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第7話:隣国の姫君
#14
しおりを挟む翌日―――
ノヴァルナとノアの目指す目的地は、緩やかな山の峰を越えた先であった。そこで森林地帯を抜け、背の高い葦(あし)のような草の茂る平野部に出る。
葦のような草は高さが2メートル以上もあり、それが密生していて視界はゼロに等しい。そこでノヴァルナは上空にSSPを配置して、それが送信して来るホログラム画像で方向を確認しながら進んだ。
「もう少し、高く出来ない?」
ノヴァルナとローカルでNNL(ニューロネットライン)を繋げて、映像データを共有しているノアは、SSPの高度が低い事を指摘する。SSPは上空と言っても密生した草のやや上に浮かぶ程度で、遠くまで見渡す事が出来ていない。しかしノヴァルナはそれを却下した。
「そいつはお勧め出来ねーな。SSPには高いステルス機能はねーから、警戒システムみたいなもんがあれば見つかる恐れがある」
確かに自分達が近付いているのは、例の原住民の部落などではなく、成層圏から発見した電子的照明を使用していると思われる“何か”である。それの文明レベルによっては、レーダーや監視用カメラの類いがあってもおかしくはない。そう考えてすでにノヴァルナも現在のSSPを、“偵察モード”で運用していた。
数メートルだけ先行したSSPからの映像では、密生する背の高い草はノヴァルナとノアの前方50メートル辺りで途切れており、その先は草が刈られているようである。高さが綺麗に揃えられているところからすると、やはりある程度以上の文明が関係しているようだ。
「何かしら? 農園みたいに見えるけど…」
映像では草の狩り揃えられた先―――およそ百メートルほど前方に濃い緑の葉を持つ植物が、規則正しく列を成して植えられていた。しかもそれが画面の両端に亘っている事から、相当広い面積だと思われる。
「柵があるな…細くて分かりづらいが」とノヴァルナ。
そう言われて注意を払ったノアも、植えられた植物の前に、細い柵が設置されている事に気付いた。ノヴァルナはSSPのカメラを、NNLによる遠隔操作でズームさせる。支柱の太さは、2センチもないかも知れない。高さが2メートル半ほどで、細いワイヤーが10本も等間隔に張られていた。
「なんか、動物避けの柵みたい…」とノア。
「て事はあの草…農作物か? 食べられそうには見えねーけど」
農園らしき区画に植えられている植物は、1メートル半ほどの高さに直立していて、先が細く五つに分かれた葉を持つ枝が沢山伸びているが、濃緑色の葉は硬そうで、確かに食用に適しているとは言い難い。無論、実際に触ってみない事には本当のところは分からないが。
さらにその植物はそれぞれの枝の根元から、小さな穂らしきものが出ていて、ベージュ色の綿毛のようなものが付着していた。ただこれも見た目は食べられそうもない。
「食べ物とは限らないわ。何かの工業製品の原料用かも」とノア。
「おう、そりゃまそうだな。こちとら生き延びるのが先決なもんで、まず食えるか食えないかで判断しちまったぜ」
ノヴァルナの冗談に、ノアは「うふふっ」と小さく笑って言葉を続けた。
「でもこれで、ここがある程度の文明レベルの、勢力圏内だと考えてもよさそうね」
「あとはあの原住民みたいに、俺達を晩飯にしようとするような連中じゃねえ事を、祈るだけってわけだが…ちょっと待て、なんか動いてるぜ」
SSPの送って来る農園らしきものの映像を見ながら話していたノヴァルナは、柵の向こう側で何か金属的なものが動いているのに気付いた。
「ロボットよ」
ノアもその動いているものを注視し、正体がロボットである事を知る。人の形をしているが手足は細く、故障しているのか左脚を引きずっていた。そしてさらに栽培植物の列の間を、新たなロボットがやって来る。それは人型ではなく、まるで頭に小さなクレーンをつけた小型の犬か何かの四足歩行タイプだった。しかもそのあとからまた別の、何かの優勝トロフィーに手足を生やしたような、変わった型の二足歩行ロボットがついて来る。これも故障持ちなのか、片方の腕を動かす際に何かに引っ掛かるような仕種をする。
どうやら三体のロボットは、この農園のような場所で栽培植物の手入れをしているらしく、根元の具合を調べたり、不要と思われる枝を切断したりしながら、ゆっくりと移動していた。
幸い向こうのロボットは、ノヴァルナのSSPに気付いていないようで、次の栽培植物の列に沿って奥へ進んで行き、姿を消す。
「行っちまったか…」
「ねえ。今のロボット…後から来た二体は見た事ないけど、最初に来たのは銀河皇国でよく見るタイプじゃなかった?」
「ああ、俺もそう思った。メーカーは忘れたけど、汎用タイプのKBシリーズっぽかった」
二人が口にした事は非常に重要であった。あの見た事があるというロボットが、本当に汎用型KBシリーズなら、少なくともこの惑星は元とは別の宇宙とかではなく、ヤヴァルト銀河皇国の勢力圏内に存在している惑星だという話になるからだ。であれば生還の可能性を現実のものとして考えていける。
「あの中に入れば、管理している人間に会えるんじゃないかしら?」
そう訴えたノアは、幾分目が輝いているように見える。当然、ノヴァルナもノアの気持ちは理解出来た。国に帰る事が出来るのではないか?…そう思えば気分も高ぶるのが当たり前だ。しかし、ノヴァルナは考える目をして“農園”を見詰め、落ち着いた口調で応じる。
「そいつは少し待とうぜ」
「え? どうして?」
「今のロボット、二体は壊れかけだったろ? つまり整備をしていない…整備する気がないか、整備が出来ないか…って事だ。それに最初の一体は汎用型だが、あとのはおそらく工場とかで、限定した作業をさせるタイプだ。そいつのプログラムを書き換えて使ってる気がする」
ノヴァルナの言い分を聞いて、ノアも表情を落ち着かせた。ここまで口喧嘩が絶えない二人であったが、こう言った知性を働かせる場面では、不思議とスムーズに意思疎通が出来てしまう。この辺りがノヴァルナもノアを只者ではないと認める部分である。
「あれが“非正規の農園”かも知れないというわけね。でも非正規と言うなら、この惑星自体が非正規の植民星の可能性もあるわ。特に一昨日の夜にあなたが言ったように、ここが私達の住むシグシーマ銀河系の辺境なら、そういう話も考えられなくはないでしょ?」
ノアの返し言葉にノヴァルナはニヤリと笑みを見せて、“悪くない”と感じた。傍から聞くとノアは、ノヴァルナの意見を否定しているように聞こえるが、対論が出るのは確認作業としても重要で、それが出来る相手の存在は大切である。
「確かにな。だが回避出来るリスクは回避するべきだろ?」
当然のように言い放つノヴァルナに、ノアは意外な事この上なさそうにきょとんとした。まじまじとノヴァルナの顔を見て感心した口調で告げる。
「…あなたの口から、そんな言葉が出るとは驚きだわ」
「あのな、俺をなんだと…」
苦笑を浮かべてノヴァルナは言い返そうとした。ところがその時、先行させているSSPが接近する物体の警告を送って来る。それは上空からだであった。
▶#15につづく
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