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第7話:隣国の姫君
#20
しおりを挟む原住民の住居となっているのは、あの葦のような草を乾燥させて編んだ質素なもので、それが幾つも赤い炎と黒い煙を上げて燃え盛り、その家々の間を逃げ惑う原住民達を、反重力バイクに二人乗りした男達が追い立て、後部座席に座る男が構えたライフルで男も女も、大人も子供も容赦なく射殺してゆく………
「ど、どうして…」
ノアは声を震わせてそう言ったきり、言葉を失った。その視線の先で、一台の反重力バイクの後部座席に座る男が奇声を上げ、斜め前方を逃げて行く赤ん坊を両腕に抱いた母親の体を、背後から撃ち抜く。耐えられなくなったノアは両手で顔を覆って下を向いた。
ノヴァルナは映像を切り、それがあった空間を見詰めたままで絞り出すように告げる。
「あれは…ゲームだ」
その言葉の意味を理解したノアは、青ざめた顔でノヴァルナに振り向いた。ゲーム…つまり、あの原住民達と交戦状態にあるわけでもなく、狩りですらない。ただ面白半分に、彼等を殺して回っているのだ。
「バイクの連中の手慣れた感じ…たぶんこの星に来る度にアレをやってやがるな。積み荷が出来上がるまでのお楽しみってワケだ」
「そんな言い方やめて!!」
ノアの声は心なしか幾分涙声だった。なるほど、そう考えればノヴァルナとノアが、この星に不時着してすぐに遭遇したあの原住民達が、いきなり襲い掛かって来た理由もなんとなく推測がついた。この貨物宇宙船の乗組員と同じヒト種の、ノヴァルナとノアが二人だけでいるのを発見して乗組員の仲間だと思い、日頃の恨みを晴らすつもりであったのだろう。
姿形は恐竜のような原住民の彼等だが、同族や肉親を思う気持ちは人間と変わりないはずだ。赤子ごと殺害された母親の映像に胸をえぐられ、ノアはノヴァルナに強く訴えようとした。
「ノヴァルナ! 助けに―――」
「だめだ!」
だがノヴァルナはノアに最後まで言わせず、即座に突っぱねる。ノアがそう言いだすのを予想していたのであろう。
「だ、駄目って…」
「どうせもう間に合わねえ!」
「そうかもしれないけど! だけど―――」
「血迷ってんじゃねえ! 諦めろ!」
再び強い言葉で拒否するノヴァルナ。ノアの目には失望の色が浮かぶ。
「なによ、簡単に…信じられない。乱暴者のように振る舞っていても、本当はちゃんとした考えを持ってる人だと思ってたのに」
「ああ。ちゃんとした考えを持ってるさ。だから助けない」
醒めた口調で告げるノヴァルナにノアは本気で腹を立てた。少しは見直すべきところもある、時には頼りになるところもある、そして次第に身近な存在になり始めた事を実感していたのが、見立て違いだった。やっぱりこんなヤツと一緒になんか―――
「あなたは、それでも平気だっていうの!? 人としての血は通って―――」
感情に任せ、声を荒げかけたノアであったが、自分を見据えるノヴァルナの眼差しに気付いてハッ!と息を呑み、その先の言葉を告げられなくなった………
なんて哀しい眼―――
出逢ってからこの三日間、ノヴァルナといえば不敵で、人を小馬鹿にしているような目をしている時が八割。真剣な目をしている時があとの二割といったところだった。
それが今は初めて見せる、真摯で、懊悩(おうのう)に沈み、寂寥感に満ちた眼だ。
「ノア…おまえ、人を撃った事はあるのか?」
「!!!!」
「あの原住民達を助けに行って、船の連中を殺す必要が生じた時、おまえは船の連中を撃てるのか?…いや、撃つのは俺だとしても、俺が殺す船の連中の命を半分なりとも、背負う覚悟はあるのか?」
「………」
そうだった…ノアは自分の思いの至らなさに、高ぶっていた気持ちを消沈させた。無論、生身の人間を銃で撃った事などはない。あの原住民を助けるという事は、場合によれば貨物宇宙船の乗組員達を殺害するという事であり、それがどのような悪人であれ、その命の責任を負わなくてはならないのだ。
そしてさらにノアが自分自身に慄然としたのは、その役目をノヴァルナ一人に押し付け、自分の手を汚す事は、思考の外になっていた事実である。
いま考えれば、『ナグァルラワン暗黒星団域』でBSHOに乗り、ノヴァルナ機と対決した時もそうであった。自分にはノヴァルナを殺害するまでの覚悟はなく、ただ投降を迫り、一方のノヴァルナも最初から本気で戦うつもりはなかったのだ。もしノヴァルナが自分の殺害を目的としていたなら、実戦を積んでいるノヴァルナ機の前に敗北して、死んでいたはずである。
実戦的訓練は積んでいても本当の実戦経験はなく、鼻っ柱の強さに任せて居丈高に振る舞っていても、所詮は世間知らずのお嬢様だと、実戦を重ねたうえに世間ずれしたノヴァルナはお見通しだったのだ。
「わ、わたし…」
自分の都合…独りよがりの正義感だけをノヴァルナに押し付けようとしたノアは、焦燥した表情で口ごもった。その場を取り繕うような言葉では、また関係がこじれるだけだ。するとノヴァルナの方から思わぬ話が始まる。
「イマーガラの星大名家に、セッサーラ=タンゲンて、おっかねーおっさんがいてな―――」
そう言いながらノヴァルナは哀しげな眼をしたまま、少し上を向いた。
「俺が初陣の時、そのおっさんが命じ、俺が占領する予定だった惑星を、俺を捕虜にする作戦に使って、そこの住民全員ごと丸焼きににしたんだ。ガキ同然の俺にショックを与え、戦えなくするためにな」
「えっ?…」目を見開くノア。
「まあ、全員って言っても新興植民星だったから、五十万人ほどだがな…ハハッ、すげーだろ?ウォーダ家のガキ一人は、平民五十万人分の値打ちがあるらしいぜ。ハハハハ…」
冗談めかしているが、ノアはノヴァルナのその言葉が、自分で自分の心臓にナイフを突き刺しながら喋っているのを理解した。こちらに見せている横顔が、言葉の最後の乾いた笑いのあと、苦しみにのたうつように歯を喰いしばったからである。
その苦しみを飲み下すように少し間を置いたノヴァルナは、ノアを振り向き、その哀しげな眼のままで笑顔を無理に作り出して告げる。
「五十万人分の命に、あの原住民達が何十人分か加わっても、今更あまり変わらねーさ。俺が地獄に行く時に、ついでに背負って行ってやるから…ここは俺に預けてくれや」
その言葉を聞いてノアはようやく、ノヴァルナがどんな世界に住んでいるのかを実感した。いや、正確にはノヴァルナだけでなくノア自身もである。常より死と隣り合わせに生き、血で血を洗う戦国の星大名の一族が自分達の正体だった。世間一般とは乖離した感覚であっても当然、というべきか…むしろそうでなくては、精神の平衡を保てないであろう世界の住人なのだ。
このひとは、一人だけでどこかへ行こうとしている―――
荒涼とした世界を、雲がさあっ!と一斉に流れていく…その中に背中を向けたノヴァルナが、一人だけで立つ光景が脳裏に浮かび、ノアは胸が締め付けられた。それは奇しくもノヴァルナの妹のフェアンが、兄に対してかつて抱いた感情と同種のものである。自分が背負った業のため、親しいもの、愛しいものの全てに対し、いつかは背を向ける覚悟………
「ごめんなさい。あなたのせいじゃないのに…」
ノアは怒りに任せてノヴァルナをなじった事に、自己嫌悪を覚えて詫びた。そんなノアの気持ちを察したのか、ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべて振り向き、軽い口調で言葉を返す。
「おう。殊勝な心掛けだ」
それを和解のサインと受け取ったノアも、僅かに笑みを浮かべて応じた。
「もう…生意気ね」
するとノヴァルナは数日前の夢を思い出して、自嘲気味に言い放つ。
「まあ、現実は『ムシャレンジャー』みてぇにはいかねーさ」
「ムシャレンジャー?…」
「いや。こっちの話だ。気にすんな」
そう言ってノヴァルナは、機関部の巨大な装置に背中を預け、それほど明るくもない天井の照明を見上げた………
乗組員達が戻って来たのは、それから二時間ほどのちである。栽培植物のコンテナへの積込み作業が終了したのはそれからさらに約二時間後、太陽は西に傾きつつあった。
やがてノヴァルナとノアの潜んだ機関室の対消滅反応炉の唸りが大きくなり、重力子コンバーターの半透明のシリンダーが黄色い光を強く放つと、貨物宇宙船は離着陸床をふわりと離れた。
「動いた」とノア。
「さぁて、こっからどうなるかだ」とノヴァルナ。
二人が腰を下ろした場所の脇には、着陸脚の作動時の状況を確認するための小窓がある。そこから見ると、上昇する貨物宇宙船からの地表の状況が眺望出来た。
『センクウNX』でこの惑星に不時着する際に、夜の側となっていた例の“農園”は、太陽の光の下で見ると想像以上に広大で、農業植民星規模ほどだ。そしてそのすべてが同じ濃い緑色をしている事から、あの食用ではなさそうな植物のみが栽培されているらしい。
すると貨物宇宙船が惑星を周回しながら宇宙に出る間際、ノヴァルナとノアは惑星の裏側に巨大な建造物を発見した。全体が青銀色をしており、高さが数千メートルはある塔が何本も立つ、円形で何かの回路のような姿をしている。
「なにかしら…」とノア。
「さあな」と応えるノヴァルナだったが、その険しい眼差しは、あれが自分達をここへ引き込んだ手掛かりなのではと読んだ。
“どんだけ時間が掛かっても絶対、元の世界に帰ってやるぜ”
決意をあらたにするノヴァルナとノアを乗せ、貨物宇宙船は惑星を去って行った………
【第8話につづく】
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