんだ?」
ノヴァルナが少し語気を強めて尋ね直すと異星人は口を開いた。だがその口から聞こえてきたのはゴロゴロと喉を鳴らすような声と、看板の文字同様ノヴァルナ達には未知の言語である。
「ガルサッド・ニニク・インバル・シャ?」
「は?」
当然銀河皇国公用語ではなく、その他にノヴァルナが知っている、モルンゴール語など皇国で比較的広く使われる地方言語でもない。
【改ページ】
ノヴァルナが首を傾げると、異星人は口調を強めて再び未知の言語を口にする。
「インバル・シャ・ラスラス・アンガウン・エダッソ!」
「いや、だからわかんねーって!」
口調が挑戦的になり始めるノヴァルナ。そのやり取りに傍らのノアは絶賛懸念中な顔をした。するとその懸念通り、緑の顔の異星人は四つの目を吊り上げて、引きずっていたそりのロープを放り投げ、ノヴァルナに詰め寄って来る。
「ガングゥ・シャ・エダッソ・ギス・ゲム!」
「なんだこの。てめ、やんのか―――」
「ちょっと!!」
怒鳴り出そうとするノヴァルナの腕を全力で引っ張り、ノアは門をくぐって街の中へ入ると、近くの路地裏へ入り込んだ。幸いにも異星人は二人の後ろ姿に拳を振り上げ、何事かを言い放っただけで追って来たりはしなかった。ゴミの散乱する路地裏でノアはノヴァルナに文句を言う。
「もう! なにやってんのよ。ノヴァルナ!」
「いや、知らねーって。向こうが突っ掛かって来たんだろーが」
「種族によっては、私達にとって普通な事でも敵対行動になる場合があるぐらい、あなただって分かってるはずでしょ!? 知らない異星人相手なんだったら、もっと慎重にしなさいよ」
「仕方ねーだろ。こっちはこのクソ寒い中、腹ペコなんだし」
貨物宇宙船の中で二日間過ごすうちに、非常用携行食は食べてしまっていた。しかも元々残りが僅かだったため空腹状態が続いている。
「そんなの、揉め事を起こす理由にならないでしょ!? あなたとずっと一緒にいる、こっちの身にもなってよ!」
すると詰め寄るノアに、ノヴァルナは不意に真剣な眼差しになった。ノヴァルナの方からノアとの距離を縮めると、ノアは「えっ…」と声を漏らし後ずさりする。
「ずっと一緒にいる、か…」
呟きながら迫るノヴァルナの目から視線を外せないまま後ずさったノアは、路地の反対側の壁に背中を押し付けてしまい、逃げ場を失う。
「ノ…ノヴァルナ…」
思わぬ展開で不安と同時に胸の高鳴りを覚えるノアに、顔を近づけてノヴァルナが囁く。
「前から言おうと思ってたんだが…」
「え………」
「おまえ…臭うぞ」
ノアの耳元で鼻をヒクヒクさせるノヴァルナ。「バカッッッ!!!!!!!!」と叫んだノアの拳が、ノヴァルナの顔面に炸裂したのはその直後だった………
▶#04につづく
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