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第5.5話:波紋
#01
しおりを挟むノヴァルナ・ダン=ウォーダがMD-36521星系から帰還して二週間後―――
ノヴァルナによって崩壊させられた、ベシルス星系第六惑星サフローにおける水棲ラペジラル人の売買は、それに関係する者達にとってそれぞれに影響を及ぼし始めていた………
■オウ・ルミル宙域国、星大名ロッガ家本拠地、
オウ・ルミル星系第二惑星ウェイリス、クァルノージー城。
ジョーディー=ロッガは太い眉の間に深く皺を寄せ、まるで歯痛でも患っているように、神経質に舌打ちを細かく繰り返した。恰幅のいい体を椅子に収めた執務室の机の前では、厚手のカーテンが大窓からの光を遮る暗がりの中、ホログラムのグラフがひときわ鮮やかに折れ線を描いている。
途中までほぼ右肩上がりであったグラフは、途中で不意に横這いとなっており、その先の予想個所ではむしろ緩やかに下降している。それがオウ・ルミル星大名ジョーディー=ロッガの機嫌を損ねている原因だ。
「惑星オクシアの抽出プラントの『アクアダイト』産出量が上がらねば、求められている数の重力子抽出モジュールを納入する事は叶わぬ…弱ったものよ」
愚痴をこぼすジョーディーに、傍らの四十代と思われる二人の家臣がため息混じりに頷く。
「しかし事情がはっきりせぬ限り、水棲ラペジラル人の移送再開の目途すら立てられませんぞ」
一人の家臣がそう応じると、もう一人が腕組みをして意見を述べた。
「ううむ…やはり、派遣艦隊司令のベルカンが戦死したのが痛いな。ここまでの損害を出して、ウォーダ側の言い分を全て信用しろと言うのは、無理な話…」
二人が話題に乗せたのは、先日のノヴァルナ・ダン=ウォーダとクーギス家残党の仕組んだ計略に嵌り、惑星サフローを中継して行っていた、シズマ恒星群に住む水棲ラペジラル人の強制移住が壊滅的打撃を受けてしまった事件である。
NNL(ニューロネットライン)のニュースサイトで生中継された戦闘の状況は、ロッガ家側も受信しており、自分達が宇宙海賊の討伐のために派遣した艦隊が、なぜかその宇宙海賊の汚名を着せられて撃滅されるという、悪夢のような映像を見せ付けられたのだ。
しかもその中継では、ウォーダ側の協力者であるはずのカダール=ウォーダが、海賊撃滅の英雄として称賛されており、もはや全く理解出来ない状況となっていた。
この事態にロッガ家は秘密裏にイル・ワークラン=ウォーダ家と連絡をとり、説明を求めたのだが、ナグヤ=ウォーダ家のノヴァルナが企んだ事である以外はまるで要領を得ない。
そして派遣艦隊司令のコバック=ベルカン准将が戦死してしまったために、残存艦隊からも有用な報告が上がって来ないのである。指揮下にあった駆逐艦が一隻だけ生き残っているが、状況に振り回されていただけの艦長では、全体の経緯を説明するのは不可能と言うものだった。
ベルカンの逃走を許さなかったノヴァルナの、恐るべき思惑であった。混乱した状況の結果、一方でロッガ家は司令官が戦死し、一方で協力者のカダール=ウォーダは英雄として称賛される…双方が営利目的のみで手を組んだだけの関係で、これでは潜在的な不信感が生まれて、修復に時間を要するようになるのは間違いない。
しかもノヴァルナが手を回したのはそれだけではない。物理的にも早期の水棲ラペジラル人移送再開は不可能にされていた。その事をジョーディーの家臣が口にする。
「それにしても惑星サフローの駐屯基地まで制圧され、輸送艦まで奪われてしまうとは…ひどいものですな」
するとジョーディーは口をへの字に曲げて不満そうに言い捨てた。
「イル・ワークランの愚かな青二才が、護衛艦隊まで全部連れて行ったからだ」
惑星サフローの裏側に置かれていた護衛艦隊の秘密駐屯基地に襲撃をかけたのは、『クーギス党』に協力していたカーズマルス=タ・キーガー率いる陸戦隊であった。カダール=ウォーダが『クーギス党』を撃滅するため、駐留していた三隻の駆逐艦まで指揮下に組み込んで、星系を離れた事によって、ほとんど無防備となった駐屯基地を奇襲、桟橋代わりにしていた三隻の輸送艦を、補給物資もろとも強奪していったのである。
カーズマルスらが使用したのは宙雷艇一隻であり、もし襲撃当時に駆逐艦が一隻でも残っていれば、少なくとも駐屯基地だけは維持できた可能性もあっただけに、カダールの判断を非難したくなるのも当然だった。
「問題は―――」
そう言って、もう一人の家臣は差し迫った本題に話を戻す。
「―――宰相閣下とハダン・クェザン家への『アクアダイト』供給が、予定数を大幅に下回った場合、対ミョルジ戦の戦力が不足する可能性が高い事です」
家臣が名を出したミョルジ家とは、ナーグ・ヨッグ=ミョルジ率いるアーワーガ宙域国の星大名で、銀河皇国中央のヤヴァルト宙域に隣接するセッツ―宙域とカゥ=アーチ宙域の一部にまたがる支配圏を築いて、星帥皇室や皇国宰相のハル・モートン=ホルソミカと、ハダン・クェザン家らの有力貴族でもある星大名達に、対抗を始めた勢力だった。
ミョルジ家は星帥皇室を籠絡し、腐敗を生み出している宰相ハル・モートンとその取り巻きの貴族を排除する事を大義としている。彼等がセッツ―宙域とカゥ=アーチ宙域に支配圏を獲得するのを許したのも、地元の独立管領達がそれを支持したからであった。
当然、実情は大義だけでなく、ナーグ・ヨッグ=ミョルジ自身の野心に根差している事は、間違いない。しかしまた、そのミョルジ家を支持する独立管領達にも、自分達の栄達を目的にミョルジ家を支持という名目で利用する理由がある。そしてこういった事は、一度歯車が回り始めると止まらないものだ。
ヤヴァルト宙域へ侵攻の気配すら見せるミョルジ家に対し、皇国貴族でもあるロッガ家は同じ皇国貴族のキルバルター家と手を結び、いずれミョルジ家と直接対決するであろう宰相のホルソミカ家やハダン・クェザン家に、領域内で不正産出した『アクアダイト』を供給していた―――それが、シズマ恒星群から水棲ラペジラル人を洗脳、奴隷化してロッガ家に移送する理由であったのだ。
そしてその『アクアダイト』供給量の要求が増加するにつれ、必然的に水棲ラペジラル人の労働力も必要となるわけだが、ノヴァルナの妨害に遭い、今以上の産出は困難となってしまった。
「…これは最悪の場合、我等も中央に派兵する必要が生じるかも知れませんな」
家臣の一人がそう言うと重々しい空気が漂う。口で言うのは容易いが、周囲に敵対勢力がひしめくこの状況での派遣戦力の抽出は難しい。少なくとも中央部への進路を確保するためには、属国でありながら独立を画策する、ノーザ恒星群のアーザイル家と、譲歩的和解をする必要が出るだろう。
いずれにせよ、戦略の大幅な見直しに迫られたジョーディー=ロッガは、腰を下ろした大きな椅子に身を沈め、その原因を招いた生意気そうな若者の顔を頭の中に浮かべると、再び小さな舌打ちを繰り返してと忌々しげに呟いた………
「おのれ、ナグヤの大うつけめ…この借りは忘れんぞ………」
▶#02につづく
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