銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第7話:隣国の姫君

#02

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ズズズンッ!!!!!!


 激しい衝撃が機体を揺さぶり、ノヴァルナは夢と現実の狭間のような世界から引き戻された。星の光が全周囲モニターに映し出される。通常の宇宙空間だ!

“成功したッ!!??”

 超空間転移の成功は、確率から言って考えた本人も驚くべき結果であった。また今しがたの異常な空間と光景は何だったのか…ノヴァルナはそういった思いを頭の片隅に押しやり、即座にコクピットの計器を確認した。ひどい揺れがまだ続いていたのだ。機体に何か異常があるのだろうかと思う。
 だが計器を見るまでもなかった。全周囲モニターが映し出す映像の足元から、惑星の巨大な曲面がせり上がって来たのである。この揺れはどこかの星の大気圏に捕らわれたためのものだ。

 惑星は岩石惑星で、ほぼ茶系統の色ばかりの地表に緑色の部分が点在している。自分達の位置は夜の面との境界近くであり、左手奥は黒色に覆われていた。緑色の部分は植物が生えているのかもしれず。呼吸出来る大気の星の可能性がある。

“そうだ! ノア姫は!?”

 ノヴァルナは自分の乗る『センクウNX』が、ノア姫の『サイウンCN』と繋いでいた右手を離してしまっている事に気付いて、座るシートを肩越しに振り返った。その『サイウンCN』はやや後方に続いており、大気圏突入の摩擦熱で機体が赤く光りつつある。

「ノア姫。聞こえるか!?」

 ノヴァルナはノアの機体と通信回線を開こうとした。だが応答はない。そこで『センクウNX』に後ろを振り向かせ、耳を人差し指の先で押さえる仕種をさせる。するとノアの『サイウンCN』は頭をノヴァルナ機に向け、顔の前で片手を立てて振った。どうやら回線は繋がらないらしい。
 それはともかく、ノアの反応に彼女が無事である事を確認できたノヴァルナは、機体の維持に神経を集中させようとする。色んな疑問が山積しているが、いま最優先に行うべきは生き延びる事であるのは間違いない。
 戦闘後の機体の少ないエネルギー残量を考えれば、宇宙空間に離脱しても無駄な消費となるだけだ。となれば惑星への軟着陸しかない。反転重力子フィールドで減速して、摩擦熱を軽減するのである。

“途中までは大気濃度と相談しながらマニュアル。高度と降下速度が安定したら強襲降下モード…これで行くしかねえな”

 スロットルとフットペダルを調整しながら、ノヴァルナはNNLリンクを使って機体の姿勢を安定させる。カプセルなしの大気圏外降下は訓練では行った事はあるが、居住する惑星ラゴン以外では初めてだった。コクピットの中に計器ホログラムが幾つも浮かび、大気組成と濃度・降下速度・進入角度といった必要情報の数値が、目まぐるしく変化する。大気組成の分析結果によるとやはり酸素が存在していた。

 それらの数値を慎重にチェックしながらノアの『サイウン』を振り向く。スカイダイビングのように手足を広げた『サイウン』は、機体を左右に振りながらも安定した状態で降下中だ。

“ふーん…やっぱ、半端じゃねーな。あの女”

 ノヴァルナはノア機の様子にニヤリと口元を歪める。すると視界に入って来た惑星の夜の部分に、小さな光の点が集まった箇所がある事に気付いた―――町の明かりのようにも見える。ここは何らかの文明がある惑星なのかもしれない。
 ただその光の点はそれほど大きくはなく、相当な距離を置いてポツリ、ポツリと点在する程度だった。

“こいつはますます怪しい…ブラックホールに突入してから、何もかも確率的にあり得ねえ事ばかりだ…どうなってやがる…”

 眉をひそめながら降下を続けるノヴァルナの視界には、惑星の昼の面が赤茶色の地表を晒して迫って来ていた………








「放せマーディン!! 私も殿下の元へ行く!!!!」



 ノヴァルナが消えた『ナグァルラワン暗黒星団域』では、コクピットの中でランが悲痛な怒鳴り声を上げた。ランの『シデンSC』はマーディン機に後ろから羽交い締めにされ、ブラックホールの超重力圏ギリギリの位置に漂っている。その向こうでは、ノア姫側の親衛隊仕様『ライカ』が二機、これも茫然とした様子で宙に浮かぶ。

 お互いに守るべき主君がブラックホールの中に消え、戦意を完全に喪失していた。互角の戦いを演じて決着がつかなかった両者だが、今ならどちらかがもう一方を狙撃しても、回避すらしないであろう。そしてそんな事をしても無意味だというのも理解している。

「落ち着け、ラン!」

 通信回線で呼び掛けるマーディンには、ランの気持ちがよく分かっていた。自分も先日、惑星サフローでノヴァルナの妹のフェアン・イチ=ウォーダを守り切れず、危うく死なせてしまうところだったのだ。

「落ち着けだと!? 殿下の親衛隊たる『ホロウシュ』がその殿下をお守り出来ず、他の何をもって落ち着けというかッ!?」

 そしてマーディンは、さらに怒声を上げるランのノヴァルナに対する忠誠心が、単なる忠誠心だけではない事も承知していた。だからこそ今は、ランを落ち着かさせなければならない。

「なら『ホロウシュ』筆頭として命じる! 俺の話を聞け!!!!」

「く!…」

 ギリリと歯を喰いしばって、ランはマーディンの機体を睨んだ。マーディンは通信回線を全周波数帯に切り替え、あえてサイドゥ家の親衛隊仕様BSIにも聞こえるように告げる。

「ノヴァルナ様とノア姫殿の、生存の可能性は残っている!!」




「…なんだと?」

 マーディンの言葉にランは声を落として尋ねた。中身のない気休めで言ったのであれば、たとえおまえでも斬り捨てる…そんな怒りを内に含んだ口調だ。

 そこでマーディンは、ノヴァルナとノア姫がサイドゥ家の御用船で行った一連の脱出行動を、推測ではあったがほぼ正しく説いた。あの若君が、ただ座して自分の死を受け入れるとは思えないという事も、合わせて伝える。それを聞いて問い質すランも、明らかに口調が変わる。一縷の望みというものを信じたい、と思う葛藤が湧いて来たのだろう。

「本当に…殿下は超空間転移を強行したのか?…証拠はあるのか?」

「正直、その確率は低い。ただこれを見ろ」

 そう言ってマーディンは、自機が捉えている画像をランの機体に転送した。そこには先のサイドゥ家御用船との交戦で撃破され、ブラックホールに飲み込まれたキオ・スー家の駆逐艦が、黒い事象の地平面上にいるところが映っている。その艦体は赤色に光っていた。

「これがなんだと言うの?」とラン。

「言わなくとも分かるだろうが、この駆逐艦はもう助からない…そして、この画像だ」

 マーディンが差し替えた画像には、サイドゥ家御用船の破片らしきものは映っていたが、船の全体量にはほど遠く、外殻の一部程度だった。そのどれもが駆逐艦と同じ赤い光を帯びている。

「船の姿がない…」

「ああ。それはつまりブラックホールの中に、御用船そのものはいないという事だ。超空間転移自体は成功したと見ていいだろう」

「!」

「殿下の死が確実ではない限り、我等も迂闊に死ねない事は理解出来るな…ラン」

 ブラックホールの中に飲み込まれ、もはや脱出不可能な駆逐艦が見えているのに、姿のない御用船は助かっている。一見するとマーディンの指摘は矛盾しているように思えるが、これは光さえ脱出できないブラックホールの本体、事象の地平特有の物理現象であった。

 事象の地平に近付くにつれ、相対性理論の効果によって、そこに飲み込まれる物体の周囲の時間は遅れていく。そしてその物体は光の赤方偏移で赤みを帯びて、やがては停止しているように見える。無論、停止しているように見えるからといって、救助に行く事は出来ない。
 その一方で、停止している駆逐艦よりあとにブラックホールに飲み込まれた御用船の姿がないなら、超空間転移を行って強引に脱出を果たした可能性があるという事になるのだ。

「だがマーディン。私は…」

「可能性があるなら自重しろ。ノヴァルナ様がご生還なされた時におまえが死んでいては、逆に不忠と言うものだろう」

 不忠と言われては立つ瀬がないランは、コクピットの中で肩を落とした。マーディンの『シデンSC』に機体を曳かれても抵抗する気は失せている。
 マーディンはランの搭乗機を連れ、自分達の重巡『エキンダル』と連絡を取った。『エキンダル』と駆逐艦二隻は撤退するキオ・スー艦隊を監視して、『ナグァルラワン暗黒星団域』の外縁付近まで行っているはずである。

 応答のあった『エキンダル』に迎えを要請したマーディンは、途方に暮れたままのように見えるサイドゥ家の二機の親衛隊仕様BSIにも呼び掛けた。一応超電磁ライフルの銃口だけは向けておく。

「我々からは手は出さない。投降も勧告しない。貴官らは貴官らの忠義のあり方を果たせ」

 冷たい言い方をすれば“勝手にしろ”とだけ告げ、マーディンはランを連れてブラックホールの超重力圏の縁から離脱した。二機の親衛隊仕様機はそこにとどまったまま動こうとはしない。

 重巡『エキンダル』からの指示で、回収ポイントに向けて速度を上げる『シデンSC』―――全周囲モニターから見る宇宙は、マーディンの目にいつになく寒々しい。
 星間ガスの群れは色鮮やかで、所々にポッカリと穴をあけたブラックホールは、ユニークですらあるはずだった。
 そう、こんなはずではなかったのだ。マーディンは通信回線を閉じ、ヘルメットを脱いで大きく深呼吸する。そしてヘルメットを床に叩きつけ、叫んだ。



「馬鹿野郎!!!!」


▶#03につづく
  
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