銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
96 / 422
第7話:隣国の姫君

#13

しおりを挟む
 

 森を揺さぶる嵐は続いていた。


 吹きすさぶ風の強さに、上空にいたSSP(サバイバルサポートプローブ)も退避し、大樹の下で豪雨をしのぐノヴァルナとノアの、頭の上で宙に浮かんでいる。

 太い幹の根元に並んで座る二人の間のやや前方では、少し掘り返した地面で、固形燃料が炎を上げる。その炎はあまり大きくはないが、熱量が高く、二人に暖をもたらしていた。

 周囲の嵐はいまだ止んではいないが、ノヴァルナとノアの間の天候不順は、どうやら一足先に終息したようである。

「しかし、すげーな。これ、台風でも来てんじゃねーのか?」

 滝のように降り続く雨と、びょう!と唸る風に、ノヴァルナは半ば呆れるように、思った事を口にした。気象情報が得られないため、実際に台風の類いなのかは不明だ。

「あなたの星でも、台風とか来るの?」とノア。

「おう。あんまりでかくて、被害がでそうな奴は重力子放射で潰してるけどな」

「私の星は、私のお城がある北半球には海がないから、ちょっと違う感じね。竜巻が夏場は良く出て、みんな困ってるわ」

「ふーん…竜巻はまだ、自分の目で見た事はねーなー」

 実に他愛ない会話だが、これまでの無言でいるか、口喧嘩をするかの二者択一であった二人からすれば、驚くほどの進展と言っていい。話が途切れてもそのまま黙りこくる事はなく、少し間を置いただけで、今度はノアの方から話題を出して来た。



「ねえ」

 僅かばかり真剣な眼差しになって呼び掛けるノア。

「ん?」

「どうして私を助けようとしたの?」

「キオ・スーの奴等からか? それとも船の中にいた、あの妙なロボットからか?」

「両方」

「キオ・スーの奴等に対しては…まあ正直、嫌がらせさ。おまえがBSHOで出て来るまで、誰が船に乗ってるか、俺、知らなかったし。キオ・スーの奴等が他のウォーダ家に黙って、ろくでもない事を企んでるようだったから、ぶっ潰した…そんなとこだ」

 またノヴァルナに“おまえ”と呼ばれたノアだったが、聞き流したのか気付かなかったのか、別段怒りはしなかった。

「じゃあ、わざわざ私について来て、ロボットと戦ったのは?」

「そうするべきだと思ったからだ」

 短絡的とも言えるノヴァルナの言葉に、ノアは眉をひそめて尋ねる。

「それだけ?」

「おう」

「そんな理由だけで命を懸けたの? あなたは」

 ノアの問いに「そうだ」とだけ答えるノヴァルナの口ぶりに、ノアはまたこの若者がわからなくなって来る。ブラックホールに吸い込まれつつある御用船に、単身乗り込んで来て、正体不明の戦闘ロボットから自分を守ってくれた事に、本当に何の打算も、論理的理由もなさそうだったのだ。

「あなた、ナグヤ=ウォーダの跡取りなんでしょ? それがそんな考えなしに、簡単に命を懸けていいの?」

 少々呆れたように尋ねるノアに、胡坐をかいて座るノヴァルナは腕組みをしながら、「うーん…」と首をひねって考える仕種で応じる。

「そう言われてもなぁ…俺ってヤツはそういう人間だとしか、答えようがねえ」

「ずいぶん適当ね」

 と言いながらもノアは笑顔を見せて目を伏せ、小さな声で告げた。



「…でも、助けてくれてありがとう」



 その言葉は雨音に紛れて、ノヴァルナには聞こえない。「え? なんか言ったか?」とノヴァルナは問い掛ける。するとタイミングを合わせるように雨脚は緩んで、雨の降る音のボリュームが下がった。もう一度感謝の言葉を告げれば、次はノヴァルナに届くはずだ。
 しかしノアは悪戯っぽい笑顔で「別に、なにも」と、とぼけて応える。風も次第に収まって、激しかった雨も上がり始める中、ノヴァルナはノアのとぼけた言葉を疑う事無く、「そっか」と短い返事を返した。そして立ち上がると、大樹の裏に向けて小走りに走り出す。

「?」

 座ったまま訝し気な顔で見送ったノアだったが、ノヴァルナはすぐに駆け戻って来た。その手には簡易天水桶をセットした水筒がある。

「上手い具合に一杯になったぜ」

 そう言いながら再びノアの隣に座るノヴァルナ。

「雨や川がなくても例の蔓草があるし、あとは携行食がなくなった後の食いものだな」

「そうね。どうするの?」

「なーに、心配すんな。ブラスターがありゃあ狩りも出来るし、エネルギーが尽きたら弓矢でも作るさ。釣り針だってあるし、SSPに食べられそうな植物も、チェックさせられるしな」

 事もなげに言うノヴァルナの横顔をノアは見詰めた。ここまで、不安に囚われるのが当たり前の状況なのに、些細な事で口喧嘩をするような“余裕”があった理由…その事にノアは思い至ったのである。それはノヴァルナの持つバイタリティの高さを無意識に感じ取り、心のどこかで安心していたことによるものだ。

「ふふ。なんだか本当に楽しそうね」

 本当に、キャンプに来て今の状況を楽しんでいるようにすら見えるノヴァルナに、ノアは思わず笑い声を漏らしてしまう。ただそれでもノヴァルナは、考えるべき事は忘れていなかった。

「まあ、そいつは最悪の場合だけどな。俺達の向かってる所が、“ハズレ”だった時の話だ」

 ノヴァルナの言う通りであった。二人が目指している、この惑星に降下中に見た人工の電子的な光…それが、自分達が元の世界に戻る手掛かりとなるものでなければ、その時はいよいよこの惑星で生きていく事を考えなければなくなる。

 雨は小降りになり、森の中まではほとんど落ちて来なくなった。ただ雨宿りをしている間にさらに日は暮れて、辺りはすでに暗くなりつつある。

「今日はここまでだな―――」

 ノヴァルナはそう言って野宿の準備に取り掛かるため、おもむろにサバイバルバッグを掴んで引き寄せ、言葉を続けた。

「―――代わりに明日は、夜明けと同時に出発しようぜ。そうすりゃ、昼過ぎには着くだろう」

 全ては明日、目的地に着いてからだ。だがそれとわかっていても、さっきのノヴァルナの“最悪の場合”という言葉に、ノアは現実的な不安に駆られ、尋ねずにはいられなくなった。

「私達、帰れると思う?」

 もしかしたらノアは、単なる気休めの言葉だけでも欲しかったのかも知れない。しかしそれに対するノヴァルナの返答は、思いもよらぬ理論的思考に根差したものであった。

「確率的に、ブラックホールの事象の地平面でDFドライヴを強行し、脱出できる可能性はほぼゼロだった。それがこうして成功して、しかも俺達のような生命体が居住可能な惑星の重力圏に転移した…ここまで来ると、この惑星にそういう結果を必然として導く、何らかの物理的要因があると判断した方が無理がない…と俺は考えてる。結論はそれを見極めてからだ」

「つまり、今回の超空間転移は奇跡じゃない、と?」

 真剣な眼差しを向けるノアに、ノヴァルナは屈託のない笑みで応える。

「俺に言わせりゃ、“奇跡”で済ますのと“思考停止”は紙一重みてえなもんだ」

 そうであった。ノア自身も諦めるのは大嫌いなはずだったのだ。考えるのをやめて相手を頼りきるのは、自分らしくない。
 ノヴァルナ・ダン=ウォーダの本質を見た思いのノアは初めて、この状況で自分の隣にいるのが彼で良かったと感じた………


▶#14につづく
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...