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第6話:暗躍の星海
#06
しおりを挟むノヴァルナ率いる小艦隊がDFドライヴを終えたのは、二隻の駆逐艦が曳航していた超空間通信検出索を収容してから、二時間後であった。およそ110光年を空間転移した艦隊の現在位置は、ミノネリラ宙域外縁。『ナグァルラワン暗黒星団域』と呼ばれる区域の付近である。
ここはガス星雲の中に複数の中規模ブラックホールが存在する、シグシーマ銀河系の中でも極めて珍しい場所で、複雑な重力場の中を、星間ガスが高速で流れるという航行の難所だった。
このような環境であるから当然、重力場の影響を受けやすい恒星間航行で通過するのは不可能となっており、準光速航行で数十時間かけてブラックホールの間をすり抜けるか、DFドライヴで大きく迂回するかのどちらしかない。
ただDFドライヴには直進しか出来ない欠点があり、これだけ大きな重力場を影響を受けずに迂回するとなると、結果的に到着は準光速航行よりも、大幅に遅れてしまうといった現象が生じる。このために、ここを通過する船は一般的に準光速航行を選択していた。
「ここが『ナグァルラワン暗黒星団域』か。あまり気持ちのいい場所じゃねえな」
背後両側に二隻の駆逐艦を従えた重巡航艦『エキンダル』の艦橋で、DFドライヴ終了後の各科チェックの声が飛び交う中、ノヴァルナは前方に広がる光景をぶっきらぼうに評した。
白とオレンジと紫の星間ガスが、それぞれの色のついた入道雲を幾つも重ねたように湧き立って輝き、所々で川の急流の思わせる激しい流れを見せている。その中で何か所か、不自然なほど真っ黒な穴が大小ポッカリと空いて、その周囲を強い光環が渦巻く…ブラックホールだ。
大質量の恒星の終焉が超重力の塊、吸い込まれれば光さえも脱出する事は出来ない、空間に空いた穴のブラックホールだという事は、恒星間航行技術を開発出来ていない文明でも、ある程度まで発達すれば発見する事象である。そしてヤヴァルト銀河皇国などが使用する超空間転移の際のワームホールは、この構造を応用したものだ。
ただし、超空間転移用のワームホールは超高密度圧縮した重力子を空間投射して、恒星間の長距離をショートカットする異次元のトンネルを一時的に作るもので、ブラックホールとは構造が少し異なる。
ノヴァルナはNNLの天文アーカイブを立ち上げ、この星団域のデータを呼び出した。目の前に戦術ホログラムとはまた違った表示をする、『ナグァルラワン暗黒星団域』の立体画像が浮かび上がる。ブラックホールは元は恒星であって、そこには当然周回する惑星があったはずだが、吸い込まれたか崩壊したかで、現在は星間ガスしか映し出されていない。
“ブラックホールの数は七つか…重力場影響域はおよそ12×3光年。ロッガ家との中立宙域の端のミノネリラ宙域側を塞いでる形だな。戦略的要衝ではあるが、なんだってキオ・スーの奴等はこのタイミングで艦隊を侵入させやがる…”
するとその時、『エキンダル』の通信士官が報告の声を上げた。
「ビーコンのものらしき信号電波を感知。方位022度マイナス13。発信距離を特定中」
すぐさま艦橋内に浮かぶ戦術ホログラム上に、今の情報が追加される。『エキンダル』から進行方向やや右下に向け、黄色い光のラインが伸びて行き、やがてその途中で光点が輝いた。
「距離特定。感知地点距離6万2千。目標は移動している模様」
「ビーコンだと?」
訝しげな目を向けるノヴァルナ。敵対するサイドゥ家の領域に侵入しておいて、キオ・スー艦隊がわざわざ、自分たちの位置を知らせるような真似をするとは思えない。
「サイドゥ家の哨戒プローブの類いだと思うか?」
ノヴァルナに尋ねられたマーディンは、「いいえ」と首を振って否定する。領域警備の哨戒プローブであるなら、信号など出すはずもなく、こちらも先にセンサー波を逆探知しているに違いないからだ。
「だよな…よし、行ってみるか。艦長―――」
そう言ってノヴァルナが振り向くと、艦長はすぐに反応して航宙士官に命令する。双方が超高速で移動する宇宙空間ではこういう場合、航法に関する命令伝達は迅速さが肝要である。
「ただちに航路計算。最短距離で向かう」
そして艦長は、ノヴァルナに向き直って許可を取った。
「念のため、全艦第二種警戒態勢を取ります。よろしいですか?」
「おう。任せる」
軽い口調で応じたノヴァルナは、マーディンとランに告げる。
「俺達もパイロットスーツに着替えとくか。行くぞ、おまえら」
サイドゥ家外宇宙御用船『ルエンシアン』号の、楕円形をした操船室では、突然発生した異常事態に乗員達が慌ただしく動いていた。
「信号の発信場所はまだ判明しないのか!?」
船長が白髪混じりの眉をしかめて、部下に尋ねる。
「現在、新たに反応のあった第三船倉に保安科員が向かっています!」
皇都惑星キヨウを離れ、数日かけてようやくミノネリラ宙域に帰り着いた途端、船の位置を知らせると思われる、強い信号電波が船内から発せられだしたのである。
しかも船内スキャンで発信位置を特定し、保安科の乗員が向かってもその先には何もなく、ダミーであったと知るだけだった。この事から、信号の発信は機械的な障害とは違う、何者かの仕業であると思われる。
しかもそれに呼応したらしい、船に接近して来る複数の物体が、オペレーターの覗くセンサー画面に出現した。
「船長、長距離センサーに反応です! 探知方位148度プラス21、距離4万。高速で本船に向け接近中! 遭遇までおよそ15分」
オペレーターの報告に、船長は鋭い視線を送って問い質す。
「IFF(敵味方識別装置)の反応は!?」
「ありません!」
状況はどう考えてもこちらに対する敵対行動であった。
「出迎えの艦隊とのランデブーポイントまでは、どれくらいか!?」
「あ、あと二時間は掛かるかと…」
報告するオペレーターの声が動揺を隠せない。それと対照的に船長は即座に決断して、命令を下した。星大名家の御用船となれば、船長は軍出身で大型宇宙艦の艦長経験者である場合がほとんどだ。
「針路変更350マイナス10。速力最大。進行方向のブラックホールをスイング・バイして、さらに加速をかける。出迎えの艦隊に救援信号急げ」
『ルエンシアン』号はサイドゥ家の外宇宙御用船の中でも、最大の一等御用船だった。全長は約300メートルと重巡航艦クラスで、速力、防御力もそれに準じている。そして重巡よりは劣るが、この時代のヤヴァルト銀河皇国に登録された公用船に許可される最大限ギリギリの、軽巡航艦程度の戦闘力を有していた(ただし宇宙魚雷は装備出来ない)。
針路を変更し、左舷やや下方に向きを変え始めた『ルエンシアン』号で、船長はさらに命令を続ける。
「第一種警戒態勢。合戦に備え!―――それと、ノア姫様に状況を説明して差し上げろ」
▶#07につづく
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