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第7話:隣国の姫君
#19
しおりを挟む忍び込んだ貨物船の中でノヴァルナはさらに扉を開け、音を立てないようにブリッジの中へと侵入した。やはり中は無人である。コントロールパネルと座席は五つあり、どれもが薄汚れている。下手にその辺りのものに触れて侵入の形跡を残したくないノヴァルナは、さっさとブリッジの外にいるノアの所に戻った。
「いねーな」と言うノヴァルナに、ノアが指摘する。
「クレーンの操作室は、別にあるんじゃないのかしら?」
「だとしたら、クレーンの基部辺りだな…行ってみるか」
ノヴァルナとノアはコンテナを下ろして、巨大な動物の背骨とも思える貨物宇宙船の船体中央に位置する、クレーンの基部に向かった。そこにはノアの予想通りクレーンの操作室があった。
ただ、ここにも人間はいない。その代わりクレーンの操作しているのが、座席の上に置かれた上半身だけの人型ロボットである事が判明する。下半身は見当たらず、その年代物を思わせる古びた上半身はシートベルトで座席に縛り付けられていた。
ノヴァルナとノアが操作室に入って来ても、そのロボットは二人を無視し、ぎこちない動きでクレーンのコントロールレバーを操っている。
バケツをさかさまにしたような頭には、クレーンの制御盤と繋げたケーブルが何本も刺さっており、さらに後頭部には無理矢理に取り付けたらしい、他機種のロボットの頭の一部が組み込まれていた。
「クレーンの動きが雑なのは、このせいか…」
ロボットの異様な後頭部を色んな角度から観察したノヴァルナは、半ば独り言のように言う。船の外で見たクレーンの操縦が、ロボットの作業とは思えない粗雑さであったため、二人は船に人間が残っているのではないかと考えていたのだ。
「どういう事なの?」と、眉をひそめるノア。
「こいつは―――」
とノヴァルナは、後頭部に組み込まれた他のロボットの頭の一部を指差して続ける。
「人型汎用ロボットに工業用ロボットの電子脳の一部を、強引に接続してあるのさ」
「え?…なんでわざわざ、そんな事を」
「たぶん、あのバイクの連中やそのお仲間に、クレーンの操作方法をこの人型ロボットに、追加プログラム出来る技術者がいなかったんだろうぜ。それで壊れたかどうしたかの、工業用ロボットの電子脳を強引に繋げたのさ。で、工業用ロボットの脳の部分が、本来の自分の体のつもりでクレーンを操縦するから、あんな雑な動きになってたってワケだ」
「そんな無茶苦茶な事が可能なの?」
「おう。標準規格信号使ってる電子脳同士ならな。要は神経回路を繋ぐって話だし、そうなるとプログラマーよりも、電気屋の領分ってもんだ」
「そう言われても、すぐには信じられないんだけど」
「そうか? ウチのナグヤのスラム街でもちょくちょく見るぜ。似たようなの」
「え?」
スラム街で見るなどと事もなげに応えるノヴァルナに、ノアは面食らったように口を開ける。日頃のノヴァルナの、ナグヤでの行状を知らなければ当然だ。
「ともかく次だ。機関部に行こうぜ」
「機関部?」
ノアが尋ねた時には、ノヴァルナはもうクレーンの操作室を出て行こうとしている。
「あと、誰かいるとしたら、おまえが言ったように機関部だ。いなかったらそこに隠れる」
これはノヴァルナも予想していた事だが、機関部にもやはり誰もいなかった。推進機関はこのクラスの民間船では標準的なサイズの、対消滅反応炉が二つに、重力子コンバーターが四つの構成となっている。
ここはゴミ溜めとなっている通路よりはましであったが、それでも装置類に対するろくな整備はおろか、室内の清掃すらしていないような有様だ。空調から流れ出る異臭もそのままである。ただこの部屋にあまり人が出入りした形跡がないのは、身を隠すには好都合と言えた。
室内の構造を確認したノヴァルナとノアは、重力子コンバーターの背面から伸びる熱放出パイプの後ろに、膝を曲げて座れる程度のスペースを見つけてそこに潜り込む。
「ここ、暑くない? 」
熱放出パイプからの熱気に、ノアは顔をしかめて隣のノヴァルナに訴える。
「しょうがねーだろ。隠れる場所を誤ったらこの船が宇宙に出た時、凍え死んじまうぞ」
ノヴァルナが応えた言葉は、宇宙を航行する船が内部の場所によっては、氷点下にまで気温が低下する事を示唆していた。こういった知識がない難民などが恒星間宇宙船に密航して、暖房のない区画に潜み、凍死しているのが発見されるのはよく聞かれる話である。
「そうなの?」
あっけらかんと聞き返すノアだが、ノヴァルナは別段それを咎めるつもりはなかった。するとノアは、少々深刻そうな顔で話を変えようとする。
「と、ところで…なんだけど」
「今度はなんだよ?」
「ト、トイレはどうするの?」
「あ? そんなもん、その辺の隅でしろよ」
「なッ!―――」
あっさり言い放つノヴァルナに、ノアは顔を真っ赤にした。
「何言ってんのよ! 馬鹿じゃないの!?」
「面と向かってバカたぁ―――」
ノアのきつい口調に思わず声を荒げそうになったノヴァルナだが、途中で声量を抑える。
「バカたぁなんだ。細けー事を気にしてる場合かよ!」
船には二人の他は誰もいないのは分かっているが、状況的に互いに小声で口喧嘩を始めた。
「気にするわよ! デリカシーの欠片もないんだから!」
「こんなとこで、サイドゥ家のお姫様もねーだろ!」
「そうじゃなくて! 人としての尊厳の問題よ!」
こればかりは譲れない…という目で睨み付けるノアに、ノヴァルナは指で頭を掻きながら仕方なさげに応じた。
「わかった、わかった。ここへ来る途中に小さいのが一つあったろ? 二人で一緒に行ってそこ使おうぜ」
「い、一緒にって、何考えてんのよ!?」
「勘違いすんな、もう一人が外で見張るためだろが!」
「う…」
話を自分から妙な方向へ進めてしまったノアは、赤らめた頬を引き攣らせる。しかし生意気なノヴァルナに素直に謝るのも癪に触り、腹立たしい素振りで言い放った。
「まっ…紛らわしい言い方、しないでくれるかしら!」
そんなノアの態度に、ノヴァルナは“やれやれ”とばかりに再び頭を掻く。互いの距離は縮まりはしたが、ノア姫の鼻っ柱の強さはやはり生来のものらしい。
ともあれ、少し腰を落ち着けたノヴァルナは、バイクで出て行った八人の事を考えた、彼等を追跡しているSSPとローカルNNLの回線を開く。進行方向が北から北東に変わったため、放置したままの二機のBSHOを発見される可能性が、僅かばかり出て来ていたからだ。ホログラムを立ち上げたノヴァルナにその事を告げられ、ノアもノヴァルナにNNLをリンクさせてホログラムを展開した。SSPからの画像が二人の前に映し出される。
だが、その映像の中で繰り広げられていたのは、思いも寄らぬ虐殺であった。
「え………」
「なんだこれ…」
突然の映像にノアはもちろん、ノヴァルナも茫然となって呟く。そこではバイクに二人乗りした宇宙船の乗組員達が、あの小型恐竜のような原住民の村を襲撃し、家に火を放ち、住民達をライフルで次々に撃ち殺していた………
▶#20につづく
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