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第8話:悪代官の惑星
#02
しおりを挟むオ・ワーリ宙域国星大名ウォーダ総宗家本拠地、イル・ワークラン城の大会議室に集まった各ウォーダ家の首脳陣―――と言っても、ヤズル・イセス=ウォーダらイル・ワークラン家の首脳以外のキオ・スー家やナグヤ家、さらにその他の星系を統治するウォーダの一族は皆、ホログラムであったが。
その会議場の、幾重にもリングを並べたような複数の円卓の中心で、ミノネリラ宙域国から届いた星大名サイドゥ家当主、スキンヘッドに猛禽類を思わせる鋭い目を持つ、ドゥ・ザン=サイドゥの大きく屹立したホログラムが吠えていた。
「強欲にして蒙昧、昨今の増長著しいウォーダの一族に告げる! 先の『ナグァルラワン暗黒星団域』において我がサイドゥ家長女、ノア・ケイティを誘拐せしめし事、言語道断! 即座に我が娘の返還を命ずる! 皇国標準時間72時間以内にこの命令に従わぬ場合、また宇宙艦隊等の戦力の集結が確認された場合、それをもって我がミノネリラに対する宣戦布告と見なし、我等も即座に相応の行動に入るものと覚えよ! 恭順か開戦か、ウォーダの一族各々が、良く考えるがよい! 回答を待つ!」
ドゥ・ザンの立体映像は一方的に言い放って、その姿を消した。無論これはメッセージホログラムであって、一方的にドゥ・ザンががなり立てるのも至極当たり前である。ただこの会議室にいるウォーダの一族は、たとえ実体のドゥ・ザンが真ん中にいても、即座に何かを反論出来るような状況ではなかった。
それは今しがたのメッセージホログラムでドゥ・ザンが告げた、“娘の誘拐”という一言が、一族内―――特に当事者たるキオ・スー家とウォーダ家の中に波紋を広げたからである。
しばらくの沈黙を置いて、総宗家当主のヤズル・イセスが太い眉をひそめながら、怪訝そうな口調で疑念を口にした。
「誘拐だと?…ディトモス殿、ヒディラス殿、どういう事か? 貴公らの話では、ノア姫はナグヤのノヴァルナ殿とともに、ブラックホールに呑み込まれた事になっているが」
それに対してヒディラス・ダン=ウォーダが「無論―――」と応えようとするが、不意に横槍を入れた者がいる。キオ・スー家の重臣、ダイ・ゼン=サーガイだ。
「恐れながらそれは、ヒディラス様をはじめとするナグヤの方々のみが、主張されている話にございます」
その言い草に激高したのは、ヒディラスと共にこの会議に出席している、ナグヤ家宿老のセルシュ=ヒ・ラティオだった。
「何を言うかダイ・ゼン! ノア姫を襲撃し、誘拐を図ったのは貴公ではないか!!!!」
そもそも『ナグァルラワン暗黒星団域』でノア姫を襲撃したのは、ダイ・ゼン=サーガイ率いるキオ・スー家の艦隊であった。それを阻んだノヴァルナが巻き込まれ、ノア姫と共に行方不明になったのであるから、ノヴァルナの後見人として、セルシュはダイ・ゼンのぬけぬけとした物言いを許せるはずもない。
しかしダイ・ゼンは神経質そうな顔をいやらしく歪めて、さらに言い放つ。
「ヒ・ラティオ様の仰る通り、ミノネリラのノア姫を捕えようとしたのはこのダイ・ゼン。ですが情けない事に、今一歩のところでノヴァルナ殿下に追い払われましてな。実際にこの目で殿下とノア姫が、ブラックホールに飲み込まれる場面は見ておりませなんだ」
「なんだと? 何が言いたい、ダイ・ゼン」とセルシュ。
「…本当はノヴァルナ殿下はブラックホールになど飲み込まれておらず、我等の獲物であったノア姫を横取りして、どこかに隠しておられるのでは…と思いまして」
「きッ!―――」
ダイ・ゼンの言葉にセルシュは怒りのあまり、言葉を詰まらせた。するとそれに代わって怒号を発したのはヒディラスである。
「貴様は、我等ナグヤが報告を偽っていると申すか!!!!」
その迫力にダイ・ゼンは気圧(けお)されながらも言い返す。
「ド、ドゥ・ザン殿がノア姫を『行方不明』とも『殺害』とも言わず、あえて『誘拐』と言った意味を考えた場合、そうした捉え方もあると思いまして」
それは策士を自負するダイ・ゼン=サーガイならではの機転であった。ダイ・ゼンをはじめ、当主のディトモス・キオ=ウォーダ達、キオ・スー家の首脳陣は今回の独断行動が発覚し、一族の中で苦境に立たされていたのだが、ドゥ・ザンの“誘拐”の一言を利用して言い逃れを図ったのだ。
「さよう。現場に残っていたのがノヴァルナ殿以下、ナグヤ勢だけであったとなれば、何が起きたかなど、どうとでもなろう」
おもむろに発言したのはディトモスである。ダイ・ゼンの言葉に便乗するつもりなのだ。表情を険しくしたセルシュが鋭く反応する。
「ディトモス様までそのような!」
そこに口を挟んだのはヴァルツ=ウォーダ―――ヒディラスの弟で、ノヴァルナの叔父となるモルザン星系領主であった。兄に劣らぬ勇将で独自の戦力を持ち、地位的には一門の独立管領。一族内での位置としては、兄の治めるナグヤ寄り中立といったところだ。ヴァルツはダイ・ゼンを見据えて告げる。
「待たれよ。元はと言えば、そこもと…ダイ・ゼン殿が他のウォーダ一門に何の連絡もなく、独断でミノネリラ宙域に侵入、ノア姫の捕縛を企んだ事が結果として、この度の争乱を招こうとしているのであろう。我にはそれを脇に置いて、ナグヤに疑念の目が向くように仕向けている、と思えるのだが?」
「そ、そのような事は、決してございません―――」
とダイ・ゼンは目を激しくしばたかせながら、返答を続けた。
「わたくしが他家様に計画を秘匿したのは、情報の漏洩を考えての事です…先日発覚したイル・ワークラン殿とロッガ家の密約の件もございますれば、わたくしの懸念もご理解頂けるはず」
「む…」
ダイ・ゼンに引き合いに出されて、イル・ワークラン家のヤズル・イセスとそのクローン猶子であるブンカーは、顔を引き攣らせながら呻いた。その発覚の張本人の嫡男、カダールはいまだ謹慎の身でここにはいない。ダイ・ゼンは冷ややかな視線の中で、早口にさらに続ける。
「ですので、ノア姫を捕縛したのちは当然これを明かし、サイドゥ家に対する、我等ウォーダ家すべての安全保障の交渉材料として利用するつもりでございました。幸いにも先月、タ・クェルダ家とウェルズーギ家が和睦した事により、サイドゥ家は我等オ・ワーリに相対する場合、後背にも警戒すべき事態となっております。戦力を消耗している我等にとって、これはまたとない機会と申せましょう」
「それをノヴァルナ殿が急襲をかけて、邪魔をしたと?」とヴァルツ。
「まさにその通りにございます!―――」
我が意を得たりと、ダイ・ゼンは声量を上げた。
「我が艦隊の交戦記録を見て頂ければわかりますが、ノヴァルナ殿は何の説明も求められないまま、主家の艦隊たる我等に対し一方的に攻撃を仕掛けられてございました。前述しました通り、秘匿の必要性があり、事前にお知らせしなかったとは言え、あまりに無軌道…」
「貴公、無礼だぞ! こちらはノヴァルナ殿下が行方不明になっておられるというのに!」
セルシュは立ち上がって声を荒げる。
だがダイ・ゼンは自分の言葉に勢いづいて言い返す。
「それが疑わしいと申し上げているのです」
「なに!?」
「ノヴァルナ様のあのご気性…ノア姫を連れ去っておいて行方不明に見せ掛け、あとでひょっこり現れなされて、実は隠れていたと申されましても、不思議ではありますまい?」
「貴公はノヴァルナ様が、我等ナグヤをも欺いておわすと言うか!? そのような事をなされて、なんの得がある!?」
「さて、そこまでは。しかしながら数ヵ月前、我がキオ・スー城にて大暴れをなされたように、何をお考えあそばして何をなされるか、とんと掴めぬのがノヴァルナ殿下であられるのは、御家が一番ご承知のはずでしょう」
「うぬ!…」
皮肉たっぷりに言い放つダイ・ゼンだが、セルシュ自身、強く反論出来ないのも事実だった。何より後見人のセルシュが一番、日頃のノヴァルナの奇行に手を焼いているのだ。だがそこに、ノヴァルナの父のヒディラスが重々しく告げる。
「あれはあれで、考えておるところがあるのだ。貴様こそあれの何がわかると言うのか?」
「ヒディラス様…」と目を向けるセルシュ。
それは先日のノヴァルナとの二人だけの会見で、初めて我が子の本心の一端を知ったヒディラスの、父親としての言葉であった。と同時に武将としての言葉であり、その目で見据えられてはダイ・ゼンもたじろがずにはいられない。
ただこの会議に次期当主ノヴァルナの名代(みょうだい)として出席していた、ノヴァルナの弟のカルツェは、今のヒディラスの発言に複雑な視線を送った。
「で、では…此度の我等に対するノヴァルナ様の妨害は、ナ、ナグヤ家の総意と考えてよろしいのですな?」
策士であると同時に、小心者でもあるダイ・ゼンは口ごもりながら問い質す。
「責任の所在…という事であれば、そういう事になろう」
「!…ヒディラス様!!」
同席しているナグヤ家筆頭家老のシウテ・サッド=リンが、それはまずいとばかりに声を上げた。それにキオ・スー=ウォーダ家当主のディトモス・キオ=ウォーダが、冷ややかな目で言い捨てる。
「よく言うものよ。この状況、元はと言えば貴殿が三か月前、独断でミノネリラ宙域に侵攻したせいではないか…」
しかしヒディラスはそれには応えず、ダイ・ゼンに言葉を続けた。
「そのうえで告げる、ノヴァルナの行方不明は事実である」
▶#03につづく
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