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第6話:暗躍の星海
#09
しおりを挟む全周波数帯で通信回線を開いたままにしていたノヴァルナ達のスピーカーに、爆発音と絶叫が飛び込んで来た。その音声に素早く辺りを見回すノヴァルナ。すると先にランが何かに気付き、操縦している『シデンSC』でその方向を指差す。
「ノヴァルナ様、待ち伏せ部隊が!」
そう言われてノヴァルナはランの機体が指差した方向を見た。その先では爆発の残光と、舷側が大きくえぐれたキオ・スーの駆逐艦がいる。駆逐艦はエンジン推力を失い、爆発の反動で眼下に深夜の海のごとく黒く広がる、ブラックホールへと引き寄せられていく。
「うわぁあああああ!!!!!!!!」
「た、助けてくれぇええ!!!!」
艦内の生存兵が上げる、悲痛な断末魔の叫びがスピーカーを揺さぶるが、もはや手の打ちようはない。と、その向こうから、ビーム砲の光が煌めいた。まだ健在なキオ・スーの重巡航艦と駆逐艦が、サイドゥ家の御用船を砲撃しているのだ。撤退命令が出ている状況で、これは明らかな命令違反である。
そして重巡と駆逐艦にも小さな爆発が幾つか起きた。重巡のほうは可動式のアクティブシールドを展開しているらしく、爆発と同時に六角形のバリアフィールドが青く輝く。
拡大映像をホログラムにして、細部の状況を確認したノヴァルナは「チッ!」と舌打ちした。待ち伏せ部隊を迎撃しているのは、御用船の護衛に出ていた二機の親衛隊仕様BSIだ。恐ろしく連携のとれた動きで二隻目の駆逐艦も、程なく爆発とともに艦体を引き裂かれる。
“ダイ・ゼンめ。てめぇの部下も纏められねーのか!”
そのダイ・ゼンを乗せた旗艦は命令違反を犯した重巡を見捨てるつもりか、残った艦をまとめて撤退行動を継続したままだ。
二機の親衛隊仕様BSIに恐れをなしたのか、重巡はコースを変更し、ようやく離脱しはじめるが、すでに遅かった。親衛隊仕様機が纏わりついて超電磁ライフルの連射でアクティブシールドを過負荷にさせ、そこに反転した御用船が集中砲火を浴びせる。
ノヴァルナはもう一度舌打ちすると、マーディンとランに命じた。
「命令違反した指揮官なんざ、死のうが知ったこっちゃねーが、関係ねえ兵士の奴等がこれ以上巻き添えになるのは、寝覚めがわりィ。行くぞ!」
そう言って『センクウNX』に超電磁ライフルを構えさせ、重力子の黄色い光のリングとともに加速をかける。
ノヴァルナ機に後続しながら、マーディンは問い質した。
「殿下が助けようとされているのは、キオ・スーの兵士。いずれ我等に砲口を向ける事になるかも知れませんが…よろしいのですね?」
それに答えるノヴァルナの声は少々とぼけた調子である。
「ふふん。その代わり、ナグヤがウォーダ家の全てを支配したら、俺の部下になるかも知れねーじゃねーか」
傍で聞いていたランは、今のノヴァルナの言葉が半分本気で、半分が照れ隠しだと理解して思わずクスリと笑みをこぼした。何の照れ隠しかというと単純に、無駄死にする兵士達がかわいそうという事は間違いない。いつも傍若無人に振る舞う自分達の主君だが、人の生き死にについてはいまだにこういった繊細な面が顔を出す。
「そこのキオ・スー重巡、さっさと逃げろ! 『エキンダル』、バックアップしてやれ!」
指示を出しながら距離を詰めたノヴァルナは、牽制の超電磁ライフルを放った。その弾丸はサイドゥ家の親衛隊BSIの目前を横切り、相手の注意を引き付ける。二機のサイドゥ家親衛隊機は、揃って素早く身を翻し、全く同じ動きで間合いを取って身構えた。
「101、102。気をつけろ。こいつら半端じゃねーぞ!」
戦闘を遠目に見ていたとは言え実際に相対すると、二機の連動した動きには油断出来ないものが感じられ、ノヴァルナは部下達に警戒を促す。
するとその直後、敵の二機が仕掛けて来た。一機が超電磁ライフルをノヴァルナ機に放ち、もう一機がポジトロン・パイクを両手に握って突撃する。緩やかなカーブの長い刃が印象的なポジトロン・パイクだ。さらに相棒の突撃直後に、射撃機は天頂方向へ動き始めた。
ノヴァルナは急旋回でライフル弾をかわし、突っ込んで来た一機をマーディンとランが射撃する。だが敵のBSIユニットは機体を揺らせながらスクロールをかけ、紙一重で次々と弾丸をやり過ごして接近した。
“マーディンもランも、射撃が精確すぎるせいで読まれてやがる!”
状況を見抜いたノヴァルナは自身もライフルを構えて、銃身に少し遊びを与える感覚で放つ。動きを止めたため、銃撃を続ける敵のもう一機の弾が『センクウNX』の右大腿部を掠めた。
一方のノヴァルナの銃弾は、突撃機が咄嗟にかざしたパイクの刃で弾き飛ばされる。ランダム性を加えた照準自体は相手にとって脅威だったようだが、残念ながら結果は伴わない。
するとその直後、射撃を行っていた方のBSIが照準をノヴァルナではなく、マーディンとランに変更した。二人の『シデンSC』のコクピットに被照準警報が鳴る。
「なにっ!?」
反射的に回避行動を取るマーディンとラン。その二機の間を突撃して来た敵のBSIが、加速をかけてこじ開けるように突っ切った。射撃機の本当の狙いはマーディンとランで、味方機がノヴァルナに攻撃を仕掛けるための隙を作る事だったのだ。
「おもしれぇ!」
ノヴァルナの『センクウNX』は超電磁ライフルを放り出すと同時に、自機のポジトロン・パイクを起動して、間合いを詰めて来たサイドゥ家親衛隊機のパイクを受け止める。双方の刃が纏う陽電子フィールドがぶつかって、青白い火花が散った。
「ノヴァルナ様!」
敵に出し抜かれた屈辱に歯を喰いしばって振り返ったランは、敵とパイクを打ち合うノヴァルナの助太刀に向かおうとする。だがそこに再び被弾警報が鳴って、頭上からライフル弾が放たれて来た。機体を旋回させて回避したランは、マーディンに告げる。
「101は上の敵を!」
それはマーディンも承知していたらしく、ランが言い終わった時には、すでに天頂方向の敵機にライフルを撃ち返している。即座に『シデンSC』を発進させたランは、ノヴァルナを襲っている敵の親衛隊仕様『ライカ』に斬り掛かった。敵の『ライカ』は素早く離脱して、ランもそれを追う。敵の二機に対し、マーディンは射撃戦を、ランは格闘戦を、それぞれ激しく演じ始めた。
一方で、ひと息ついたノヴァルナは命令違反を犯したキオ・スーの重巡を見た。ノヴァルナの連れて来た艦隊がガードする向こうで、損傷した体を引きずるように撤退していく。
目的はこれ以上損害を出さずに、双方が兵を退く事であって、撃破ではない。敵の親衛隊機はこちらと互角だが、数は三対二でこちらが勝る。少し押し込んでおけば話もつけ易いだろう。
そう思ったノヴァルナは、マーディンが少々不利な状況である事に気付き、そちらに加勢して敵の一機を捕らえようと決めた。ところが『センクウNX』を向かわせるため、操縦桿を引きかけたその時、敵の照準に捕捉された被弾警報がコクピットに響く。
「クソッ!」
ダイブとスクロールを同時に行って回避行動を取ったノヴァルナの機体の、元いた位置を赤い曳光ビームが通過する。だが被弾警報は鳴りやまない。
次々と迫って来るビームをかわしながら、ノヴァルナは放り出したライフルを回収し、敵の射点を確認した。そこにいたのはサイドゥ家御用船である。御用船は高くそびえ立ったサボテンか何かを思わせる、オレンジ色と明るい黄色のガス雲に隠れるようにして、砲火を浴びせて来る。親衛隊機の援護に来たのだろう。護衛を見捨てて、自分だけ逃走する気はないようだ。御用船からの砲撃はマーディンにも狙いを定めていた。ただ、味方と格闘戦を演じているランには、手を出せない。
「はん! ダイ・ゼンの奴に、爪の垢を煎じて飲ませてやりてぇもんだぜ」
命令違反を犯したとは言え、配下の待ち伏せ部隊を放置して撤退したダイ・ゼンを、ノヴァルナは皮肉った。しかし御用船の行動は軽率でもある。護衛の二機以上に守らなければならない人間を、乗せているはずだからだ。
しかしその直後、ノヴァルナは自分が思い違いをしていた事に気付いた。御用船が自分を射撃していたのは、新手の戦力を投入するための牽制だったのである。『センクウNX』のセンサーが御用船から飛び出してくる機影を捉えた。凄い速度だ。
“この反応…親衛隊仕様のBSIじゃねぇぞ! BSHOだ!”
速度とサイズ、そして反応炉の概算出力から、新たに現れたのが将官用BSIユニットのBSHOだと判断したノヴァルナは、出鼻をくじくために先制攻撃のライフル照準を行おうとする。だがそれより先に、相手からのセンサー照準を受けた被弾警報が、ノヴァルナのヘルメットのスピーカーを鳴らした。
「野郎!」
ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべたまま、『センクウNX』を横に滑らせてライフルを放つ。その一瞬後、敵の弾丸が左肩のシールドを掠めた。恐ろしく精確な照準だ。そしてこちらの射撃は回避しながら撃ったために、当たるはずもない。
“いや、それだけじゃねえ…俺の回避コースまで読んでやがった”
すると一気に距離を詰めて来たサイドゥ家のBSHOが、ノヴァルナ機の数十メートル先で急停止し、宇宙空間で胸をそらして直立した。パール系のクリムゾンレッドと漆黒に塗り分けられた、しなやかな印象の機体だ。
そのBSHOはノヴァルナに対して音声のみの通信回線を開き、名乗りをあげた。透明感のある凛とした若い女性の声であった。
「ミノネリラ宙域国星大名ドゥ・ザン=サイドゥが長女、ノア・ケイティ推参!」
▶#10につづく
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