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第6話:暗躍の星海
#11
しおりを挟む思いもよらぬ閃光が走ったのは、二機のBSHOが距離をおいて向き合った直後であった。
「!!??」
その輝きはノイズがひどい『センクウNX』の全周囲モニターでも確認出来た。ノヴァルナは配下の『ホロウシュ』と、サイドゥ家の親衛隊機の戦闘で生じた爆発かと思ったが、それにしては位置が近いと不審を感じ、閃光の方向へ目をやる。
それは確かに爆発の閃光であった。ただし『ホロウシュ』達の戦闘の爆発ではない。爆発を起こしたのはサイドゥ家の御用船だ。後部のエンジン付近に二つの穴が開き、船内のガスと破片を噴き出している。機関推力を喪失して斜め下方―――爆発の反動方向へ漂流しようとしていた。
「え? なんだ?」
怪訝そうに眉をひそめるノヴァルナのヘルメットのスピーカーに、通信回線をオープンにしたままのノア姫の声が、切迫した調子で飛び込んで来る。
「ノアより『ルエンシアン』号! 『ルエンシアン』号! 何があったの!?」
なるほど、あの御用船は『ルエンシアン』というのか…ノヴァルナは漂流を始めた御用船を、醒めた目で眺めた。
“穴が開いたのは推進機二つ…あのクラスだと推進機は最低でも四つで、要人送迎用という性格上、緊急時に備えて動力システムはそれぞれ完全独立のはずだから、外から見る限りじゃまだ動ける…だが動かないって事は、内部がさらに破壊されてるか、何か別の原因か………”
いずれにせよこのままではあの船は助からない。なぜなら爆発の反動で慣性を与えられた『ルエンシアン』号は、眼下を急流のように流れる星間ガスに向かっているからだ。そしてその先に待つのは、宇宙で超重力の大口を開ける魔女の大釜―――ブラックホールであった。
「応答して『ルエンシアン』! レンバック船長!」
ノヴァルナのヘルメットにも聞こえて来るノアの声が悲痛さを増す。向こうも船の状況を理解しているのは間違いない。しかし船からの応答は全く届かず、自然発生的に停戦状態となった両者のBSHOの間を、時間だけが過ぎて行く。
“応答はともかく、今から加速をかけても間に合うかどうかだが………”
様子を見ながら自分ならどうするかを思考するノヴァルナ。ノア姫が突っ掛かって来なくなった以上、向こうがむき出しにしたこの隙を突いて、こちらからの仕掛けるのは要らぬ殺生というものである。別にここへ殺し合いに来たわけではないからだ。
ただ次の瞬間にノアが取った行動には、ノヴァルナも内心で舌打ちせずにはいられなかった。自分のBSHOを、応答のない御用船に向けて急発進させたのだ。
「はあ!!??」
頓狂な声を上げたノヴァルナの視界の中で、ノア姫の機体は星間ガスの急流を目前にした、御用船に向かって一直線に飛んで行く。
「なんの真似だ! あいつは!?」
と大きな独り言で口には出したが、ノア姫が何のつもりなのかは言わずもがな、御用船の救出である。しかし頭の潰れかけたBSHO一機とパイロット一人では、どこをどう考えても無茶が過ぎるというものだ。
「やめとけ! あんた一人じゃ無理だ!!」
叩きつけるように言ってノア機を引き留めるノヴァルナだが、ノアからの返答はなく、向こうのBSHOはすぐに視認距離から脱して見えなくなった。ノヴァルナはコクピットの中で腕組みをして、その指先でパイロットスーツの二の腕をヒタヒタ叩く。明らかに苛立ちまぎれであり、真一文字に結んだ唇が、この若者の不完全燃焼状態を示していた。
“この俺を出し抜こうってのか…ふざけやがって!!”
それはノヴァルナの独特な感性といっていい。脅威に際しては自らその中に飛び込んで行き、食い破る―――それが傍若無人、天衣無縫と揶揄されても変えない、自分の貫く生き方に対する対価であると、ノヴァルナは考えていたのだ。だからこそ、御用船の危機に単身飛び込んで行こうとしているノア姫に、置いてけぼりを喰らったみたいで対抗意識が燃え上がったのである。
「てめぇッ!…この、待ちやがれ!!」
叫ぶと同時にノヴァルナは『センクウNX』のスロットルを全開にし、ノア機のあとを追った。生きた大蛇のようにうねる星間ガスの長い帯を潜り抜け、サイドゥ家の御用船へ接近する。
無論、自分が向かっているのは敵対している相手の宇宙船だ。接近すれば撃たれる可能性も高い。罠を張って待ち構えているのかもしれない。ただノヴァルナにとって、それらは全て承知の上であった。
死のうは一定―――
それがノヴァルナの行動の大前提だ。だがそれは決して自分の命を粗末にする事ではない。まず自分が命を懸けてみせてこそ、開ける道もあるという信念の現れなのだ。冷静な一面が残っている証拠に、御用船に接近しながらも今の条件で、脱出可能な残り時間を計算する。
“脱出限界時間まで十五分てとこだな…船の連中が自分達でエンジンを起動するなり、船を捨てて逃げ出すなりしねーと、今から乗り込んでもどうにもならねえぞ、こいつは”
そう思いながら御用船の『ルエンシアン』号に近付いたノヴァルナは、先行したノア姫のBSHOが船体の中に入らず、舷側前方の展望室と思しき透明金属で出来たドームの近くにしがみついているのを発見した。その近くでは内部に通じるエアロックのハッチが開いている。おそらく船の操舵室など中枢部への近道なのだろう。さらに距離が縮まると、ノア機のコクピットもハッチが開いたままとなっている事に気付く。
“無茶しやがって”
ノヴァルナ達のいる『ナグァルラワン暗黒星団域』には、簡易宇宙服のパイロットスーツでは危険なレベルの強力な放射線が充満している。そんな中を短時間とはいえ、宇宙遊泳してBSHOから御用船に乗り移るのは、あまり褒められた行為ではない。
ただ、ノヴァルナはそう思う一方で不審感を募らせた。目の前の御用船があまりにも無反応すぎるのだ。ノア姫が戦っていた相手が至近距離まで接近して来たのであるから、推進機が停止していても、ノヴァルナに対して何かしらの動きがあって然るべきである。それを船が漂流するに任せているのはどうにも奇妙な話だ。
「だがまあ、四の五の言ってるヒマはねーか!」
ノヴァルナは自分自身にぶっきらぼうに言い聞かせ、『センクウNX』をノア機の近くに留めて自分もコクピットのハッチを開いた。途端に、パイロットスーツのセンサーが危険レベルの放射線を感知して、ヘルメットの中に耳障りなアラーム音を響かせ始める。それを無視してハッチの縁を蹴りつけ、御用船のエアロックめがけて宇宙に飛び出した。
ヘルメットの透明金属越しに見る星間ガスの海原は幻想的な雰囲気を増すが、脇見をしている余裕などなく、数十秒でエアロックに辿り着く。
パイロットスーツの被曝状況は分からないが、アイドリング状態の『センクウNX』が僅かに放出する重力子フィールドの、量子干渉のおかげで思った以上に危険はなかったようだ。
エアロックは二重構造になっており、ノヴァルナは船内に通じる奥の扉を開いて、先へと進んで行く。奥のエアロックに入って扉を閉めると、空気が噴き出してきた。船の動力系統には、大きなダメージはなさそうである。
ところが空気が噴き出した直後から、簡易宇宙服であるパイロットスーツに装備されている、大気分析デバイスのアラーム音がヘルメットの中で鳴り始めた。船内の空気に異常があり、呼吸に適さない成分―――人体にとって有害な物質を含んでいるのだ。つまり空気がエアロックを満たしても、ヘルメットを外してはならないという事である。
“なに…どういう事だ?”
ノヴァルナはこの状況に眉をひそめ、アラーム通りにヘルメットをつけたまま、腰のベルトから拳銃型のブラスターを取り出して右手に構え、エアロックの内扉を開いた。さらに二つ、三つと扉を開けて主通路に出る。するとそこにあった光景に表情を緊張させた。主通路の奥にこの御用船の乗組員らしい男が数人、倒れていたのだ。
倒れた男達に近付いて様子を見ると、全員が事切れている。外傷はない。おそらくパイロットスーツが警報を発した空気を吸ったためだ。
“毒ガスか…それに爆発…こいつは内通者って程度じゃ済まねえぞ”
それは明らかにサイドゥ家の御用船に対する破壊工作であった。だがなぜこのタイミングで…ノヴァルナは、キオ・スー家艦隊の御用船襲撃に合わせたとしか思えない破壊工作に、なにか意図的なものを感じた。ただ今はそれをあれこれ詮索している暇はない。先を急いだノヴァルナが通路の突き当りに達すると、そこが御用船の操舵室であった。
扉に手をかけて開けようとするノヴァルナ。だがその扉は内側からロックが掛けられている。
“チッ…ここに来て面倒臭ぇ! まさかノア姫とかいう女、こっちに来てないんじゃ…”
顔をしかめるノヴァルナだったが、一瞬後、扉の向こうで何か金属製のものを叩き壊す、甲高い音と、若い女性の微かな「きゃあああああっ!!!!」という叫び声が聞こえて来た。破壊音に比して叫び声が小さくくぐもって聞こえるのは、ヘルメットを被っているからに違いない。声の主はノア姫であろう。
さらに破壊音が起こり、火花の散るような音まで響く。扉の向こうが切迫した事態なのは確実である。ノヴァルナはすぐさまハンドブラスターで扉のロック部分を複数個所撃ち抜き、一気に引き開いた。
そこでノヴァルナが見たものは、死体が散乱した御用船の操舵室の中で、床に腰砕けになったパイロットスーツのノアに迫る、昆虫のアメンボを巨大にしたような姿の、真っ黒なロボットであった。
▶#12につづく
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