銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第7話:隣国の姫君

#08

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 シルバータが不快げな顔をした直後、ドアをノックする音が響き、将官服を着た赤毛が美しい女性が、会議室に入って来る。年齢は二十代半ば、顔には黒く細い縁のメガネ型NNL端末を着装していた。知的美人という表現がぴったりと当てはまる。メガネ型端末を装着しているのは、NNLの視神経リンクが本来の体質に合わず、遺伝子操作による治療を拒否したためだった。

「おお。来たかニーワス」とミーマザッカは振り向いて告げた。

 女性将官はナルガヒルデ=ニーワス。代替わりしたヒディラスの家臣団の若手の中でも、直率として第8宇宙艦隊を与えられるという異例の抜擢で、将来を嘱望されている女性家臣である。ノヴァルナとカルツェの家督継承問題では、これまで中立的立場をとっていたが、近頃ではカルツェ派のミーマザッカやシルバータと共に行動する事が多くなっていた。

「お呼び、と聞きましたので」

 軽く会釈して応じたナルガヒルデは、会議室に集まったメンバーを見渡す。ここにいるのがカルツェ支持者の中核らしい。ナルガヒルデの見知った顔もあれば初めて見る顔もあった。人数はカルツェを含めて十五名。ほとんどが二十代半ばから後半で、『ホロウシュ』をはじめとするノヴァルナの若手直臣より幾分年かさである。

“なるほど…ノヴァルナ様が家督を継がれた時、世代的に政権から弾き出される可能性が高い者達が、集まったということね”

 そこにクラードが舐めるような視線とともに、声を掛けて来る。

「臨時会議はナグヤよりヒ・ラティオ様がご到着されてからの、21時からでございます。それまでに我等、カルツェ様を支持する者達で、少々打ち合わせをしておくべきかと」

「ふむ…」

 ナルガヒルデは表情に出さず、ミーマザッカやクラードの思惑を探った。自画自賛するつもりは毛頭ないものの、第8宇宙艦隊という実動部隊を手にしている自分は、貴重な戦力であり、その司令官の自分をこの場に呼んで打ち合わせに参加させる事で、すでに自分も完全にカルツェ様派の一員なのだという認識を、共有させようとしているのだろう。

「で、打ち合わせとはどのような?」とナルガヒルデ。

「無論、ナグヤ=ウォーダ家火急の時につき、カルツェ様を次期当主に据え、キオ・スー、ミノネリラ双方への応対に万全の体制で臨むための、意見の摺り合わせにございます」

 クラードのへつらうような物言いに、ナルガヒルデは僅かにまゆをしかめた表情を険しくした。

「意見の摺り合わせとは聞こえは良いが、その実、数を頼んでこちらの主張を押し通そうとしているだけではないのか? カルツェ様を支持する事は確かに重要。しかしヒディラス様がご宣告されぬ限り、次期当主はノヴァルナ様で変わりない。それを差し置き、ノヴァルナ様をすでに亡き御方として、話を進めるのは些か不謹慎に過ぎるのではないか? 見方によっては主家を蔑ろにして、己が利益に走っているようでもあるが」

 ナルガヒルデの何本も釘を刺すような追及に、クラードは目を泳がせてしどろもどろに受け答えする。

「は、い…いえ、決して利己的になっているような事は…」

 会議室の空気が悪くなりそうなところを、ミーマザッカが補足して取り繕った。

「我等とてナグヤに仕える身。思いに違いはあれどノヴァルナ様の御身を案じないわけがない。しかしキオ・スー家や、サイドゥ家と武力衝突まで起きたとなると、まず為すべきはこれらへの方策だ。ノヴァルナ様がおられぬとなると、ナグヤ第2宇宙艦隊は司令官が不在となり、不測の事態が起きた際に、ナグヤの戦力に不安が残る。それもあってヒディラス様を補佐するために、カルツェ様にお出まし頂きたいという話だ」

「そうですか…そのようにお考えですか」

 ナルガヒルデは半分ほどは納得した、というふうな顔でさらに言葉を続ける。

「ゴーンロッグ殿のご意見は?」

「我はまず、カルツェ様のご見識に従うべきと思う」

 さすがに頭の切れるニーワスは、上手い具合に水を向けて来る…シルバータはナルガヒルデの洞察力を感嘆した。会議室に入って来るなりナルガヒルデは、シルバータの様子に何か不満を抱えているに違いないと、見抜いていたと思われる。そしてミーマザッカやクラードといった鼻息の荒い連中に、わざと場を乱すような言葉を投げかけて気勢を削ぎ、シルバータの意見を全員に提示させやすくしたのだった。

「なるほど。ごもっともな言葉ですね」

 ナルガヒルデは頷いて、カルツェに向き直る。

「我等はみな、カルツェ様の御意に沿いたく思っております。この度のカルツェ様のご判断とはいかなるものでしょうか?」

 するとそれまで、無言で聞き入るだけだったカルツェが口を開いた。

「私は…父上が内心どうであろうと、兄上のご生還の可能性を信じておられる間は、不穏な事は慎むべきだと思う」

「………」

 思った以上に当り障りのないカルツェの言葉に、ミーマザッカは拍子抜けした顔になり、シルバータとナルガヒルデはさもありなんという顔をする。さらに円卓に座る他の幹部達は互いに顔を見合わせた。
 結局はカルツェ自身の判断が一番“まとも”なのであって、周囲が先走りしているだけだったのだ。逆に言えば、その辺りの沈着な明晰さがカルツェのナグヤ家中における、ノヴァルナ以上の支持を得ている理由でもある。

 さらにカルツェは自分の支持者達を見渡して言葉を続けた。

「クラードやミーマザッカの言う通り、この先キオ・スーやサイドゥ家との関係がこじれるのは間違いないと思う。となればまずはこの危機を乗り切り、ナグヤ家を存続させる事が最優先であろう。今は私心を捨て、父上のご指示の元、己が職務に邁進すべき…これがわたしの考えだ」

 カルツェの言葉遣いは乱暴な兄のノヴァルナに比べ、十五歳にしてすでに完成された感があった。人格的にも大人びていると言っていい。当のカルツェにそう言われては、ミーマザッカやクラードも強くは出れない。当主ヒディラスと重臣達の臨時会議を終えてから、また打ち合わせを行う事とし、今回の集まりはお流れとなった。



 さすがはカルツェ様だ。まずは御家大事と我等もわかってはいるが、あのように浮つかれず、しっかりと捉えておられるとは…などと小声で話しながら会議室を退出する支持派の幹部達。
 彼等に混じってドアに向かうナルガヒルデは、同様の評価を下しながらも、僅かな疑念を抱いて背後を振り返った。そこではこちらに背中を向け、カルツェとクラードが何事かの言葉を交わしているような光景がある。その姿にナルガヒルデは胸の内で呟いた。

“いや、あるいはこれも計算のうちか………”



 そのカルツェは、城の窓から望むスェルモルの街並みを瞳に映しながら、クラードの言葉を聞いている。

「これでようございます、カルツェ様。今はまだ動く局面ではございませんゆえ、我等支持派の扇動を自らの言にて抑えられた…そういう評判が立ちますれば、いまだ中立的立場にいる家臣達もみな、カルツェ様に傾倒する事でしょう。その点ではミーマザッカ殿やゴーンロッグ殿、そしてニーワス殿も上手く嵌ったと言えますな」

 クラードの計略を是としたカルツェの口元は、含み笑いに歪んでいた………



▶#09につづく
 
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