銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第7話:隣国の姫君

#16

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 互いの距離感が縮まったのは喜ばしい事であるが、それを差し置いて目下の重要な案件はあの貨物宇宙船だった。
 貨物宇宙船の出現で、二人はヤヴァルト銀河皇国の勢力圏内にいる事が確定的となった上に、この何もないような場所から、一気に文明社会に帰れるチャンスだ。その事はノヴァルナもノアもちゃんと認識しており、すぐに真顔になって話題をそちらへ戻した。

「ところで、次は? 何か考えはある?」とノア。

「まずは情報だな。さっきも言ったように、ノコノコ助けを求めて出ていくのは、リスクが高すぎる。銀河皇国の勢力圏内だとしても、この農園やあの船の連中が友好的とは限らねーからな」

「それには同意するわ それで?」

「SSPに偵察させる。行動すんのはもう少し、何がどうなってるか見極めてからだ」

 ノヴァルナのその言葉に、ノアは僅かに苦笑して応じる。

「そう。よかった」

「よかったって、何がだよ?」訝しげに尋ねるノヴァルナ。

「あなたの事だから、あの宇宙船を見て気が変わって、“取りあえず行ってみる”とか言い出すんじゃないかと…」

「いやいやいや。だから―――」

 と声を張り上げそうになるのをノヴァルナは自制した。確かにノアの言う通り、いつもの自分であればそれは選択肢の一つであり、しかもそれを選ぶ可能性が高い。ただ今はそれをすると、ノアまで危険な目に遭わせてしまうかもしれないという思いがあったのだ。自制したのはその事を白状しそうになったからだが、なぜ言うのを止めたかは自分でもよく分からなかった。代わりに声量を落とし、適当な言葉でその場を紛らわす。

「俺は根は真面目なんだって」



 その言葉を聞いて呆れたノアに隣で肩をすくめさせておき、ノヴァルナはSSPを“偵察モード”のまま、貨物宇宙船が着陸した農園に向けて再び発進させた。ただし今度は背の高い草の上ではなく間を抜けさせ、地表ギリギリからの接近を試みる。その頃には貨物宇宙船はエンジンを停止したらしく、低くなっていた音も完全に止まっていた。

「やっぱ、レーダーとかセンサーの、警戒システムはなさそうだな…」

 ノヴァルナは次第に農園の外側を囲む柵に近付くSSPの様子を見ながら呟く。良く見ればSSPには細いケーブルが付いていた。それはノヴァルナの通信機と繋がっている。無線誘導を探知されるのを恐れて有線誘導しているのだ。

「随分と不用心なのね」

 農園に警戒システムがない事をノアは訝しんだ。

「まあ、あの外を囲ってる柵には電流が流れてるようだし、それで充分な条件なんだろ」

 ノヴァルナはそう応えて、SSPに柵に張られた電線の一番下を潜らせ、農園の中へ侵入させた。栽培植物の列の隙間を奥へと進ませる。

「ちょっと。大胆すぎない?」とノア。

「時に慎重に、時に大胆に…ってヤツさ」

「慎重に慎重を重ねる、って言葉もあるけど?」

 とは言えノアに本気で抗議する気はないようで、ノヴァルナが「ふふん」と軽い笑いで応じると、それ以上は言わなくなった。すると地を這うように飛ぶSSPのカメラが、栽培植物の列の間で作業している新たなロボットを映し出す。
 そのロボットは先程の三体とは別の姿をしており、大昔のSFに出て来るタコ型宇宙人のような形だ。さらにその向こうにも、最初に発見したKBシリーズの頭の形が違うタイプがいる。二体はどちらも動きが鈍い。

「なんかいろいろ居てやがるぜ。それにどれも中古品っぽいな」

 ノヴァルナの操るSSPはそのロボット達を避け、隣の隙間へ移動してさらに進む。追い抜く際にそのロボット達は、SSPを気にも留めなかった。この農園で働く同類と見なしているのかも知れない。

「な? 上手くいったろ?」

 大胆にやって正解だっただろうと、ホログラム画面を見たまま自慢げなノヴァルナに、ノアは息をついて「はいはい」と調子を合わせた。
 SSPはさらに何体かのロボットを発見したが、やはり型も年式もバラバラのようで、共通しているのはどれも傷みが目立つ中古品だという事だけだ。すると何を思ったのか、ノアはだんだんと表情を曇らせ始める。

「どうした?」

 ノアの放つ空気が、変化した事を感じ取ったノヴァルナが問い掛けると、ノアは不安そうな目で言葉を返す。

「なんだか、いやな感じ。気持ち悪いわ…」

「ん?」

「壊れかけたロボット達が何体も…修理もしてもらえず、黙々と働く農園なんて…」

 ノアの訴えかける目と言葉で、ノヴァルナも彼女が何を言わんとしているか理解した。

「まるで中世の奴隷農場…ってわけか」

 無論、ロボット達に感情はなく、自分が迫害されている意識などあろうはずがない。それでもノヴァルナは奴隷農場という言葉が、確かにこの光景にぴたりと当てはまるように思えた。

 するとほどなく、SSPは栽培植物が植えられている区画の出口に辿り着いた。農園の外側から直線距離で二百メートルといったところだ。ノヴァルナはそこでSSPを静止させた。その先は広場となっており、予想通りに貨物宇宙船が着陸している、フライパンをさかさまにしたような形のプラットホームと、半ば廃墟のような円柱状の建築物があった。
 その広場ではやはり古びれた感じの、様々なロボットが動き回っており、円柱状の建物の一部が縦に開いて、中にはうず高く積まれた栽培植物が見える。円柱状の建物はどうやら収穫した植物を入れる、サイロであるらしかった。

 やがて着陸している貨物宇宙船に動きがあり、吊り下げているコンテナが開きながらプラットホームの上に降ろされ始める。その周囲にも何体かのロボットがいた。同時に船体に埋め込まれていたクレーンも動きだす。ちゃんと収納されていなかったため、故障かと思っていたものの、動くことは動くらしい。
 クレーンは回転しながら先端をゆっくりと下げる。そこにはプラットホームの上に置かれた大きなカゴがあり、クレーンが停止すると周りで待ち構えていたロボット達が、そのカゴをクレーンに取り付けようとし始めた。

 それをSSPの中継映像で見るノヴァルナは、声をひそめてノアに告げる。

「こいつは収穫した植物を、何処かに運ぶための船らしいな」

「ええ。でも全部ロボットがやってるのね?」

「ある程度、自律性のあるロボットを使ってるなら、珍しい事でもないさ。俺のオ・ワーリでもそうだし、たぶんノアんところのミノネリラでも、農業主体の植民星じゃ同じようにしてるはずだぜ」

「そ、そう…」

 思わぬところでお嬢様育ちを露呈してしまい、ノアは少々バツが悪そうに応じた。植民星…特に農業主体の植民星の人手不足はどの宙域も深刻で、一つの植民星で人口が一千万に満たない場合も多い。そしてそのほとんどが人手不足を、自律型ロボットを併用した極端なオートメーション化で補っていたのだ。

「ただ…ここみたいに統一性もなく、中古ロボットを修理もしてやらねーまま、使ってるようなのは、聞いた事がねーけどな」

 そういうノヴァルナの口調は、今しがたのノアの言葉で思い当たった“奴隷農場”という言葉が引っ掛かっているのか、どこか不機嫌そうであった。


▶#17につづく
 
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