銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第6話:暗躍の星海

#07

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 微かに聞こえる非常警報が鼓膜に届き、船の針路を急速に変える振動が、長く美しい黒髪をほんの僅かに震わせる………



 『ルエンシアン』号の最上部にある、星大名や皇国貴族専用の貴賓室をU字に囲む大窓から、ゆったりとしたリクライニングシートに背中を沈めた、後ろ姿のノア・ケイティ=サイドゥは、針路変更で一斉に流れる星の光を見上げた。
 窓の外には『ナグァルラワン暗黒星団域』のガス雲が輝いて宇宙が明るい。白を基調にした貴賓室は床に埋め込まれた間接照明の光のみで、積乱雲のような雄大な星間ガスの塊の発する光の方が強く感じられる。

 そこへ背後から、淡いピンク色のパイロットスーツを着た、容姿がそっくりな二人の若い女性士官がヘルメットを脇に抱えて並んでやって来ると、二人同時にノアに呼び掛けた。

「ノア姫様」

「何事ですか?」

 ノアは振り向く事無く、目の前に操船室から転送された戦術状況ホログラムを浮かばせて、落ち着いた口調で二人に尋ねた。

「は。後方より接近中の何者かが、襲撃行動をとりつつあります。場所をお移り頂きたく…」

「まだここでよろしい」

 ノアは柔らかに拒絶の言葉を口にして、さらに問い質す。

「何者かとは? 敵ですか?」

「おそらく、オ・ワーリのウォーダ家か、オウ・ルミルのロッガ家の手の者かと…」

 ノアの質問に対して、二人の女性士官は交互に答える。

「先日、この近くのオ・ワーリ宙域で、ウォーダ家の部隊が宇宙海賊を討伐したと、聞き及びましたが…海賊の残党の可能性は?」

「その情報は信憑性に乏しく、実はウォーダ家の内紛だったのではないかというのが、情報部の判断にございます」

「それで…船長は船にどのような指示を?」

「はい。左舷前方にあるブラックホールに向かい、その重力場を利用したスイング・バイによってさらに加速。ドルグ=ホルタ様率いる出迎え艦隊との合流を急ぐそうです」

 それらの情報を戦術状況ホログラムに追加入力した後ろ姿のノアは、船が舵を切る窓の外で左側から中央へ移動して来る、ブラックホールに頭を向けた。オレンジ色がかった白いガス雲を纏うようにした黒い穴が遠くに小さく見える。
 この状況に何か思う事があるのか、ブラックホールを真っ直ぐ見据えたまま、ノアは二人の女性士官に静かに告げた。



「わかりました…任せます」



 そしておよそ一時間後。そこに居合わせる全ての人間―――ヒト種も異星人種も、にとって事態は切迫したものとなっていた。



 ナグヤ=ウォーダ家の小艦隊では重巡『エキンダル』と二隻の駆逐艦内に、戦闘態勢を知らせるアラーム音が鳴り響き、各艦の乗員達が持ち場へと急ぐ。

 楔のような形状をした『エキンダル』の艦底部では、仰向けに寝かされた状態でフレームに固定された三機のBSIユニットのそれぞれに、操縦するノヴァルナとマーディンとランが乗り込もうとしていた。ノヴァルナは上位機種のBSHO『センクウNX』、マーディンとランは量産型BSIの親衛隊仕様機『シデンSC』である。
 コクピットのシートに座り、固定ベルトを締め、各システムを素早くチェックしていくノヴァルナのヘルメットに、オープンチャンネルで艦内クルーに情況を説明する、女性オペレーターの声が流れる。

『―――現在、我が艦隊は、サイドゥ家御用船と思われる船を襲撃中の、キオ・スー=ウォーダ艦隊に対し、阻止行動に入りつつある。全艦、砲雷撃戦用意。ダメージコントロール班は各待機位置へ集合急げ。接敵予想時間は5.36分後。繰り返す―――現在………』



  ノヴァルナは、ほんの十分ほど前に自分が言い放った命令で、部下達がびっくり仰天するさまを思い出して、「ふふん」と悦に入った表情を浮かべた。

「キオ・スー家の奴等を、背後から奇襲する!」

 それを聞いた艦長をはじめとする『エキンダル』の艦橋スタッフは、まるで自分達が奇襲を喰らったような表情のまま体を凍り付かせ、マーディンとランは“見学と言っておいて、結局これだよ…”とばかりに、肩を上下させるほど大きなため息をついたのだ。周囲にこういった反応をさせるのがノヴァルナの、自分自身も認める真骨頂である。

 確かに後背を突けば、圧倒的に不利な戦力のノヴァルナ達でも、その戦力差を覆す事は可能であろう。だがしかし根本的に、なぜわざわざこちらから敵対するサイドゥ家の御用船を救援し、同じウォーダ一族の艦隊を襲撃しなければならないのか?

 すでに一度念を押しており、どうせろくな答えは返って来ないだろうという顔で、ランがその事を尋ねると、案の定ノヴァルナの返答は「そんなもん、キオ・スーの連中に、ひと泡ふかせてやんのに決まってんだろ!」と、いい加減この上ないものだった。

 とは言え、ノヴァルナにそうする根拠が全くないわけではない。

 このキオ・スー家によるサイドゥ家御用船襲撃が、ウォーダ家全体にとっての戦略的意味を持つのなら、領域警備部隊の演習などと偽らずに、ナグヤやイル・ワークランなどに襲撃の目的や意義を連絡、もしくは相談するのが当然であるはずだからだ。

 無論、先日の一件でイル・ワークラン=ウォーダ家は信用を失ったと言えるが、ノヴァルナ達ナグヤ家は公式には今でもキオ・スー家の配下なのである。そのナグヤ家にすら秘密となると、ノヴァルナの性格的に、知った以上は出し抜いてやらずにはいられない。

 『センクウNX』のシステムチェックを終えたノヴァルナは、ヘルメットの通信回線を『エキンダル』の艦長席に繋げた。

「いいな、艦長。そっちの砲撃はあくまでも牽制に留めておけ。キオ・スーの連中が向かって来たら退避しろ」

 通信機の向こうで『エキンダル』の女性艦長は「御意」と短く応えた。ノヴァルナが直率するナグヤ第二宇宙艦隊ならともかく、領域警備部隊の彼女はノヴァルナの傍若無人ぶりに免疫はないはずだが、応答に不満や不安を感じさせないのはさすがプロの軍人らしい。もっとも、息子がいればノヴァルナと同年代であろう女性艦長が、子供のような歳の主君に、いちいち目くじらを立ててもしょうがないと思っているだけかも知れないが。

 続いてノヴァルナは二機の『ホロウシュ』専用BSIと通信回線を繋ぐ。

「マーディン。ラン。発進準備はいいか?」

「マーディン101(ヒトマルヒト)、準備完了」

「フォレスタ102(ヒトマルフタ)、準備完了」

 マーディンとランが各々の符牒を付けて応答して来ると、ノヴァルナは機体のスロットルを上げながら、『エキンダル』の発着艦管制室に通信回線を切り替えた。重力子駆動系の唸りが次第に大きくなる。

「コントロール。こちらN小隊ノヴァルナ100(ヒトマルマル)。発進準備完了」

 そう言って操縦桿を握り直す指先が、パイロットスーツの手袋の中で熱い。一列に並んでオレンジ色の光を放っていた、幾つかのインジケーターが一斉に緑色に変わると、管制室から発進許可の連絡が入る。

「コントロール。シチュエーション、オールクリア。N小隊、発進待機位置へ」

 管制室からの通信に応じ、仰向けに寝かされていたノヴァルナ達の機体は、その下の艦底部が開いて宇宙空間に背中を晒す。すると機体を固定しているフレームが動き始めた。
 フレームは半回転しながら70度の角度に折れ曲がり、開いた『エキンダル』の艦底部から三機のBSIユニットをほぼ直立した状態で吊り下げる。

 全周囲モニターが囲むコクピットの中で、宇宙空間に身を置く形になったノヴァルナは、改めて周囲の光景を見渡した。
 前方に見えるブラックホールに向け、オレンジと紫の星間ガスが視界の下方で激流となって流れており、内部では所々に雷光が輝いている。下手に飲み込まれるとそのまま流されて、超重力の地獄行きになるだろう。それにエックス線とガンマ線の放射量が半端なく多い。機体に穴でも開いて外に放り出されたら、簡易宇宙服のパイロットスーツでは耐えられないはずだ。さらに艦艇より出力の弱い索敵センサーなどにも障害が出るかもしれない。

「二人とも気をつけろ。こいつはいろいろと面倒な戦闘環境だぞ」

「了解しました」

 ノヴァルナは二人の『ホロウシュ』に注意を促した。こういう時は決して、日頃の無軌道で傍若無人な態度を見せない。やがてフレームの固定具と数種類のケーブルが機体から外れ、管制オペレーターが発進を告げて来る。

「コース、クリアー。N小隊、発進どうぞ」

「了解。N小隊、テイクオフ」

 とノヴァルナが応じた直後、『センクウNX』と二機の『シデンSC』は、バックパックに重力子の黄色い光のリングを一瞬、何かの魔法陣のように発生させたかと思うと一直線に飛び出した。
 ノヴァルナはすぐさま、前方のブラックホールの近辺で幾つかの閃光が走るのを視認する。稲妻ではない、爆発によるものだ。

 ヘルメットのスピーカーには、ノヴァルナ達をサポートする重巡『エキンダル』の、戦術オペレーターを務める女性士官からの情報が伝えられる。それは同時にリンクしているコクピット内の戦術ホログラム上にも表示された。

『N100(ヒトマルマル)、こちらコマンドポスト。敵まで誘導する。接敵予想時間はおよそ3分後。確認済みの敵戦力は、重巡2、軽空母1、軽巡2、駆逐艦5ないし6…』

 戦闘中のオペレーティングでは、相手が主君の星大名であっても敬称敬語は不要である。一秒一秒が生死を左右する高速高機動戦闘で、そんな無駄は命取りだからだ。

 ノヴァルナはオペレーターの声を聞きながら、戦術ホログラムで戦場の状況を確認した。ただ『エキンダル』から送られてくる、敵の位置や速度の更新データは画像が荒い。やはりブラックホールに近付いているために、艦からの量子通信が放射線の影響を受けだしているのだ。

 状況はサイドゥ家御用船がブラックホールの周回軌道に入る寸前で、後方から重巡1軽巡1駆逐艦2、前方から重巡1駆逐艦2に挟まれる形である。さらに左上方の離れたところに軽空母1と、それを護衛する軽巡1駆逐艦2がいる。
 ただ御用船はまだ、拿捕されてはいないようだ。針路を変えて敵艦をかわしつつ、天頂方向に回避しようとしている。おそらく相当スペックの高い御用船で、乗員の練度も優れているのだろう。それに船はサイズ的に見て、迎撃用のBSIユニットを搭載している可能性もあり、それが出て来ているのかもしれない。

“なるほど…キオ・スーの奴等は、御用船がスイング・バイ目的でブラックホールに向かうのを見越して、この位置で襲撃を掛けたのか。それでブラックホール付近に待ち伏せ部隊を置いておいて、挟撃したわけだな。てことは、あらかじめ手引きした奴がいるって話だ”

 サイドゥ家側に内通者がいるのは間違いない。そうでなければ、こんな作戦が取れるはずがないからである。おそらくキオ・スーは御用船を拿捕して、そのままオ・ワーリ宙域まで引きずって行くか、目的の人物だけを誘拐するつもりなのだろう。
 いくらオ・ワーリ宙域に近いとは言え、超重力の塊であるブラックホールの近辺で、戦闘を行うのはかなり危険な作戦だ。御用船に乗ってるのが誰かは不明だが、人質としてそのリスクに見合うだけの価値のある人物には違いない。

「だが、なんにせよ―――」

 と、ノヴァルナは自分の考えを口に出した。不敵な笑みに口元が大きく歪む。

「この俺がキオ・スーの奴等の、うわまえをハネてやるぜ!」

 コクピットの全周囲モニターでは、おどろおどろしい星間ガスの塊が猛烈なスピードで次々と過ぎ去っている。前方のブラックホールの付近では、再び爆発らしき閃光が、二つ、三つと輝いた。こちらが距離を詰めている分、先程より強くきらめく。

「001、002。敵の左下方から仕掛ける。俺に続け!」

「了解!」

 恐れを知らぬ若き主君の言葉に、マーディンとランは力強く応えた。


▶#08につづく
 
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