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第7話:隣国の姫君
#04
しおりを挟む「この星の原住民かしら?」とノア姫。
その問いに「たぶん」と応えるノヴァルナだが、直後にその小型恐竜のような原住民達が雄叫びをあげ、こちらに向かって一斉に駆け始めると、傍らに置いていたサバイバルキットのバッグを引っ掴んで逃げ出した。
「―――だがあんまり友好的じゃ、ねーみたいだぜ!」
「こ、こら! 置いてかないでよ!」
二人が走り去った地面に、数本の矢がプスプスと刺さる。
「BSHO置いたままよ、どうするの!?」
「んなもん。逃げおおせてからの話だ!」
砂埃を上げながら走るノヴァルナとノア。すると大きなサバイバルバッグを抱えて、走りづらそうにしているノヴァルナを身軽なノアが追い抜いた。追い掛けて来る原住民達は距離が詰まっている。振り向いたノアは他人事のように告げた。
「あなた、急いだ方がいいわよ!」
「そう思うなら半分持てよ!!」
「そんなのよけい走りにくいだけじゃない! 先に行くから!」
ノアはそう言い放つと、長い黒髪をなびかせてどんどんノヴァルナを引き離していく。
「ちょッ!!?? マジかよてめぇ!」
「ここ、坂になってるから、気を付けなさいねー」
僅かに立ち止まり、二人の逃げる先が下り坂になっている事を教えて、先に下り始めたノアは姿が見えなくなった。一方のノヴァルナは追い掛けて来る原住民達との距離がさらに縮まり、彼等の投擲した槍が周囲に落下し始める。
「おいっ! これシャレになんねーって!!」
ブラックホールに飲み込まれたのを奇跡的に生き延びた結果が、見知らぬ星の小型恐竜のような原住民達の晩飯だった―――そんな悲劇とも喜劇ともつかない話の主人公など、まっぴら御免とばかりに、ノヴァルナはノアの指摘した下り坂の始まり部分を一気に駆け越えた。
ところがそこは、ノヴァルナが想像していた“下り坂”などどいう生易しいものではなく、ほとんど崖に近い急勾配の岩場だったのである!
「でぇえええっ!!??」
縁を乗り越えてから初めて気付いたノヴァルナは勢いが止まらない、転びはせずに済んだが、加速してしまった脚は自分でも制御不能だ。
「クソ女ぁぁ! 適当なこと言いやがってぇえええええ!!!!!!!!」
ノヴァルナがなじったノア姫は、その“下り坂”を下りた先で足元を覗き込んでいた。そこは五メートル程の切り立った崖となって、下には川が流れている。
加速がつきすぎて自分ではどうにもならないノヴァルナは、急な下り坂を一直線にノア目がけて突っ込んで行く。気付いたノアが後ろを振り返った時には、ノヴァルナの表情を引き攣らせた顔がもう目の前であった。
「うそっ! えッ! きゃあああああッ!!!!!!」
ドカンとぶつかったノヴァルナとノアは宙を舞い、崖下に流れる川の緑色の水面に、殊更白い水柱を高く突き上げる。下り坂の上に辿り着いた原住民達は、川を見下ろして武器を振り上げ、威嚇を続けた。ただそこから先へは下りて来ようとしない。水が苦手なのだろうか。
ノヴァルナとノアはほぼ同時に水面に顔を出した。川の深さは二メートル強ほどだ。ノアは立ち泳ぎをしながら、近くに顔を出したノヴァルナに怒鳴る。
「ちょっと! なんて事するのよ!!」
「そりゃ俺のセリフだ!!」
ノヴァルナは片手で水面を叩き、さらにノアの言った“下り坂”を指差して怒鳴り返した。
「あんなもん、下り坂じゃなくて崖だろーが!! いい加減な事言いやがって!!」
「自分でちゃんと確かめないのがいけないんでしょ!!」
「んだと! てめぇ!!」
「汚い言葉使いはやめてって言ったはずよ!!」
ところがそこでまた、二人の始めた口喧嘩を中断させるものが現れた。近くでバシャリ!と水を大きく掻き分ける音が起こり、二人が顔を向けると小さなトゲがギザギザと並んだ、黒い岩のようなものが近付いて来ようとしていたのだ。
無論、岩が水に浮くわけはなく、ましてや水上に目を出したりはしない。またもや顔を見合わせたノヴァルナとノアは、慌てて川岸に向かって泳ぎ始めた。坂の上の原住民達が川の傍まで下りて来なかったのは、水が苦手なのではなく、“これ”が川の中にいるのを知っていたからに違いない。
「逃げた方がいいと思うんだけど!!」とノア。
「そいつには賛成だ!」とノヴァルナ。
川の流れを横切って、二人はすぐに大小の岩が転がる岸辺に這い上がる。だがまだ安心するのは早かった。川の中にいたものが二人を追って、ザバザバザバと水飛沫を上げながら上陸して来たのである。
それはワニとカバを合わせたような巨大な生物で、頭から尻尾まで十メートルはあった。爬虫類か哺乳類かも判別出来ないが、前方に長く伸びた巨大な口には、鋭く尖った歯がズラリと並んでどう見ても肉食性だ。しかもサイズ的にノヴァルナ達は、食べるにはちょうどいい大きさに思える。
「マジか!!」
生き物の上陸に驚いたノヴァルナは、川辺の泥に足をとられ、もたもたと体勢を整えるのが遅れるノアを手助けし、その手を曳いて走り出した。
「一人で走れるわよ!」
「いいからついて来い!!」
有無を言わせないノヴァルナの口調にノアは腹が立ったが、よく見るとノヴァルナは自分の手を曳きながら、泥地を避け、岩の上を選んで走ってる事に気付いた。自分一人であったらまた泥に脚をとられて、逃げるのが遅れるに違いない。
だがその生き物は、船の汽笛のような鳴き声をボォーッ!と響かせ、なおもノヴァルナとノアを追い掛ける。しかもその速度は二人より上であった。
「なんだあのカバワニ、反則だろ! 泳ぐより走る方がはえーじゃねーか!!」
みるみるうちに距離を詰めて来る巨大生物に、二人が逃げる前方は切り立った高い断崖となっている。追い詰められたノヴァルナは断崖の前で振り返り、ホルスターから拳銃型ブラスターを引き抜いた。未調査の異星生命体を殺傷する事は、銀河皇国の恒星間文明規約で、未開惑星文明への干渉の次に固く禁じられているが、こうなっては仕方ない。免責事項というやつだ。
ノヴァルナは走ってくる巨大生物の眉間を狙ってブラスターを撃った。しかしその熱線は意外にも、火傷を与えて肉を削り取った程度で弾かれる。
「げ!」
生物は皮膚が戦車の装甲並みに分厚いのだった。同じ個所に三発・四発命中させれば倒せるだろうが、この状況でとてもそんな余裕はない。そして中途半端なダメージが、逆に巨大生物を怒り狂わせた。乱杭歯の大口をあけて突進して来る。
とその時、今度はノア姫がノヴァルナの手をグイ!と強く引っ張った。
「こっちよ!!」
ノア姫が手を曳いた先には、断崖の大きな岩の隙間に洞窟が見える。二人は咄嗟にその中へ飛び込んだ。だがその洞窟は奥行きが三メートル程度しかない、洞窟と呼ぶのもおこがましいものだったのだ。巨大生物は二人を追ってその岩の隙間に頭を突っ込む。
「きゃあああッ!!!!」
衝撃と轟音と崩れる岩肌に、気の強いノア姫もさすがに恐怖を感じたらしく、悲鳴を上げてノヴァルナの腕にしがみついた。ノヴァルナがノアを抱き寄せて奥の岩壁に背を張り付けると、巨大生物の口はギリギリ届かない。生物はどうにか二人に噛みつこうとして、猛烈な鼻息を吹きながら荒々しく口を開閉する。まさに絶体絶命だ。
▶#05につづく
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