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第7話:隣国の姫君
#18
しおりを挟むノヴァルナはその集水器を閉じたままで先端の、濾過分析器に差し込むためのパイプだけを伸ばした。そしてその状態でゲートの支柱にある開閉装置の、非常用ハンドルのギアボックスから突き出ている板金具の穴にパイプを差し込む。上手い具合に穴はパイプよりやや広い程度で、すんなりと通す事が出来た。
「せぇのッッ!!」
ノヴァルナは掛け声とともに、集水器を掴んだ右手を押し上げようとする。しかしそのギアは当人が思っているより固かったようで、「お?」と疑問符がつくような声を漏らすと力を抜き、一拍置いてから今度は腰を入れて、全力で押し上げ始めた。
「この、クソ! てンめぇえええええ!!!!」
しばらくその状態が続き、やがてギアは根負けしたようにグキリと反応する。そして重そうに回りだすにつれて、ゲートも片方が非常にゆっくりと開き始めた。これには今のやり取りで機嫌を損ねていたノアも、感嘆しないわけにはいかない。
「よく、そういう事に頭が回るわね」
背後から声を掛けるノアに、ノヴァルナはハンドルを回転し続けながら応じた。
「いやぁ。日頃から親父やセルシュの爺が、あれはダメ、これはダメ、ばっかり言うもんでよ。いつもどうやって逃げ出すか、出し抜くか、を考えてるうちに得意になったってワケさ」
それを聞いて、ノアは引き攣った笑みを浮かべる。
「そ、そう。日頃から…なのね」
「よっし! こんぐらい開きゃいいだろ」
ノヴァルナが肩の力を抜いて背筋を伸ばすと、ゲートの片方の扉は人一人が、横向きにすり抜けられる程度までには開いていた。ノアは「そうね」と応え、二人とも農園の敷地内へ侵入を果たす。ノヴァルナはノアを待たせておき、ゲートを元のように閉じて、ノアより先立って前方に着陸している貨物宇宙船に向けて歩き出した。
敷地内に入ってもやはりロボット達は無警戒で、二人の姿を目に留めてもすぐに作業に戻る。
「宇宙船にまだ誰か、残っていたら?」とノア。
「だったらゲートを開けてる間に気付いて、なんか反応してただろ」
「外を見てたとは限らないじゃない? 中でエンジンの調整とかしてるかも」
「そんときは“プランB”だ」
「なにそれ? AとかBとか聞いてないけど」
「あの船を乗っ取る。たとえ残ってても、そんな多くはいねーだろ」
「まるで宇宙海賊ね」
「おう、それならつい最近やってた」
「はい?」
ノヴァルナとノアに、この貨物宇宙船に救助を求めるという選択肢はなかった。乗っている人間達の様子をSSPで偵察した時に、どう見ても堅気の宇宙船乗りとは思えなかったからだ。面と向かって関わり合うなら、銃が必要なように思える。
ただそうかと言って、最初から船を奪うわけにもいかない。彼等がどのような集団に属しているか不明だからだ。二人が現在いるのがどんな世界なのかも不明である状況で、船の強奪は最後に取るべき最悪の手段でしかない。
言葉を交わしながら歩いたノヴァルナとノアは、広場中央の離着陸用プラットホームと、その上に乗る貨物宇宙船の元へ辿り着いた。ここまで、やはり宇宙船にもロボット達にも、二人に向けたアクションはない。
二人並んで宇宙船を見上げる。近くで見ると、コンテナを全て降ろしたその船体の傷み具合は尚更で、さすがにノヴァルナもノアに対して、この貨物宇宙船がイル・マル造船の新型であると言い張った事に、自信がなくなって来た。
“確かに三年や四年使ったぐらいじゃ、こんなにボロつかねーぞ…どうなってやがる”
そう思って隣で小首を傾げるノヴァルナに、ノアは問い掛ける。
「どうかした?」
「い、いや。なんでもねー。それよりさっさと、船に潜り込むか」
そこで二人はプラットホームの、フライパンをさかさまに置いたような形の柄の部分―――バイクの男達が外へ出掛ける際に使用した、地上と繋がるスロープを用心深く上った。
プラットホームは直径が200メートルほど、さかさまにしたフライパン型の離着陸床が、二階建ての円筒形の建築物に被さっているように見える。円筒形の建築物がロボット達の格納棟であるらしい。その隣に立っている、栽培植物を一時的に貯蔵する円柱状のサイロは高さが五階建てのビルほどであった。
プラットホームに上がると、一列に五つ置かれたコンテナは全て開いており、一番船首寄りの一つが栽培植物の積込み作業の最中となっている。カゴのついたクレーンで、一部が開いたサイロの中から、半ば乾燥した状態の栽培植物を取り出し、開放されたコンテナの上から無造作に放り込む。
「なんか、すごく雑な作業ね」とノア。
「てことは、誰か船に乗ってるのかもな。ロボットがやるなら、もうちっと丁寧にやるだろ」
そう言ってノヴァルナは拳銃型ブラスターを構え、降りたままの乗降タラップに向かう。
ノヴァルナとノアが忍び込んだ貨物宇宙船の中は、薄暗く、異臭が漂っていた。
通路は内装パネルがほとんど取り払われ、船体フレームや各種パイプにケーブルの類いがむき出しになっている。床の両側の窪みと言う窪みはゴミが埋め尽くしていて、酷い箇所では黒く見える液体が溜まって淀みを作る。これに比べれば、ひと月前に乗り込んだ『クーギス党』の海賊船や母船などは、豪華客船並みに思えるほどだ。
「私、こんな船、乗りたくないんだけど!」
それがわがままである事は充分承知していても、ノアは船内の惨状に、そんな言葉を口にせずにはいられなかった。無論、周囲にノヴァルナ以外の誰もいない状態を確認した上で、小声で言い放つ理性は維持している。
「汚いし、臭いし―――」
「へいへい。わかってる。よぉーくわかってる」
ノヴァルナは軽口を返すがその目は鋭かった。銃を両手で握り、目線と同調させて右へ左へ動かしながら、慎重に通路を進む。船のクレーンを操作している人間が、残っている可能性があるからだ。そのあとに続くノアはサバイバルバッグを背負い、こちらも銃を握っていた。
通路は先が階段となっており、それを進んだところが船首の制御室―――ブリッジとなっているらしい。階段の壁にはところどころに、裸の美女のミニポスターが貼られており、ノアは不快げに目を背ける。そして階段を登り切ったところにあったのが、その極め付けだ。ブリッジの扉の脇で出迎えるように立つ、全裸の美女の等身大ホログラムである。
「お…」
艶めかしく裸体をくねらせる立体映像の美女に一瞬、見入って立ち止まったノヴァルナの太腿を、すかさずノアの指が力任せにパイロットスーツごとつねり上げた。
「てぇ!…」
痛みに叫び声を上げそうになるノヴァルナだが、すぐ手前のブリッジに誰かいるかも知れない状況に慌てて声を飲み込み、振り返ってノアを睨み付ける。だがノアの方が、もっとキツい目で睨んでいたため、逆にたじろがされる結果となった。
“まったく、女ってヤツはどんな状況であれ、こういった事になると…”
と、仕方なく胸の内だけで文句を垂れ、ノヴァルナは太腿をつねられた痛みが残っているのを我慢しながら、音を立てないよう慎重にブリッジの扉を僅かに開き、中の様子を窺う。だが中に人の気配はなく、機械類の作動音が小さく響いているだけだった。
▶#19につづく
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