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第5.5話:波紋
#03
しおりを挟むそしてここに、ノヴァルナの資質を最も早く見抜き、恐れる者がいた――――――
■スルガルム/トーミ宙域国星大名、イマーガラ家本拠地、
スルガルム星系第四惑星シズハルダ、スーン・プーラス城。
大小三つの月あかりの下、短い一生の儚さを響きに込めるように途切れなく細々と鳴く、晩秋の虫の囲む館が、夜半を迎えたスーン・プーラス城の敷地の一角にある。
その部屋は細く長い草を干したもので編んだ、質素な敷物で床が覆われていた。古びた香炉から立ち上る微かな紫煙が、清涼感のある香りと共に、明かりを控え目にした部屋に漂う。
館の主はセッサーラ=タンゲン。イマーガラ家の宰相で総参謀長、当主ギィゲルト・ジヴ=イマーガラの右腕であり、師父であり、今日のイマーガラ家の繁栄を築いた人物である。
神話に登場する東洋の龍を思わせる風貌をした高齢のドラルギル星人で、遠望深慮に富み、勇猛果断な戦略戦術は時として、敵味方を問わず冷酷非情ですらあった。
タンゲンは胡坐をかいて座り、黒檀製で長方形をした机の上に浮かぶ、三つのホログラム画面の内の一つを見詰めていた。
三つのホログラム画面―――一つは二週間前のMD-36521星系の戦いに関する経緯を、イマーガラ家諜報部が纏めた報告書。もう一つは現在のノヴァルナ・ダン=ウォーダの動向。最後の一つは次の計略と、その後の作戦についての戦力の展開状況である。
タンゲンが目を通していたのはMD-36521星系の戦いの報告書だった。ノヴァルナ自身にどの程度自覚があるかは不明だが、その行動の結果が皇国中央部の勢力図に、何らかの影響を及ぼすのは必至と思われる。
イマーガラ家も古来から有力な皇国貴族の家柄であり、オーニン・ノーラ戦役の際は、スルガルム宙域が戦火を逃れた貴族の疎開地となった事から、無関係ではいられなくなる可能性も、考慮しなければならないだろう。
“あのうつけめ、またもや余計な真似を………”
タンゲンは報告書を読み終えると胸の内で毒づいた。他家と同じくノヴァルナを“うつけ”と称するタンゲンだが、それは他家と違って侮りや慢心から来るのではなく、この若者を認めた上での、強い警戒心を伴う言葉だ。
皇国歴1512年、前当主とその次期当主の劇変病原体性免疫不全(SCVID)による、連続逝去が引き起こしたイマーガラ家中の内戦―――ハンナ・グラン戦役に勝利し、当時まだ少年であったギィゲルトを新たなイマーガラ家当主に据えたタンゲンは、その後カイ宙域星大名のタ・クェルダ家、サガルミス宙域星大名ホウ・ジェン家との間で、三国同盟を取りまとめて後背を盤石とする。
そしてタンゲンは内政を充実させる一方、隣国ミ・ガーワのトクルガル家に積極的に干渉してこれを属国化すると、銀河皇国中央部へ進出を図って、オ・ワーリ宙域のウォーダ家と争うようになったのである。
そのタンゲンが驚嘆したのが、ヒディラス・ダン=ウォーダ率いるナグヤ=ウォーダ軍がミ・ガーワへ侵攻して来た際、ヒディラスの嫡子ノヴァルナが初陣で出撃して来る事を知り、これを捕らえて交渉の人質とするための罠を張った時だった。
植民惑星キイラの住民五十万人を焼き殺し、その惨状を初陣のノヴァルナに見せ付け、戦意を奪って捕らえる計略は、報告映像でも護衛のBSIユニットがほぼ全滅し、ノヴァルナの機体も恐怖に身をすくめたようで、上手くいくと見えた。
だがその直後、タンゲンも思いも寄らない事が起きる。突如動き出したノヴァルナのBSHOが、まるで悪魔にでも魅入られたかのような機動で、取り囲んだイマーガラ軍のBSIを悉く撃破していったのだ。
この時の、鬼神の如きノヴァルナの戦闘力と、精神力の強さにタンゲンは目を見張り、同時に心胆寒からしめた。
“この若者…いずれ我がイマーガラにとって、大きな災厄となる!”
そう直感したタンゲンはその日以来、ノヴァルナ・ダン=ウォーダと、ナグヤ=ウォーダ家を潰す事を最優先事項として策謀を巡らしている。そのためならナグヤ家と不仲な、宗家のキオ・スー家との裏取引すら辞さない。ナグヤ家さえ潰せば、あとのキオ・スー家やイル・ワークランなどの一族は、タンゲンからすれば各個撃破は容易いものだ。
ただ老獪な軍略家のタンゲンにしては、焦りを感じない事もない。それはタンゲンとノヴァルナの年齢差に起因していた。タンゲンの齢は七十半ば、もはや第一線に立てる残り時間は、現実的にそう長くはない。
それに比してノヴァルナはまだ十七歳。残り時間が少ないタンゲンからすれば、十年、二十年といった尺度で戦略を練る余裕はないのである。
自分が健在なうちに、イマーガラ家の覇権を確立しておかねば!―――
ふと何かを閃いたタンゲンは、NNLのホログラム画面の通話回線を立ち上げる。黒檀の机の上に、通話用のホログラム画面が小さく浮かんだ。幾つかの数字を入力するとイマーガラ軍の臙脂色の軍服を着た、諜報部担当官が姿を現す。
「お呼びでしょうか?」
尋ねる担当官に、タンゲンはしわがれた声で応じた。
「うむ、夜分に済まんな。イル・ワークラン=ウォーダ家の担当課長を、ここへ寄越してくれ。あと、ミノネリラのサイドゥ家の課長も。謹慎中のカダール=ウォーダと、サイドゥ家長男のギルターツに繋ぎを取りたい」
打てる布石は全て打っておく。場所も時間も関係はない。自分の今いる場所は夜中でも、同じ星の裏側や、別の惑星の目的を果たすべき地は昼間だったりするのだ。
「かしこまりました」と返答する担当官に、タンゲンは「それから―――」と続ける。
「サイドゥ家のノア姫はどうか?」
「今のところ、予定通りです」
「あと二週間だな。大事に関わる事だ、何かあった場合はすぐに知らせよ」
諜報部担当官への連絡を終えたタンゲンは、ノヴァルナの動向を知らせるホログラム画面に指先で触れ、スクロールさせた。幾つかの画像が滑っていき、やがて一枚の顔写真で止まる。それは現在、キオ・スー=ウォーダ家の惑星ラゴンで暮らす、金髪碧眼の温厚そうな顔をした少々ふくよかな体の少年―――イェルサス=トクルガルだ。
タンゲンはその画像を眺め、小さく呟いた。
「オ・ワーリ征服。まずはトクルガル家からだ………」
一方その頃、周辺諸侯にまで存在が波紋を広げ始めた、当のノヴァルナは―――
「おいイェルサス! 早く釣り上げろって!」
「さ、竿が重くって…」
「そんだけ大物だって事だろ! 噂の大蛇かもしんねーぞ! 俺も手伝ってやるぜ!!」
「ああッ、ノヴァルナ様の竿も引いてますですよ!」
「なんだと!? そっちは任すぜ、キノッサ!」
「そんな急に言われても!」
「もう駄目だよ! ノヴァルナ様~!!」
「バカ、弱音吐くな!」
「ちょちょちょ! あぶないあぶないあぶない!!!!」
「でえぇっ! てめキノッサ、なにしやが―――」
イェルサスの住む別荘近くのダクラワン湖に、盛大な水柱と波紋を広げていた………
【第6部につづく】
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