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第7話:隣国の姫君
#05
しおりを挟む巨大な肉食動物に追い詰められたこの状況でも、だがノヴァルナは闘志を失っていなかった。巨大生物が岩の隙間にさらに頭を突っ込んで挟まり、動きが止まった一瞬を狙って、ワニのように長い上顎の先についた、大きな鼻の穴にブラスターの熱線を撃ち込んだのだ。
「喰らいやがれ!!!!」
戦車の装甲並みに分厚い全身の皮膚も、鼻の穴の中は薄い皮膜でしかない。閃光と小爆発に続き、肉の焼け焦げる臭いが立ち上る。
「ブガァアアアアアッッ!!!!!!」
巨大生物は絶叫し、激しく身悶えした。さすがにこれはたまらず、強引に捻じ込んだ頭部を力任せに引き抜く。大量に舞い散る砂と、岩の欠片でノヴァルナとノアが泥団子になる向こうで、鼻の穴から紫色の煙を噴き上げる巨大生物は、ボウボウと悲鳴を上げ、まるで蒸気機関車のように一直線に川の中へ逃げ込んで行った。
巨大生物が逃走し、川の中へ姿を消すのを洞窟の奥から見届けたノヴァルナは、はあぁ~と目いっぱいのため息をついた。自分のキャラクター的に、ここでひとつ「ざまあみやがれ!」とでも言いたいところだか、今回ばかりはそんな気力は残っていない。
その時になってノヴァルナは、パイロットスーツの左腕を締め付けられる感覚に、ノアがまだ腕にしがみついたままである事に気付いた。きつく閉じた瞼が彼女に、被捕食という生き物の本能的な恐怖を呼び起こした事を示している。
“…まあ確かに、ブラックホールに飲み込まれるような非現実的な話よりは、あんなカバワニに喰い殺されると思う方が怖いよな”
「おい。大丈夫か?」
と静かに声を掛けるノヴァルナ。するとノアはようやく我に返り、状況を知ったようで、慌ててノヴァルナの腕を離し、両手で体を押し退けてプイッ!と顔をそむけた。
「だっ! 大丈夫よっ!」
ノヴァルナの気遣いに対して不躾なノアの態度だったが、大きな疲労を感じているノヴァルナは怒る気にもならず、体を前かがみにして腰を洞窟の岩壁にもたれさせ、好きにしてくれとばかりに冗談を口にした。
「生きて帰って、またこの星に来る事があったら、次は対戦車ライフル持参だな」
「………」
うつむいたまま無言のノアに、ノヴァルナは振り向いて再び問い掛ける。
「どうした?」
「別に!」
そっぽを向いたまま不満そうに応えるノア。どうやら今の土壇場で、反射的にノヴァルナの腕にすがり着いてしまった自分自身に、腹を立てているようだ。
“やれやれ…面倒臭ぇ女だぜ”
片手で頭を掻いてノアを見たノヴァルナは、さて、これからどうしたものか…と考えながら不機嫌そうなノアに提案した。いつまでもこんな事をしてはいられない。
「なあ。ここはひとまず、休戦協定といかねーか?」
するとノアは背中を向けたままではあったが、いからせていた肩の力を抜いてノヴァルナの言葉に応じる。
「あなたがそう言うなら、構わないけど」
ノアの言い草にノヴァルナは、再び“やれやれ…”と頭を掻いて、この若者には珍しい類いの困ったような苦笑を浮かべた。先日知り合いになったクーギス家のモルタナとは、また種類は違うが、こちらの姫も鼻っ柱の強さは筋金入りのようだ。そして物分かり自体は悪くなさそうなのも共通していて、その辺りはまだ助かりそうに思える。
“ああ、そういやモルタナねーさんも、あれでクーギス家の姫なんだよなあ…”
本人がいたら拳でこめかみをグリグリして来そうに思える、妙な感心の仕方をしたノヴァルナは、ノアに「そいつはどーも」と礼ともつかない言葉を返してさらに続けた。
「―――んじゃ、まずこの泥団子なのを洗い流そーぜ。バケモノのいなさそうな、小さい川を見つけてな。おまえも相当なもんだぜ」
ノヴァルナにそう言われて、初めて自分の泥まみれぶりに気付いたノアは背筋を小さく跳ね、力を抜いていた肩をガクリと一段大きく落とした。
それからおよそ一時間後、川辺を例の巨大生物に警戒しながら遡ったノヴァルナとノアは、幅が1メートル半程の細さの浅い支流を発見し、そこをさらに少し遡上した適当な場所で、泥を落とす事にした。
パイロットスーツは簡易宇宙服で密閉性が高く、川を泳いだ時の水は首回り以上に、スーツの中には入り込んではいない。一連の騒動が二人の着陸直後に起きたため、ヘルメットを外しただけであったおかげで、特に女性のノア姫にとっては不幸中の幸いだった。
原住民や水辺の巨大生物の他にも、どのような危険な生き物がいるか分からない状況下、一人が泥を落としている間、もう一人が見張りをする形をとり、先に泥を落としたノヴァルナはノアを待つ間、地面に胡坐をかき、銃を脇に置いて、何かの装置を組み立てていた。
それはソフトボールの球ほどの大きさの丸い本体に20センチ強のウサギの耳のような安定翼が二枚。そして同じくらいの長さのロッドが一本ついている。
ノヴァルナが組み立てていたのは、SSP(サバイバルサポートプローブ)と呼ばれる、不時着後のサバイバル生活を支援するための、自律デバイスであった。
変にリラックスしたような様子でSSPを組み立て終えたノヴァルナは、本体背面にある起動スイッチを入れる。すると前面に三角形に並んだ5ミリほどの小さなセンサーアイが、青い光をうっすらと放ち、内蔵した小型反重力機関でスルスルと宙に浮き上がった。
トンボのようなそのデバイスは、挨拶でもするようにノヴァルナの周囲をひと回りし、目の前で静止すると、三つ目のセンサーアイをチカチカ点滅させる。同時にノヴァルナとSSPの間でホログラム画面が出現した。
SSPが行ったのは挨拶ではなく、初起動時の自分の動作確認と、所有者であるノヴァルナの生体情報認証、そして所有者とのNNL接続である。NNLが接続した事でノヴァルナは早速、置いてきた自分のBSHO『センクウNX』のメインコンピューターとリンクさせて、機体の状況を確認する。着地時とは変化はないようであった。非常用エネルギーでも機体自体を起動させずにおけば、当分は問題なさそうだ。するとSSPは勢いよく高度を上げて行った。
そこへ体の泥を洗い落としたノアが、ノヴァルナの背後からやって来る。その気配に気付いて「よう、もういいのか?」と振り向きもせず、ホログラム画面を見るノヴァルナの、あまりにも無防備な後ろ姿にノアは眉をひそめた。
それどころか、銃と反対側の脇に置いたサバイバルバッグの中から、吸水性の高そうなクロスを取り出して丸め、ノアに放り投げて来る。
「使えよ。おまえ、バッグ置いて来たんだろ?」
それを両手で受け取ったノアは、ノヴァルナの見せた細やかな気遣いに少々意表を突かれた。自分は『サイウンCN』からサバイバルバッグを持ち出して来ておらず、川の水で泥をすすいだ長い黒髪は水に濡れたまま、乾かすすべがなかったのだ。ふと気を許しそうになる自分の感情を引き締め、ノアは硬い口調で応じる。
「お礼は言うけど、少し気を抜きすぎじゃない? 私達は休戦してるだけ…敵同士なのよ。私が銃を構えて撃とうとしたらどうするの?」
それを聞いてもノヴァルナは背中を向けて、ホログラムを眺めたままだった。
「つまんねー事言うな。そんな事しても意味ねーのは、おまえが一番分かってんだろが。それより現状把握だ」
ノアはノヴァルナが状況を理解していないわけではないと知って、仕方なさそうに軽く息をついた。「だったら、気安くわたしを“おまえ”呼ばわりしないで」と言い捨て、傍らに歩み寄って腰を下ろす。そして首を傾げ、ノヴァルナから渡されたクロスで濡れたロングヘアを、挟んですくように拭きながらホログラムを覗き込んだ。
ノアのために少し場所をずらしてやろうと振り向いたノヴァルナは、その髪を拭くノア姫の仕種に一瞬、見入ってしまった。すぐにそれに気付き、自分自身に気まずくなって、身じろぎしながらホログラムに視線を戻す。
「なによ?」
「なんでもねーよ」
訝しげな表情で問い質すノアに、ノヴァルナは人差し指で耳の裏を掻きながら、珍しく取り繕うように応え、ホログラムに顎をしゃくった。
「―――それより見ろって」
ホログラム画面に映し出されていたのは、今しがた高度を上げて飛んで行った、SSPからの映像であった。高度は五百メートル。SSPの飛行限界高度だ。起伏に富んだ赤茶色の荒れ地が広がり、西側の奥の方には森林らしき緑がある。下方では二人が飛び込んだ川が大蛇のようにうねっており、例の巨大生物と思われる黒い背中の一部がそこかしこに見られた。さらに上流の方には、川辺にイノシシのような生物の群れが集まっている。もしかすると普段はこれらが、あの巨大生物の餌になっているのかもしれない。
「視界には人工物はなさそうね」とノア。
「それだけじゃねえぜ」
「え?」
「NNLが俺のBSHOとのローカルリンクしか、繋がらねえ」
「それって…」
「ああ。どうやらここはNNLシステムの存在しない星らしいな。少なくとも銀河皇国に属する惑星じゃねえって事だ」
ノヴァルナが口にしたのは、『センクウNX』のメインコンピューターまではリンク出来るのだがそこから先、つまりヤヴァルト銀河皇国のシグシーマ銀河系統治の根幹を成している、ニューロネットライン情報共有システムと接続できなくなっている、という事だった。
「―――まあ、ここがどっかの星大名の領域内だったとしても、さっきみたいな原住民がいるなら、手は出せねえのが道理だがな」
ノヴァルナが言葉を続けると、ノアは違う観点を告げる。
「全く別の可能性もあるわ」
「と言うと?」
「ここが別の宇宙だという可能性よ」
ノアの言葉に、ノヴァルナは僅かに眉間に皺を寄せた。
「別の宇宙?…多元宇宙ってやつか?」
「ええ。今まで実際にブラックホールをくぐり抜け、その先がどうなっているかを観察した事例はないけど…仮説としては、超圧縮重力子恒星間航法の開発以前の、大昔から言われていたわ」
「そうなると、元の世界に戻るのはお手上げになっちまうが…それを詮索する前におまえ、惑星降下の時、この町の明かりみたいなヤツを見たか?」
ノヴァルナはそう言って、ホログラム画面を『センクウNX』が降下中に映像を捉えた、明かりが集まった夜の地表に切り替える。
ホログラムに映る明かりは、白く小さな光が等間隔で升目を描いており、平野部に相当な面積で広がっていた。さらに不規則ではあるが、ほぼ同じ大きさの青い光も点在している。
「見たわ。明らかに自然現象じゃない、人工的なものね」
「ああ。だが、さっきのトカゲ人間みたいな連中の集落とも思えねえ」
「そうね。電子的な光みたいだったし、並び方が規則正しすぎた。彼等の知能レベルを推測する限りではね…彼等には失礼な言い方だけど」
「じゃ、結論。この星には、もっと文明レベルの高い奴等もいる。あとは行ってからのお楽しみ…って話だな」
それは要するに、発見した明かりが何なのか確認に行こうという提案だった。確かにこの地でノヴァルナの言うところの、あのトカゲ人間やらカバワニと日長一日追いかけっこをしているより、まだ状況を打開出来る可能性があると言うものだ。
「異論はないわ。でもBSHOはどうするつもり?」
「置いていくしかねーだろ」
ノヴァルナの言葉に、ノアは懸念を伝えた。小型恐竜のような原住民達はともかく、あの明かりを作った方の生命体は文明レベルが高い。BSHOを見つけでもすれば、別の文明のものだと理解してしまう恐れがある。
「そん時は」
ノヴァルナは立ち上がり、ノアを振り向いていつもの不敵な笑みを浮かべた。
「―――この星に文明社会があるなら、大昔のSFアニメかなんかみたいに、宇宙人の巨大ロボが空から落ちて来たって、上を下への大騒ぎだろうぜ」
それを聞いたノアは、自分も立ち上がって諦めたように肩をすくめる。
「答えになってないけど、まあいいわ」
やがて身支度を整えた二人は、西の森を目指して歩き始めた………
▶#06につづく
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