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第7話:隣国の姫君
#13
しおりを挟む森を揺さぶる嵐は続いていた。
吹きすさぶ風の強さに、上空にいたSSP(サバイバルサポートプローブ)も退避し、大樹の下で豪雨をしのぐノヴァルナとノアの、頭の上で宙に浮かんでいる。
太い幹の根元に並んで座る二人の間のやや前方では、少し掘り返した地面で、固形燃料が炎を上げる。その炎はあまり大きくはないが、熱量が高く、二人に暖をもたらしていた。
周囲の嵐はいまだ止んではいないが、ノヴァルナとノアの間の天候不順は、どうやら一足先に終息したようである。
「しかし、すげーな。これ、台風でも来てんじゃねーのか?」
滝のように降り続く雨と、びょう!と唸る風に、ノヴァルナは半ば呆れるように、思った事を口にした。気象情報が得られないため、実際に台風の類いなのかは不明だ。
「あなたの星でも、台風とか来るの?」とノア。
「おう。あんまりでかくて、被害がでそうな奴は重力子放射で潰してるけどな」
「私の星は、私のお城がある北半球には海がないから、ちょっと違う感じね。竜巻が夏場は良く出て、みんな困ってるわ」
「ふーん…竜巻はまだ、自分の目で見た事はねーなー」
実に他愛ない会話だが、これまでの無言でいるか、口喧嘩をするかの二者択一であった二人からすれば、驚くほどの進展と言っていい。話が途切れてもそのまま黙りこくる事はなく、少し間を置いただけで、今度はノアの方から話題を出して来た。
「ねえ」
僅かばかり真剣な眼差しになって呼び掛けるノア。
「ん?」
「どうして私を助けようとしたの?」
「キオ・スーの奴等からか? それとも船の中にいた、あの妙なロボットからか?」
「両方」
「キオ・スーの奴等に対しては…まあ正直、嫌がらせさ。おまえがBSHOで出て来るまで、誰が船に乗ってるか、俺、知らなかったし。キオ・スーの奴等が他のウォーダ家に黙って、ろくでもない事を企んでるようだったから、ぶっ潰した…そんなとこだ」
またノヴァルナに“おまえ”と呼ばれたノアだったが、聞き流したのか気付かなかったのか、別段怒りはしなかった。
「じゃあ、わざわざ私について来て、ロボットと戦ったのは?」
「そうするべきだと思ったからだ」
短絡的とも言えるノヴァルナの言葉に、ノアは眉をひそめて尋ねる。
「それだけ?」
「おう」
「そんな理由だけで命を懸けたの? あなたは」
ノアの問いに「そうだ」とだけ答えるノヴァルナの口ぶりに、ノアはまたこの若者がわからなくなって来る。ブラックホールに吸い込まれつつある御用船に、単身乗り込んで来て、正体不明の戦闘ロボットから自分を守ってくれた事に、本当に何の打算も、論理的理由もなさそうだったのだ。
「あなた、ナグヤ=ウォーダの跡取りなんでしょ? それがそんな考えなしに、簡単に命を懸けていいの?」
少々呆れたように尋ねるノアに、胡坐をかいて座るノヴァルナは腕組みをしながら、「うーん…」と首をひねって考える仕種で応じる。
「そう言われてもなぁ…俺ってヤツはそういう人間だとしか、答えようがねえ」
「ずいぶん適当ね」
と言いながらもノアは笑顔を見せて目を伏せ、小さな声で告げた。
「…でも、助けてくれてありがとう」
その言葉は雨音に紛れて、ノヴァルナには聞こえない。「え? なんか言ったか?」とノヴァルナは問い掛ける。するとタイミングを合わせるように雨脚は緩んで、雨の降る音のボリュームが下がった。もう一度感謝の言葉を告げれば、次はノヴァルナに届くはずだ。
しかしノアは悪戯っぽい笑顔で「別に、なにも」と、とぼけて応える。風も次第に収まって、激しかった雨も上がり始める中、ノヴァルナはノアのとぼけた言葉を疑う事無く、「そっか」と短い返事を返した。そして立ち上がると、大樹の裏に向けて小走りに走り出す。
「?」
座ったまま訝し気な顔で見送ったノアだったが、ノヴァルナはすぐに駆け戻って来た。その手には簡易天水桶をセットした水筒がある。
「上手い具合に一杯になったぜ」
そう言いながら再びノアの隣に座るノヴァルナ。
「雨や川がなくても例の蔓草があるし、あとは携行食がなくなった後の食いものだな」
「そうね。どうするの?」
「なーに、心配すんな。ブラスターがありゃあ狩りも出来るし、エネルギーが尽きたら弓矢でも作るさ。釣り針だってあるし、SSPに食べられそうな植物も、チェックさせられるしな」
事もなげに言うノヴァルナの横顔をノアは見詰めた。ここまで、不安に囚われるのが当たり前の状況なのに、些細な事で口喧嘩をするような“余裕”があった理由…その事にノアは思い至ったのである。それはノヴァルナの持つバイタリティの高さを無意識に感じ取り、心のどこかで安心していたことによるものだ。
「ふふ。なんだか本当に楽しそうね」
本当に、キャンプに来て今の状況を楽しんでいるようにすら見えるノヴァルナに、ノアは思わず笑い声を漏らしてしまう。ただそれでもノヴァルナは、考えるべき事は忘れていなかった。
「まあ、そいつは最悪の場合だけどな。俺達の向かってる所が、“ハズレ”だった時の話だ」
ノヴァルナの言う通りであった。二人が目指している、この惑星に降下中に見た人工の電子的な光…それが、自分達が元の世界に戻る手掛かりとなるものでなければ、その時はいよいよこの惑星で生きていく事を考えなければなくなる。
雨は小降りになり、森の中まではほとんど落ちて来なくなった。ただ雨宿りをしている間にさらに日は暮れて、辺りはすでに暗くなりつつある。
「今日はここまでだな―――」
ノヴァルナはそう言って野宿の準備に取り掛かるため、おもむろにサバイバルバッグを掴んで引き寄せ、言葉を続けた。
「―――代わりに明日は、夜明けと同時に出発しようぜ。そうすりゃ、昼過ぎには着くだろう」
全ては明日、目的地に着いてからだ。だがそれとわかっていても、さっきのノヴァルナの“最悪の場合”という言葉に、ノアは現実的な不安に駆られ、尋ねずにはいられなくなった。
「私達、帰れると思う?」
もしかしたらノアは、単なる気休めの言葉だけでも欲しかったのかも知れない。しかしそれに対するノヴァルナの返答は、思いもよらぬ理論的思考に根差したものであった。
「確率的に、ブラックホールの事象の地平面でDFドライヴを強行し、脱出できる可能性はほぼゼロだった。それがこうして成功して、しかも俺達のような生命体が居住可能な惑星の重力圏に転移した…ここまで来ると、この惑星にそういう結果を必然として導く、何らかの物理的要因があると判断した方が無理がない…と俺は考えてる。結論はそれを見極めてからだ」
「つまり、今回の超空間転移は奇跡じゃない、と?」
真剣な眼差しを向けるノアに、ノヴァルナは屈託のない笑みで応える。
「俺に言わせりゃ、“奇跡”で済ますのと“思考停止”は紙一重みてえなもんだ」
そうであった。ノア自身も諦めるのは大嫌いなはずだったのだ。考えるのをやめて相手を頼りきるのは、自分らしくない。
ノヴァルナ・ダン=ウォーダの本質を見た思いのノアは初めて、この状況で自分の隣にいるのが彼で良かったと感じた………
▶#14につづく
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