65 / 422
第5話:逆転! 海賊討伐(後編)
#21
しおりを挟むやがて損害が憎悪を招き寄せ、双方が必死の形相となり、攻撃しつつ中立宙域へ向け逃走を図るロッガ家艦隊を、イル・ワークラン艦隊が本気で阻止しようとし始めた。
実況中継のプリム=プリンはさらに煽り文句を並べ、傍観者である視聴者の書き込みは人々の悪意を文字にして、中継画面に躍る。
「盛り上がって参りました、砲撃戦! 逃げる海賊、追うウォーダ!! 全ての艦が目まぐるしく動き回り、無数のビームが飛び交う中、ナグヤのノヴァルナ殿下に協力した、イル・ワークランのカダール殿下も奮戦中です! オ・ワーリ万歳!! ウォーダ家万歳!!」
いいぞもっとやれ!……ざまぁwww……カダール△!……見ろ、人がゴミのようだ!……
海賊終了www……逃がすな!……ざまぁ!……爆発!……おまえら不謹慎すぎるぞ!……
カダール△!……ここで説教とかwww……綺麗事乙w……カラッポ殿下仕事しろよ!……
そしてカダールは『セイランCV』の超電磁ライフルを撃ちつつ、心の中で叫んでいた……
“どうしてこうなったぁああああーーーー!!!!!!!!”
一方、ノヴァルナ専用戦艦『ヒテン』の艦橋では、プリム=プリンが実況する様子を眺める、『ホロウシュ』のヨヴェ=カージェスの元に、損傷したASGULごと回収されたラン・マリュウ=フォレスタが歩み寄って来た。
「よう―――」
実直な性格だが同期という事もあって、ランに対しては比較的気安い言葉遣いをするカージェスは、振り向いて白い歯を見せる。
「――おまえにしては珍しくやられたな。やはり旧式のASGULでは、勝手が違ったか?」
「まあ、そんなとこだ―――」
応じるランもカージェスに対しては、あまり女性らしさを感じさせない口調であった。
「―――そんな事より、いいのか? この艦は攻撃に参加しなくて」
ランが言っているのは、戦艦『ヒテン』がこの星系に到着して、実況中継を始めたきり、敵の艦隊の逃走針路を妨害する程度の行動しかしていない事への疑問だった。するとカージェスは肩をすくめて応じる。
「無理言うな。この艦が整備でドック入りする予定だったのは、おまえも知ってただろう。艦長は不在だし、乗員も半舷上陸で半数しかいない。こんな状態で戦っても、敵の駆逐艦の魚雷のいい的になって破壊されるのがオチだ」
ひどい話である。巨大戦艦『ヒテン』は、実は戦えるような状態ではなかったのだ。ノヴァルナが旅行に出かけるのに合わせたわけではないが、精細な整備を行うためのドック入りが予定されていたため、艦長を含む乗員の半数がすでに『ヒテン』を離れており、一部の火器システムも停止してロックされてしまっていた。
ノヴァルナはそれと知った上でカージェスに、『センクウNX』とNNL放送局のスタッフ達を緊急で『ヒテン』に乗せ、MD-36521星系に来るよう命じたのだった。
その目的はカダール達に対するブラフ―――つまりハッタリだ。ナグヤ第二艦隊の旗艦が直々に参戦する事で、その圧倒的戦力差でもって戦場の主導権を完全に掌握しようという、ノヴァルナの算段であった。
ただしその目論見が図に当たったからいいようなものの、もしも敵からイチかバチかの一斉攻撃を受けた場合、今の艦の状況ではまともに対処出来ないのは確実で、そうであれば下手に手出しするわけには行かない。カージェスは訝しげな顔でさらに言葉を続ける。
「それが分かっていて、この艦に参戦しないのかとは…さてはフォレスタ、今の状況はノヴァルナ様の思惑通り、というわけではないのだろう?」
詳しい作戦内容など知らされておらず、とりあえず指示通りに急行して来たカージェスだが、さすがにノヴァルナの腹心の一人であって、この戦場の様子がノヴァルナの思惑通りに進んでいるのではない事を見抜いていた。
そもそも今回のノヴァルナの作戦の初期構想は、立ち上がりの宇宙魚雷を使った奇襲戦法で、カダールらの出鼻を挫き、防戦一方にさせておいたところに『ヒテン』が出現して詰み。降伏現場に実況中継を立ち会わせ、イル・ワークラン=ウォーダ家とロッガ家の密約を公共電波に暴露する…というものであったのだ。それが魚雷による奇襲の効果が薄かった上に、『クーギス党』の根拠地母船『ビッグ・マム』の推進機関が故障を起こし、敵に捕捉されてしまったため、このような混乱した展開となったのである。
「…ま、まあ。そういう事だな」
カージェスに鋭く指摘され、ランは少しバツが悪そうに視線をそらして肯定した。しかしながら同時に、ノヴァルナの臨機応変さにも感嘆せざるを得ない。『ビッグ・マム』の故障までは想定外だったが、それまでの状況の変化には充分対応出来ていたからだ。
するとランと同じ艦橋で実況を続けているプリム=プリンが、何かに気付いて不意に声のトーンを上げる。
「あっ! いま一番大きな海賊船に稲妻が走りました。これはどういう事でしょう!」
プリンが気付いたのはベルカンの乗る軽巡航艦であり、重巡『ジルミレル』のさらなる主砲射撃を浴びて、エネルギーシールドを消失したのだ。そこにイル・ワークラン駆逐艦のビーム砲撃が複数命中して、艦舷を食い破り、速度を低下させた。その光景を見たカダールは口元を歪め、胸の内で部下達を罵る。
“バカ者! やり過ぎだ! ベルカンは逃がせ!!”
今後のロッガ家との和解のためにも、ロッガ側の指揮官であるベルカンには生き延びてくれた方がいい。そう思って手加減をしていたカダールだったが、通信回線をノヴァルナの『ヒテン』に握られている以上、口に出して指示は出来ない。
とその時、カダールの『セイランCV』の傍らを、ノヴァルナの『センクウNX』が最大戦速にまで加速して、真空の闇の中を猛然と疾走して行った。その先にいるのは、損害を受け、速度が急激に落ちたベルカンの軽巡航艦だ。
「さればカダール殿、助太刀致しましょうぞ!」
白々しい声で通信を入れるノヴァルナに、カダールは思わず声に出して引き留める。
「まっ! 待て! いかんノヴァルナ殿ッ!!」
しかしノヴァルナは聞く耳を持たない。ベルカンの軽巡航艦では警報が鳴り響く。
「敵機接近!…BSHO『センクウNX』です!!!!」
悲鳴に近い声で報告するオペレーター。
「迎撃しろぉおおお!!!!!!」叫ぶベルカン。
軽巡からの迎撃砲火が『センクウNX』を狙って交差する。だが『センクウNX』はその左のショルダーシールドに描く家紋の揚羽蝶のように、ひらり、ひらりとビームをかわして、距離を詰めて行った。軽巡を追い抜きざまに超電磁ライフルを連射し、迎撃火器を潰すと、艦の前方に出てポジトロン・パイク(陽電子鉾)を起動させ、身構える。
「何をやっている! 撃て!」と蒼白な顔で命じるベルカン。
「げッ…迎撃用の火器は潰されました!」とオペレーター。
「主砲があるだろう!!!!」
もし対艦艇用の主砲で『センクウNX』を狙ったとしても、命中する可能性は相当低い。そしてベルカンがそれを検証する事は不可能だった。主砲射撃を命じた直後、『センクウNX』のポジトロンパイクがベルカンごと艦橋を貫いたからだ。
ノヴァルナの『センクウNX』がポジトロン・パイクを引き抜いて離脱すると、ベルカンごと指揮中枢が蒸発したロッガの軽巡航艦は、よろめくような挙動を起こしたものの爆発はせずに、航行を続ける。
するとベルカンの仇とばかりに残存する三隻の駆逐艦が、宇宙魚雷をイル・ワークラン艦隊に向けて発射した。その直後、ロッガの駆逐艦の一隻が何らかの事由で爆発してへし折れる。
ロッガの駆逐艦が放った魚雷は12本。そのうちの1本が『ジルミレル』の上部に命中し、閃光と破片を巻き上げる。そしてもう1本が駆逐艦の脇腹を吹っ飛ばして、推力を奪い取った。
「……………」
秘密協定を結んだ両家の艦が、撃ち合いの果てに力尽きていく光景を、カダールは『セイランCV』のコクピットで、両目の焦点も定まらぬまま茫然と眺めていた。
そこへベルカンの軽巡航艦を串刺しにして来たノヴァルナがとぼけた声で近付いて来る。
「やあ、これで御貴殿も海賊退治の英雄ですなあ、カダール殿」
事実、生中継の画面はカダールを称賛する書き込みと、今のノヴァルナの行動を、カダールの獲物を横取りしようとしたものと受け取った、批判の書き込みで溢れていた。
「さーて、あとの残敵掃討はお任せしましたぞ―――」
そう言いつつ、ノヴァルナは『セイランCV』の傍らを通り過ぎる間際、自らが支配している通信回線を、カダールとの間のみのローカルに切り替えて、凄みのある口調でボソリと告げる。
「てめぇ…ふざけた真似すっと、またカチ込みかけんぞ、コラ」
「!!!!!!!!」
そう言い捨てたノヴァルナは、また通信回線を広域モードにして呑気そうに去って行く。
「あー、腹減ったー。艦に戻ってメシにすっかー………」
そんなノヴァルナの乗る『センクウNX』の後ろ姿を、カダールは憎悪のあまり悪鬼のように歪めた顔で振り返り、鈍い光を湛えた眼(まなこ)で睨み付けていた……………
おのれ…おのれノヴァルナめ!…貴様だけは!…貴様だけは必ず殺してやる!!!!……………
その後、海賊扱いされたロッガ艦隊は駆逐艦一隻と、ベルカンら首脳部を失った軽巡航艦のみが、這いずるように中立宙域へ辿り着き、カダール艦隊はさらに駆逐艦一隻を喪失、旗艦『ジルミレル』は航行不能に陥り、生き残った駆逐艦一隻に曳航されて、本拠地のオ・ワーリ=カーミラ星系へと引き揚げて行った………
▶#22につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる