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第6話:暗躍の星海
#08
しおりを挟む一方、サイドゥ家御用船を挟撃中のキオ・スー艦隊では、旗艦の重巡航艦に座乗する司令官のダイ・ゼン=サーガイが焦燥感に駆られていた。ブラックホールの超重力圏で逃走針路を限定させた上の前後からの挟撃…戦力比を考えれば、たとえ相手がBSIユニットを搭載していても、短時間で片が付くはずと算段していたのだ。
それが御用船は巧みな操舵でこちらとの接触コースを回避し、しかも早々と二機の親衛隊仕様BSIユニットを放出して、逆にこちらの接近を待ち構えていたのである。
「ええい! なんだあのザマは!? もっと加速しながら針路に回り込め。頭を押さえるのだ!」
ダイ・ゼンは艦橋の戦術状況ホログラムを睨んで甲高く叫ぶ。待ち伏せていた重巡と二隻の駆逐艦が行く手を阻もうとするが、御用船はそれを想定済みだったらしく、先手を打った回頭ですり抜けたのだ。
「恐れながら、ここはブラックホールの重力圏内です。むやみに速度を上げてコース変更をし、超重力に捕らえられると、事象の地平面に落下する可能性がありますので、最大戦速で作戦行動をとるわけには参りません」
焦るダイ・ゼンを突き放すように艦長が告げる。“事象の地平面”とは天文学用語で、光すら脱出できなくなる球面…いわばブラックホールの本体であった。その半径は元になった恒星の大きさによって異なるが、いずれにせよ内側に踏み込んでしまうと、超重力に押しつぶされて一巻の終わりだ。
回避運動中のサイドゥ家御用船がビーム砲を放つ。目標は待ち伏せ部隊の中の、重巡を追い抜いて先行しようとしている駆逐艦の一隻である。命中した軽巡の主砲クラスのビームは、駆逐艦のエネルギーシールドを崩壊させ、防御手段を失った駆逐艦は恐怖に駆られたように離脱する。二弾目を喰らって推力が低下でもしてしまうと、ブラックホールに吸い込まれる恐れがあるからだ。
さらにキオ・スー艦隊は、発進させたBSIユニット12機の内、4機を失っていた。相手のサイドゥ家BSIユニットは、量産型『ライカ』の親衛隊仕様機がたった2機ながら、恐ろしいほど息の合った連携と、御用船の迎撃砲火を利用した巧妙な戦術で、こちらのBSIを寄せ付けないでいる。
「言い訳無用! サイドゥ家の救援部隊が来る前に必ず捕らえろ!」
ダイ・ゼンは業を煮やし、スクリーンに映る御用船を殴りつけそうな勢いで指差した。
ノヴァルナと二人の『ホロウシュ』のBSIユニットが、ブラックホールの安全重力域ギリギリからキオ・スー艦隊に突撃して来たのは、その直後であった。
「ダイ・ゼン様! 左舷後方マイナス角から、三機のBSIが急速接近して来ます! 遭遇まで三十秒…マーク!」
オペレーターが声を上擦らせて報告する。
「なんだと!? サイドゥ家の救援部隊がもう来たのか!?」
ダイ・ゼンは目を剥いて問い質した。想定外の状況だ。しかもそれに対するオペレーターの返答は、同じ想定外のものであっても、あまりに度が過ぎていた。
「い、いえ。これは…! 接近中の機体、『センクウNX』及び『シデンSC』! ナグヤのノヴァルナ殿下です!!」
「!!!!!!!!」
ナグヤのノヴァルナ―――それはこの状況下のダイ・ゼンにとって、悪夢と同義語であった。寄りにもよって、この場に一番居てはいけない人間が現れたのだから。
「迎撃はいかが致しますか? 撃ちますか?」
砲撃関係の指揮官である砲術長が尋ねて来る。艦長も「ダイ・ゼン様」と催促する。彼等が動揺をするのも無理はない。相手は敵対行動を取ってるとはいえ、主君である星大名ウォーダの一族なのだ。
“ぬうう…面倒な時に”
胸の内で苦り切って呻くダイ・ゼン。しかしすぐに気を取り直して、考えを巡らせた。
“―――いや、これは千載一遇の機会やも知れんぞ。ここはミノネリラ宙域、ノア姫さえ捕らえてしまえば、ここでナグヤの小せがれを抹殺しても、あとは―――”
ところがノヴァルナの方には、そのような葛藤などありもしなければ、ダイ・ゼンの考えがまとまるのを待ってやる義理もない。『センクウNX』でキオ・スー艦隊に一気に迫ると、追い抜きざまに超電磁ライフルを乱射した。ガガガン!!という、激しい震動がダイ・ゼンの乗る旗艦を包んで、相当数の乗員を床に打ち倒す。
悲鳴と怒号が交差する艦橋で、ダイ・ゼンは叫んだ。
「おのれ、撃て! 撃て!!」
キオ・スー艦隊の迎撃砲火がようやく開始されるが、明らかに遅い。幾筋ものビームが『センクウNX』に襲い掛かるが、ノヴァルナはスルスルと余裕を見せて回避する。さらにマーディンとランも隙を見せたキオ・スー艦隊に、ライフルをつるべ撃ちに浴びせた。
ノヴァルナ達三機のBSIユニットに襲撃された重巡1、軽巡1、駆逐艦2のキオ・スー本隊は、全艦で警報が鳴り響いた。三機が狙ったのはいずれも艦尾の、エネルギーシールドの効果が弱い重力子放出ノズル周辺である。
ここは宇宙艦艇のアキレス腱とも言える弱点で、特に高機動戦闘を仕掛けて来るBSIユニットの主装備、超高速で放たれる超電磁ライフルの実体弾に対しては脆弱だ。弾丸を喰らったノズルは貫通されて穴が開き、粉々になった破片が火花を散らしながら、銀色の紙吹雪のように星間ガスの空に舞う。
「全艦、重力子出力低下! 速度が落ちます!」
「ぐぬぬ…」
歯ぎしりするダイ・ゼンをよそに、ノヴァルナ達の機体はそのままサイドゥ家の御用船へ直進した。そこに追い討ちをかけるように報告が入る。
「別働巡航母艦部隊より、ナグヤの重巡1及び駆逐艦2から砲撃を受けているとの連絡です!」
「な、なんだと!!」
そう叫んでダイ・ゼンが見開いた目を向ける艦橋の外では、ナグヤの重巡『エキンダル』の砲撃による、黄緑色の曳光ビームが遠くで視界を横切った。巡航母艦のいる辺りだ。護衛の軽巡一隻と駆逐艦が二隻いるが、直接戦闘には使えない母艦を守っての戦いでは不利である。
「母艦は退避。こちらの駆逐艦を回せ!」
ダイ・ゼンは右腕を大きく振って対応策を命じた。そうする間にもノヴァルナ達はダイ・ゼンの艦隊の中をすり抜けて、キオ・スーのBSI部隊へ三機の機体をスクロールさせながら突っ込んで行く。
「101(ヒトマルヒト)、右上方の奴等を押さえろ。102(ヒトマルフタ)は俺の援護だ」
『センクウNX』に乗るノヴァルナはマーディンとランに指示を出し、自らは陽電子鉾(ポジトロン・パイク)を起動させてさらに加速をかける。目指すは狙いを定めた正面のキオ・スーBSIユニットだ。
そのBSIが衝突警報に気付いて振り向いた刹那、ノヴァルナのポジトロン・パイクが両方の大腿部を切断する。機体は爆発しないが、両脚を失った事でパイロットのNNLと連動したバランスの維持機能は著しく低下し、事実上高機動戦闘は不可能となった。
離れた位置にいる別の一機がそれを見てライフルを向けるが、先手を打ったランの援護射撃に頭部を破壊され、これも高機動照準機能を奪われる。
ノヴァルナの戦術は優れたものであった。自分達はBSIユニットで本隊を後方から撹乱し、艦隊は護衛が手薄な巡航母艦隊へ差し向けたのだ。本隊と撃ち合うには戦力不足のノヴァルナ艦隊であっても、砲戦能力は皆無に等しい巡航母艦と、軽巡一隻に駆逐艦二隻なら充分立ち向かえる。
そしてノヴァルナ達は母艦を攻撃されるという、思いもよらない事態に動揺するキオ・スーのBSI部隊を強襲したのだ。
ノヴァルナはランの援護を受けてさらに2機のBSIユニットを戦闘不能にし、マーディンも2機を戦えなくした。それまでのサイドゥ家御用船との戦闘で、護衛のサイドゥ家BSIに4機を撃破されており、キオ・スーBSI隊に戦闘可能な機体はもはや2機しかない。そしてその2機も、マーディンとランにライフルを突き付けられ、武装を全て解除していた。
一方のサイドゥ家御用船と、それを追うキオ・スーの待ち伏せ部隊は距離が縮まらない。頭を押さえる動きを続け、御用船にブラックホールでスイング・バイ出来る加速角度を与えてはいないが、挟撃すべき本隊がノヴァルナ達に足止めを喰らっていては、捕らえられそうにない。
頃合いと見たノヴァルナは、全周波数帯でダイ・ゼン艦隊との通信回線を開いた。同じウォーダ家の軍であるため、星大名の一族たるノヴァルナの認識コードには強制権が与えられている。
「こちらはナグヤのノヴァルナだ。ひけ、ダイ・ゼン=サーガイ。この場は俺が預かる!」
いつもの高慢な物言いに、ダイ・ゼンはこめかみに血管を浮かせて呻くように呟いた。
「なんだと。ナグヤの大うつけが、小癪な…」
確かにダイ・ゼンにとってノヴァルナは主君の一族だが、ノヴァルナのナグヤ家は自分が仕えるキオ・スー家より格下であった。そのキオ・スー家の重臣たる自分が、こんな傍流の小僧ごときに…という怒りが込み上げて来る。
「聞いてんだろ? 壊れたBSIを回収してとっととオ・ワーリに帰れ! サイドゥ家御用船とは俺が話をつけてやる。取りあえずてめーら、今日は見逃してやるがこいつは貸しだからな」
ノヴァルナの言い草を聞いて、マーディンはコクピットの中でため息をついた。どうして我が主君はこう、いちいち相手の敵愾心を煽るような言い方をするんだろう………
「ノヴァルナ殿下」
ノヴァルナの『センクウNX』のコクピットにダイ・ゼンから映像付きの返信が入る。
「おう、ダイ・ゼン。久しぶりだな。顔色がわりーようだが、何か悪いもんでも喰ったか?」
とぼけた声で言い放つノヴァルナをダイ・ゼンは睨み付け、呪いでもかけそうな禍々しい口調で応じる。
「宗家の艦隊たる我等に対し、砲火を浴びせるとは、無法にもほどがありましょうぞ」
「ほぉお…“宗家の艦隊”と堂々と言い切るって事ぁ、てめえらの所業は当主のディトモスも、承知の上ってワケだな」
「このような真似をして…ただで済むとお思いか?」
「いいねぇ、その言い方…ふふん、いつでも相手になるぜ」
ノヴァルナはダイ・ゼンの脅し文句を、鼻にも掛けない様子で応える。
「この借りは返しますぞ」
「貸しにしとくって、先に言ったのは俺だぜ」
「………」
ダイ・ゼンは最後、唾でも吐きかけて来そうな顔になり、無言でブツリと通信を切った。その直後に撤退命令が出たらしく、全艦が回頭し、オ・ワーリ宙域の方向へ移動を始める。戦闘不能のBSIユニットも移動可能な機体は自力で、動けない機体は、武装解除された2機が腕やバックパックを掴んで運びだした。
ダイ・ゼンにすれば、もはやここで力押ししても時間的・戦力的に、サイドゥ家の救援部隊が現れた場合、逃げ切れないと判断したのだろう。
撤退していくダイ・ゼンの艦をモニターで監視するノヴァルナの元に、マーディンとランが機体を寄せて来る。
「殿下、よろしいのですか? ダイ・ゼン殿をあのようにあしらわれて」
ランの問い掛けにノヴァルナは「ふん」と鼻を鳴らし、「構わねーさ」と応えた。ダイ・ゼンのやっている事はとどのつまり、先日のイル・ワークラン家のカダールと同じである。他家の領域にコソコソと艦隊を忍び込ませて、同じウォーダの一族に目的を隠匿する。とても理由を公に出来るような話ではあるまい。
そして表面上はともかく、水面下でのイル・ワークラン家とキオ・スー家とナグヤ家、三者の協調体制の崩壊はこれで決定的になった。
「ま! 白黒はっきりさせるには、いい時分だろうぜ」
「は?」
ノヴァルナが声に発した言葉に、マーディンが反応する。
「ウォーダ家の中で、どこが生き残るかをはっきりさせる時期が来たって話さ」
「なるほど」
「…んで、まぁ。俺としちゃあ、ウチの親父を勝たせて、またしばらく遊び惚けさせて頂きたいわけですわ」
だがその直後、状況に異変が起きた………
▶#09につづく
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