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第7話:隣国の姫君
#17
しおりを挟むやがて貨物宇宙船から降りて来る人間の姿がある。この船の乗組員のようだ。全部で8人。6人がヒト種、1人がテントウムシのような姿のカレンディ星人。もう1人が額に赤外線を感知する第三の眼を持つ、赤黒い肌のパロウズ星人である。全員が男で着衣はバラバラ、その上どれもがあまり上等とは言えない。
各々が手に持っているのは缶ビールのようで、足取りからも幾分酔っているように見える。しかも態度もいきなりプラットホームに唾を吐いたり、近くにいる作業中のロボットを後ろから蹴飛ばして嘲笑ったりと、質の悪さが目立つ。それを映像で認めたノアは、少し声を上ずらせてノヴァルナに訴えた。
「見て、ヒトにカレンディにパロウズ。みんな知ってる種族だわ。やっぱりここは、私たちのシグシーマ銀河系よ」
「ああ。だが身なりとやってる事はえらく、胡散臭ぇがな…」
貨物宇宙船から降りて来た男達の会話は、距離的な問題でSSPでは拾えないが、着衣と立ち居振る舞いから、ノヴァルナは例の宇宙海賊『クーギス党』と、相通じるものを感じた。ただ彼等には、普通の船乗りから宇宙海賊に転じた『クーギス党』のような“隙”がなく、根っからの悪党のように思える。
やがて五つあるコンテナの、最後尾の一つがプラットホームに降ろされて開く。するとそれまでの四つが空だったのに対し、その最後尾の一つには四台の反重力バイクと、ブラスターライフルが積まれていた。
男達は4人がバイクに跨ると、あとの4人がライフルを手にして、それぞれバイクの後部シートに座り込む。ブラスターライフルを持つ一人の男がその全員を見渡すと、もう一方の手に持っていた缶ビールを飲み干し、奇声を上げて放り投げ、それを合図に4台の反重力バイクは一斉に走りだした。4台はプラットホームを駆け下り、栽培植物の間を抜けて行く。
「あの人達、どういうつもりかしら?」
男達の行動に疑念の言葉を告げるノア。ノヴァルナはその言葉に応えてSSPに男達のあとを追わせることにした。それを伝えられ、ノアは「え?」と声を漏らす。
「いいの? SSPにあとを追わせて、私達はどうするの?」
「なぁに。そろそろ俺達自身、動く時かと思ってな」
「動く時って。それ、いやな予感しかしないんだけど…」
「おう。あの貨物船に潜り込んで、こっから脱出だ」
「やっぱり…結局はそうなるのね」
ノヴァルナの返答にノアは些か疲れたかのように応える。それがこの場所から離れるために、最終的に選ぶべき手段である事はノアも理解していた。ただノヴァルナの言い方が軽すぎて、本当に本人が口にした、リスク回避を考慮しているのか疑いたくなってしまうのだ。
「まあそう、気乗りしなさそうに言うな。任せとけって」
農園にレーダーやセンサーの反応がない事から、無線誘導に切り替えても安全そうだと考えたノヴァルナは、SSPに命じ、有線誘導用のケーブルを切り離させた。自由度が高まったSSPは早速、男達の乗った反重力バイクのあとをつけ始める。
するとその甲斐あってSSPは、農園の北側に整地された道がある事を発見した。そこには簡素な自動開閉式のゲートがあり、バイクが近付くとスルスルと両側に開く。減速した4台のバイクが通り抜けて少しのち、ゲートはゆっくりと閉じた。
「先に行って様子を見るから、合図したら来い」
どこかへ走り去る反重力バイクをSSPに追わせておき、ノヴァルナはノアに声を掛けてハンドブラスターを取り出すと先に草藪から出る。
「ちょっと待って。ほんとに大丈夫なの!?」
少々無鉄砲とも言えるノヴァルナの行為に、ノアは警告した。
「心配すんな! ロボット共も俺達を怪しんだりしねーよ」
確かにSSPに偵察させた限りでは、農園やそこで働くロボット達は、ろくな警戒システムを備えていないようであった。それならば貨物宇宙船の乗組員がどこかへ向けて船を離れたのは、ノヴァルナとノアにとってまたとない好機と言える。
ノヴァルナの予測通り、農園の中のロボット達はノヴァルナが姿を見せても、何の反応も示さなかった。足早にゲートへ向かったノヴァルナは、その前に辿り着くと一旦辺りを見回し、開閉装置と制御パネルの仕組みを探る。
「またえらく古そうな代物だな」とノヴァルナ。
ゲートは扉も開閉装置も制御パネルも、長年の風雨に晒されているらしく、水垢と砂埃と緑の苔に覆われていた。そんな状態でタッチ式のスイッチはちゃんと作動するかも分からない。開閉装置の方は柵のやや内側にギアボックスがあった。そのボックスからはハンドルを差し込んで回す、穴の開いた板金具が突き出ている。非常用に手動で開閉させるためのものだ。ただしその穴に通すハンドルは辺りには見当たらなかった。
一旦ゲートの前を離れて少し引き返し、ノヴァルナは草薮の中で待機していたノアを呼んだ。ノアのいる位置からはゲートは死角になっているからだ。
あとをつけさせているSSPからの信号では、乗組員達の乗った4台のバイクは森の外側を回り、山間を北から北東に移動しているらしい。農園とは距離が開く一方だが、いつ戻り始めるかわからない。それまでに何とかあの貨物宇宙船に潜り込んでおく必要がある。
ノアはノヴァルナのサバイバルバッグを持って駆けて来た。ノアもあまりのんびりともしていられないのは、充分了解しているらしい。
二人でゲートの前に来ると、ノアもやはりゲートの汚れがまず目についたようであった。開口一番「随分汚れてるのね」と言い捨て、制御パネルのタッチ式スイッチの表面を固める砂埃を、素手の指先でこすり落とそうと手を伸ばす。だがそれをノヴァルナが止めさせた。
「そいつは、やめといた方がいい」
ノヴァルナはそう言いながら、地面に置かれたサバイバルバッグを開き、中を探っている。
「ありがとう。でも私だって、指が汚れるのぐらい平気よ」
ノアは、ノヴァルナが指の汚れるのを気遣ってくれたのだ…と考えて、笑顔で応じた。ところがそれは勘違いのようで、ノアの言葉にノヴァルナは不思議そうな顔を向ける。
「は? ありがとうって、なに?」
「え?」
「いや。パネルの泥落としてピカピカにしたら、奴らが帰って来た時、留守中に誰かが来た事がバレる可能性が高まるだろーが」
「!」
ぶっきらぼうに言い放ったノヴァルナの言葉を耳にし、ノアはその“察しの悪いヤツ”と言いたげな口調に少し腹を立てると同時に、ノヴァルナの用心深さを感心した。なるほど、ノヴァルナの言った“時に慎重に、時に大胆に”である。ただやはり、今の注意喚起の口調は気に喰わなくて、嫌味の一つも返してやりたくなるのがノアだった。
「それは失礼。で、頭のいいノヴァルナくんは、どうしようってのかしら?」
だが今回に限っては珍しくノヴァルナの勝ちのようである。ノアの言葉を半ば聞き流す素振りで、「あった、あった」とサバイバルバッグの中から取り出したのは、森で嵐に遭った時に使った簡易天水桶の、折り畳み傘型の集水器であった。それをノアに見せて、ノヴァルナは不敵な笑みとともに言葉を返す。
「こいつを使うのさ」
▶#18につづく
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