82 / 422
第6話:暗躍の星海
#12
しおりを挟む「なんだ、こいつは!?」
ロボットはサヤエンドウに似た紡錘状のボディが二メートル弱。それに四メートルはあると思われる長い脚が六本。先端には鎌のように鋭い爪が二本ついている。全身が真っ黒で、背後の宇宙空間に姿が半ば溶け込む中、両眼だけが不気味に赤い光を放っていた。先程の破壊音の元らしい、大きく砕けたコンソールの上に二本の前脚を乗せて、ノア姫に今にも襲い掛かる気配だ。
ロボットは銃を構えたノヴァルナを無視し、鋭い鉤爪のついた脚の一つを振り上げ、眼前のノア姫の体を切り裂こうとした。ノヴァルナはブラスターを放ち、その脚を中ほどで吹っ飛ばす。ちぎれた脚は少量の煙をあげてノアの近くに転がった。
「!!!!」
驚いてノヴァルナに振り向くノア姫。赤いヘルメットは透明部分が鏡面になっており、その中の顔は見えない。ロボットは続けてもう一方の脚を使って、ノア姫を殺害しようとする。再びノヴァルナはブラスターを放った。しかし今度の一撃はボディに命中したものの弾かれる。跳弾となったブラスターのビームは、向こう側のコンソールに小爆発を引き起こした。
ノア姫は咄嗟に横に転がり、ロボットの鉤爪をやり過ごす。鉤爪は相当な硬度を持った特殊合金製のようで、操舵室の床を易々とえぐり取った。
ノヴァルナはさらにブラスターの引き金を引いたが、三発放ったビームはいずれもロボットのボディに弾かれる。どうやらボディには対ビームコーティング処理が施されているらしく、拳銃型の小口径ブラスターなどは通用しないようだ。
アメンボ型戦闘用ロボットは遅れてノヴァルナを脅威と判断したのか、例の鉤爪を振り上げてノヴァルナに襲い掛かろうとする。とそこへ、ノア姫がノヴァルナに体ごと飛び付いて突き飛ばし、二人はもつれ合うように床を転がった。
「何してるのよ! 脚を撃って!!」
鋭い口調で指図するノア。緊迫した状況下で、さしものノヴァルナも何かを言い返す場合ではなく、戦闘用ロボットの脚を狙って銃を撃つ。ビームはもう一本の前脚と片側の中脚を破壊し、ロボットは前のめりに倒れ込んだ。するとその頭部をノアが足で踏みつけ、ノヴァルナの最初の一撃で切断されていた、ロボットの前脚の鉤爪を使って接合部を切り裂く。バチン!という音とともに接合部から火花が飛んでロボットは機能を停止した。ノヴァルナを突き飛ばす直前に拾っていたのだ。
動かなくなった戦闘用ロボットに、小さく息をつくノヴァルナ。ところが次の瞬間、ノア姫は大きな鉤爪付きのロボットの前脚を、ノヴァルナの眼前にピタリと突き付けて言い放った。
「銃を捨てなさい!」
ノア姫のとった行動に面食らったノヴァルナは一瞬だけ唖然としたが、すぐに眉を吊り上げて鋭く反応する。
「はあ!!??」
「はあ?じゃなくて銃を捨てて! 聞こえないの!?」
「いやいやいや! 待てよ。俺はあんたを助けたんだぜ!」
「助けれてないじゃない。最終的に助けたのは私の方でしょ!」
「な!…なんだとぉ!」
「いいから銃を捨てる!」
強い口調で言ったノアが、先端の鋭い鉤爪を脅すように僅かに突き上げる。腹の中で怒りがふつふつと煮え立つノヴァルナだが、冷静な判断力は失ってはいなかった。自分達が乗り込んだ御用船は、あと十分足らずでブラックホールの超重力圏から脱出不可能になる。
ノヴァルナはノアの言った通りにブラスターを床に放り出し、両手を挙げた。そしてそのまま肩をすくめて告げる。
「へいへい。わかったから、話の続きは外でやろうぜ。あんただって船がこんな有様じゃ、乗ってる連中はもう手遅れだって、分かってるんだろ?」
するとノア姫は“手遅れ”という言葉に僅かにたじろぎを見せた。そこに突然ノヴァルナが飛び掛かる。「きゃあ」と悲鳴を上げるノア。だがそれはノヴァルナがノアに襲い掛かったのではない。ノアの背後で再起動した戦闘用ロボットが体を起こしたからだ。倒れ込んだノヴァルナとノアのすぐ脇を、立てないロボットが床に頭を付けたまま突進する。
床に捨てたブラスターを素早く掴み取ったノヴァルナは、片膝をついて体を起こし、壁にしがみついて立ち上がるロボットの頭部、ノアが今しがた切り裂いた接合部の破孔にビームを撃ち込んだ。そこであれば対ビームコーティングはない。
爆発と共に、両眼が赤い光を放っていたロボットの頭部が吹っ飛ぶ。ガシャン!とけたたましい音を立てて崩れ落ちる巨大なアメンボのような機体。
ノヴァルナとノアの二人は息を呑んで様子を窺う。と、ノアはノヴァルナが自分の腰に手を回したままなのに気付いて、その手をピシャリとはたき飛ばした。
「痛ぇなっ!」
抗議の声を上げるノヴァルナだが、その時、床に転がるロボットの体からホログラムが浮かび上がり、怪しげなカウントダウンを開始する。
“どう考えてもマズいだろ、これは!”
考えの一致したノヴァルナとノアは無言で一瞬だけ顔を合わせ、慌てて操舵室を飛び出した。直後に閃光が走り、鼓膜が割れそうな大音響と爆風が主通路を走る二人の背後から襲い掛かる。
「うわわっ!」
「きゃあぁっ!」
叫び声を上げた二人は、BSHOを留めたエアロックへの十字路を行き過ぎ、主通路の奥まで吹っ飛ばされた。ロボットの自爆によって操舵室が大きく破壊されたサイドゥ家御用船『ルエンシアン』号は、爆発の反動で大きく舳先を下げる形となり、漂流角度が変わって計算より早く、ブラックホールへ流れ込む星間ガスの急流に捕まってしまう。
大きな地震のような揺れが発生し、続いて船内の照明が落ちて非常用の赤色灯が点灯。人工重力も失われて、ノヴァルナとノアは体が宙に浮かんだ。
「てて…」
宙に浮きながらノヴァルナは、爆風に吹き飛ばされた時に強打した膝頭をさすった。
「何を呑気に言ってるの!」
一方のノア姫は硬い口調だ。
「人工重力が失われたという事は―――」
「重力子コンバーターが停止したって事だろ?」
ノアにみなまで言わせず、ノヴァルナは自分達が飛ばされて来た場所の確認をするために、辺りを見回す。そしてパイロットスーツの左手首に取り付けられている、NNLの端末を起動し、外の『センクウNX』のコンピューターとリンクさせた。
「それがどういう事かわかってるの!?」
「どういう事もこういう事も、一巻の終わりってこった」
そう言ったノヴァルナは、手の平を上にした左手に、船と外の状況を知らせるホログラムを浮かび上がらせてノアに見せる。表示された御用船はすでに星間ガス流に飲み込まれて、ブラックホールの超重力圏内に進入しており、たとえ重力子エンジンが無事でも、脱出は不可能となっていた。
「!!!!」
鏡面となったヘルメットで中の表情は窺い知れないが、ノア姫は絶望感に包まれたらしく、肩を力なく落とす。
「そんな…」
呟くように呻いたノア。しかしノヴァルナはノアを相手にせず、NNLのホログラムキーを起動させて、何かを一心不乱に打ち込んでいた。遺書でも認めているのかしら…そんな様子で顔を向けるノア。そこにちょうどキーを打ち終わったノヴァルナが、振り向いて事もなげに告げた。
「さて、こっから逃げるとしようぜ。手伝ってくれ」
【第7部につづく】
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる