銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第6話:暗躍の星海

#05

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 ノヴァルナとマーディン、それに女『ホロウシュ』のラン・マリュウ=フォレスタを乗せた、ナグヤ=ウォーダ軍『ヴァルゲン』型重巡の『エキンダル』は、駆逐艦二隻を引き連れ、暗黒の宇宙を突き進んでいた。

 『ヴァルゲン』型重巡は速力に重点を置いたタイプの艦で、この場合の速力とは通常空間における準光速航行だけでなく、恒星間航行のDFドライヴの一回の転移距離と次の転移までの重力子チャージ能力の高さも含んでいる。つまり、超空間転移ゲートを使用せずに目的地まで向かう場合に、有利になるタイプの艦であった。ただその分、通常の艦隊型重巡に比べて攻撃力と防御力が劣っており、打撃部隊より領域警備部隊や強行偵察部隊に編入されている事が多い。
 実際、今回のノヴァルナの思いつきによる無茶な出動に対応出来たのも、『エキンダル』が領域警備艦隊のスクランブル出撃シフトで待機していたからだ。



「―――いや、だからな」

 ノヴァルナは左背後に従うマーディンを肩越しに振り返って話しながら、ずかずかと『エキンダル』の通路を艦橋に向かっていた。右側にはランも従っている。

 今日のノヴァルナの着衣は真紅のジャケットに紫のTシャツと、ゼブラ柄の七分丈パンツに緑のラメのスニーカー。そして両耳には金のピアスと派手であった。通路で通り過ぎる兵士達が、ノヴァルナの奇妙ないで立ちに気を取られ、“どこのアホだ?”と眉をひそめるが、それが自分達の主君だと気付いて、慌てて直立不動の姿勢を取る。
 自分の不遜な態度を咎められるのではと、おののく兵士。しかし当のノヴァルナは気にするふうもなく、マーディンと話し続けていた。

「モルタナねーさんにシズマ恒星群から、真珠貝の稚貝を持って来させるのさ」

「しかしこちらが命令して、ガルワニーシャ重工にシズマパールの加工・販売部門まで作らせるのは、些かやりすぎだと思いますが…」

 困惑するマーディンに、ノヴァルナは無頓着な口調で言葉を返す。

「構わねーだろ。奴等とは一蓮托生、癒着万歳。散々儲けさせてやってるんだし。それに奴等も商売人だってんなら、一度作っちまった以上は儲かるように努力するさ」
 そう言ううちに一行は艦橋に辿り着き、ドアが自動的に開いた。中に踏み込んだノヴァルナを『エキンダル』の艦長が席を立って出迎える。四十代前半の真面目そうな女性士官だ。

「殿下」

 艦長は頭を下げてノヴァルナに席を譲ろうとするが、ノヴァルナは掲げた手を軽く振って「いや、いい」と断った。そして席に座り直す艦長の横で、立ったまま腕を組んでふんぞり返る。

「んで、状況は?」

 尋ねるノヴァルナに、艦長は自分の席のコンソールを操作して、戦術状況ホログラムを立ち上げた。周辺の宇宙地図が立体的に浮かび上がり、自艦の位置とそれを取り巻く恒星系、そして薄いベールのようにオ・ワーリ宙域と中立宙域の境界が投影される。見る限り恒星系には固有名詞の名称がなく、先日のMD-36521星系のようにカタログナンバーでしか表示されていなかった。

「間もなくキオ・スー家が通達している演習地ですが…艦隊らしきものの反応はありません」

 艦長からそう聞かされてもノヴァルナに驚いた素振りはない。ノヴァルナ自身が最初からこのキオ・スー家の演習を怪しんでいたからだ。

 艦長の報告に短く「そっか」と応えたノヴァルナは、両側背後に立つ二人に問い掛ける。

「マーディン、ラン。どう思うよ?」

「おそらくキオ・スー艦隊が、こちらの方向に来ている事は間違いないでしょう。公式の演習であるならウォーダ家全体への、情報の公開と共有が義務づけられています。それを通達と全く別方向へ行ったとなると、我々以外に怪しむ者も現れるでしょうし」

 マーディンがそう言うと、ランも概ね同意の様子だった。

「はい。それに意味もなくこの中立宙域付近を、演習場として通達したとは思えません。もっと目立たない区域など幾らでもありますので」

「要は、この辺りに来るだけの理由があるという事だな―――」

 ノヴァルナは二人の意見に頷いて、艦長に向き直ると指示を出す。

「よし艦長、二隻の駆逐艦に下令。超空間通信検出索を放出し、キオ・スー艦隊の超空間通信反応を調査せよ」

 「御意」と応じる艦長。臨時編成の小部隊であるため、『エキンダル』の艦長が二隻の駆逐艦の指揮も合わせて執っているのである。

 その命令が伝達されると、やがて二隻の駆逐艦の艦尾からワイヤー状の装置が伸びはじめた。それは直径が30センチほどで、3メートルごとに可動式の接合部があるセンサーだった。それが次々と艦尾の放出口から放たれ、ついには千メートル以上の長さになる。

 このワイヤーのような装置がノヴァルナの言った『超空間通信検出索』という、いわば超空間通信の傍受機であった。
 超空間通信は極めて指向性の強い量子通信の一種で、恒星間航行と同様のワームホールで空間に穴を開け、受信側に向けてピンポイントで発信される。『超空間通信検出索』はその発信者と受信者の間の亜空間に網を投げ、通信の痕跡を拾い上げるという仕組みだ。
 そして今回はキオ・スー艦隊と、本拠地である惑星ラゴンの間の通信を拾うのが目的である。指向性の強い超空間通信であるから、この辺りでラゴンから発信された痕跡を見付ける事が出来れば、その痕跡が向いている方向の先にキオ・スー艦隊がいるはずだった。

 検出索の長い尾を曳いた二隻の駆逐艦は左右に分かれて進んでいく。検出索は本体部分が白く発光するため、まるで無数に繋がった蛍光灯を引っ張っているように見える。

 左右に分かれた駆逐艦はぐんぐん速度を上げて遠ざかり、超空間通信の痕跡を探る範囲を広げていく。ただそうは言っても即座に見つかるものでもなく、ノヴァルナはすぐに退屈になって、戦術ホログラムを眺めたまま、大きなあくびをした。そしてマーディン達と雑談を始める。

「そういや、セルシュの爺。今回はえらく大人しかったな。勝手に出掛けるのを、いつもみたいに怒鳴りだすかと思ったんだが」

「実はセルシュ様は、ヒディラス様とともに、前回のノヴァルナ様のイル・ワークラン家への仕置きを、高く評価しておいでなのです」

「へ?…そうなのか?」

 マーディンの言葉を、思いも掛けない…といった様子で、ノヴァルナはランに向き直る。ランは軽く頷いて、マーディンの言った事が正しい旨を告げた。

「たぶん、先日の一件の経緯を把握されたあのお二人は、これからはある程度までノヴァルナ様のお好きにさせてもよい…と思われるようになられたのでしょう」

 それに対し、ノヴァルナは口元を歪めてぶっきらぼうに言い放つ。

「ある程度までねぇ…しかしまぁ、あれぐらいで俺を認めちまうたぁ、甘い甘い。親父も爺も、ヤキが回ったもんだぜ!」

 憎まれ口を叩くノヴァルナに、マーディンとランは苦笑いを浮かべる。それでも確かに、先日の傭兵部隊によるキオ・スー城奇襲攻撃を未然に防いだ事から始まり、クーギス家残党と協力して、不当な扱いを受けていた水棲ラペジラル人を助け、イル・ワークラン=ウォーダ家とロッガ家の密約を破綻させた一連の活躍は、父親のヒディラスと後見人のセルシュに、ノヴァルナがいつも傍若無人な振る舞いを見せているのは、ただ単に暴れ回っているだけではなく、それなりの思惑があっての事なのだと実際に知らしめる機会になったのは間違いない。

 するとそれからしばらくして、『エキンダル』艦橋の通信士官が、亜空間スキャニング中の駆逐艦からの連絡を読み上げた。

「二番駆逐艦より報告“検出索に感あり。方位、我より018度マイナス7。指向先、006度プラス16。過去一時間以内に送信の模様”以上」

「006度プラス16? どの辺りだ?」

 ノヴァルナは超空間通信の痕跡との位置関係を頭に描くのを面倒臭がり、キオ・スー艦隊の予想位置を『エキンダル』の艦長に尋ねる。

 艦長がコンソールを操作すると、戦術ホログラムの宇宙地図上に検出座標が現れた。そこから伸びた光の矢印が、キオ・スー艦隊が受信した可能性の最も高い位置を示し出す。そしてその位置からまるで台風進路の予想円のように、だんだん大きくなる色違いの球が四つ伸びて行き、キオ・スー艦隊の予想進路が追加された。

 その予想進路を見たノヴァルナは、紫がかって左側にピンク色のメッシュの入った、長めの頭髪に指先を掻き入れ、眉をひそめる。

「おい…こりゃあ、ミノネリラ宙域に入っちまうじゃねーか」

「そのようですね」

 ノヴァルナの言葉にマーディンも怪訝そうな口調で同意した。確かに、画面上のキオ・スー艦隊の予想進路は、オウ・ルミルとの中立宙域を斜めに突っ切り、最後はミノネリラ宙域にまで達している。
 ノヴァルナは軽く首を傾げて自分のNNLを立ち上げ、キオ・スー家から通達された演習艦隊の編成を確認した。艦隊司令はキオ・スー家の重臣、ダイ・ゼン=サーガイ。重巡航艦2、巡航母艦1、軽巡航艦2、駆逐艦6の、領域警備部隊の編成としては、かなり攻撃力が高い組み合わせだ。特に巡航母艦とはやや小型の打撃母艦で、水上艦艇では軽空母に分類される艦種であり、BSIユニットを12機前後まで運用する事が出来る。機動戦闘重視の編成と言っていい。



“指揮官のダイ・ゼンはキオ・スー家の重臣…奴がわざわざ、こんな小部隊の演習に出張って来るはずもねぇし、ミノネリラ宙域に侵攻するような戦力でもねぇ―――だとすれば、何だ?”



「いかが致しますか?」

 艦長がノヴァルナに問い掛ける。

「あとを追う」

 ノヴァルナは即答し、マーディンとランは“やっぱり”とばかりに小さく息をついた。その上でランは、念を押すように尋ねる。

「ミノネリラ宙域に踏み込みますし、万が一キオ・スー艦隊と戦闘になったら、圧倒的に不利ですが、構いませんね?」

「戦闘~? 俺達は見物に行くんだぞ。見物に」

 すっとぼけ顔で言い放つノヴァルナにマーディンは苦笑を浮かべた。

「では、艦長。お願いします」

 ランの言葉に「了解しました」と艦長は応じ、各部署に命令を発する。

「キオ・スー艦隊への追跡針路を算出。駆逐艦に検出索の収容を指示せよ。検出索収容後、艦隊はDFドライヴを行う」

 その声に、ホログラムを見詰めるノヴァルナの不敵な笑みは大きくなっていた………



▶#06につづく
 
  
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