銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第5話:逆転! 海賊討伐(後編)

#11

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 『クーギス党』の兵器の古さ―――それは、ノヴァルナがこの星系に来る途中、実際に自分の手でASGULの修理をした時に実感した事であった。
 『クーギス党』が今のように、宇宙を流浪するようになったのは二十年前の事で、まだノヴァルナが生まれる前の話だ。海賊稼業で多少は新しい機器も手に入れていたかは知らないが、ほとんどの装備はその頃のままであり、性能的に劣っているのは否めない。

 事実、『ジルミレル』を狙った魚雷は、二本が随伴する駆逐艦の迎撃ビームを受けて四散し、二本が着弾前に急行して来た『アクティブシールド』の、エネルギーバリアに接触して爆発してしまい、一本のみが『ジルミレル』の左舷下部に命中しただけであった。

 駆逐艦をへし折る威力を持つ宇宙魚雷も、相手が全長が三百メートルを越える重巡航艦となると、艦の内外にそれなりの防御機能もあって一本では破壊には至らない。
 無論、命中個所では激しい閃光と共に、大量の破片が噴き出すが、ノヴァルナが期待したのは敵の旗艦を“もう少し弱らせること”であって、その期待通りの状況ではなかったのだ。

 敵艦隊の陣形をすり抜けて航過したノヴァルナは、十分な距離をとってから、配下の『ホロウシュ』に命じた。

「全機散開しろ。あとは手筈通りだ」

 「了解!」とヘルメットのスピーカーに響く部下達の応答を耳にして、自身も機体を旋回させるノヴァルナの脳裏に、現在の状況に対する評価が巡る。

“ふん。思ってた以上に二十年の差はデカいな。第一波の魚雷が、あと二隻は駆逐艦を仕留めると踏んでたんだが…さっきの駆逐艦に命中しちまった一本と言い、やっぱECMあたりの電子戦装備に開きが来るか…あとは手筈通りとは言ったが…へへ…こいつは少々、気合いが必要っぽいぜ………”

 ノヴァルナの目論見は、第五惑星の雲海内に潜ませた16本の宇宙魚雷第一波の攻撃で、護衛の駆逐艦を六隻以上脱落させて、敵艦隊の総合迎撃能力を低下させた後、魚雷を抱えたASGULの一点突破によって、カダール=ウォーダの座乗する旗艦『ジルミレル』に、残った魚雷の集中攻撃を仕掛ける…というものである。

 作戦自体は構想通りであったが、結果は敵艦隊の軽巡1、駆逐艦4を撃破したものの、肝心の旗艦には命中魚雷1の、良く見ても中破未満といったところだ。

 その原因となったのは、使用しているのが二十年以上前の旧式魚雷であるために、敵新鋭艦のECM(Electronic Counter Measure―電子対抗手段)の妨害を強く受けた事である。それで動きが緩慢になり、迎撃砲火の餌食になったものが予想より多かったというわけだ。旗艦ではなく、護衛の駆逐艦に命中した一本も、ECMで照準が狂ったのだろう。

 とにかく今は結果云々を論じている場合ではない。自らの機体を大きく旋回させたノヴァルナは、散開した配下の『ホロウシュ』達と先を争うように、敵の宇宙艦隊へ向かった。
 それとほぼ同時に、『クーギス党』の陣形の横隊三段目に控えていた、ダーツの矢のような形の宇宙攻撃艇が八機、急加速で接近を開始する。ノヴァルナ達と前後から挟み撃ちにする格好だ。さらにその間に打撃母艦『リトル・ダディ』と海賊船は、第五惑星の一つ目の月の裏側へ後退を始めている。

 ノヴァルナは『クーギス党』の攻撃艇部隊との通信回線を開いて告げた。

「敵の引き付けはこちらでやる。『クーギス党』のにーさん達は、隙を見て対艦誘導弾で攻撃する素振りをしてくれ」

 そう言っておいて、今度は回線を配下である『ホロウシュ』のASGULに切り替え、不敵な笑みと共に景気づけの言葉を言い放つ。

「行くぞ、てめぇら! ナグヤの主従の操縦技術は宇宙海賊も真っ青だってトコを、『クーギス党』のにーさん達に見せてやれ!!」



 その十数分後、カダール=ウォーダは艦橋の戦術ホログラムが映し出す戦況に、苛立ちをあらわにして怒鳴り声を上げた。

「あの程度の小戦力相手に何をやっている! 陣形が乱れてるぞ!!」

 画面では逆雁行陣形を取っていたはずの艦隊が、バラバラになってしまっている。海賊の母艦の後退に釣られるように、陣形の両翼が間延びしたところにASGULと攻撃艇が、艦隊の一隻ずつに襲撃行動を取ったため、個々の艦がそれぞれに回避運動を行ったからだ。
 こうなっては如何なカダールでも、自分達が敵の思惑通りに動かされている事を認めざるを得ない。現在のところ損害は、魚雷攻撃で失った軽巡1と駆逐艦4のままだが、それ以降脱落艦が出ていない事にも、意図的なものを感じてしまう。

「各艦とも間隔を詰めろ! 迎撃砲火の間を抜かれてるではないか!」

 カダールの苛立ちはもっともなものだった。『クーギス党』の主力兵器の宙雷艇(海賊船)との機動戦に備えて駆逐艦中心に編成した艦隊のはずが、肝心の宙雷艇は母艦と共に後退中であり、その代わりに、予備兵力に近いさらに小型のASGULや宇宙攻撃艇が、しつこい蚊のように纏わり付いて来ているのである。

「な…なにぶん、臨時編成したロッガ家との混成艦隊ですので、統一的な艦隊行動は…」

 傍らに控える側近が言い訳がましく宥めにかかるが、その言葉を言い終わらないうちに、とうとう喪失艦が出た。ロッガ家のベシルス星系に駐屯していた駆逐艦だ。一隻だけ隊列から大きく外れ出たところに集中攻撃を喰らったのだ。
 複数のASGULのビーム攻撃でシールドが過負荷状態になったところに、宇宙攻撃艇からの対艦誘導弾を喰らい、爆発を起こす駆逐艦。その閃光に照らされたカダールの顔が、怒りに歪み癇癪を起こしたように言い放つ。

「ええい、もういい! 俺のBSHOを用意しろ!」

「こっ! このタイミングで出られるのですか!? 危険すぎます!」

 確かに高機動戦闘に秀でたBSHOなら、六機のASGULと八機の攻撃艇を屠るなどは、雑作もないことである。だが側近の言うように、敵に翻弄されているところで出撃時の無防備な状態を狙われては、BSHOとてたやすく討ち取られる事は間違いない。
 だがカダール=ウォーダは聞き入れなかった。このまま徒に時間を浪費していては、ロッガ家のベルカンに、第二惑星の『アクアダイト』の件を嗅ぎ付けられそうに思ったのだ。

「俺に考えがある。いいから俺の『セイラン』を起動しろ」

 そう告げるカダールは、もう艦長席から立ち上がっていた。側近が困惑したように尋ねる。

「か、艦隊の指揮はどうされるのです? ロッガのベルカン殿に移譲しますか?」

「貴様が執れ!」

「わっ! わたくしですか!?」側近は目を剥いて確認する。

「当たり前だ。奴に渡すと、母艦の拿捕を最優先にするだろうが! これで貴様も我がウォーダの提督だ。よかったではないか!」

 カダールは艦橋の出入口に向かいながら、冗談交じりに側近に命じる。そして自動で開いたドアを抜ける瞬間、戦術長を指差して「補佐してやれ」と一応の配慮は見せた。

 程なくして、ノヴァルナは敵艦隊の動きに変化が起きたのを見て取った。ASGULの人型変形機能を封印して、楔型をした高速機動形態での一撃離脱戦法で翻弄する事により、敵艦の陣形を崩し、連携による敵の迎撃砲火網を寸断していたのが、敵は陣形の維持を放棄したようにバラバラに前進加速を始めたのである。

 彼等が目指しているのは、このMD-36521星系第五惑星の一つ目の月を回り込み、裏側へ抜けようとしている『クーギス党』の中型タンカー『リトル・ダディ』に間違いないだろう。
 打撃母艦代わりに使っているあのタンカーさえ破壊すれば、『クーギス党』はどう足掻こうと超空間転移航法する手段を失い、ASGULも攻撃艇もこの星系から何処へも行く事は出来なくなるからだ。

 ふん、まあそう考えるのが普通だわな…とノヴァルナは思いつつ、『リトル・ダディ』のモルタナと通信回線を開いた。

「ねーさん、奴等が速度を上げた。そっちの追跡に本腰を入れるみたいだ」

「そのようだね。敵の旗艦へのダメージが小さかったって事かい?」

 モルタナはカダールの旗艦『ジルミレル』へのノヴァルナ達の攻撃が、あまり芳しいものではなかった事を気付いているようだ。
 それもそのはずで、本来ならば敵は大ダメージを受けたカダールの旗艦を守るため、逆雁行陣形から防御中心の球形陣に変更し、動きを鈍くしていなければならなかったのだ。ただモルタナもこういう展開になる事はある程度、予想していたらしく、ノヴァルナに対する口調は咎めるようなものではない。

「ああ、やっぱ古いシステムじゃ今のECMはしんどかったってわけだ」

「わかったよ。じゃあ、そっち用の策で行くとしようか。全速で20分てとこだね?」

「すまねーな」

 詳しい事は不明だが、ノヴァルナとモルタナのやり取りからすると、どうやら彼等の作戦の真の目的は時間を稼ぐ事であるらしい。そしてカダールの『ジルミレル』に与えた損害が、期待以下であった場合の修正案も用意しているようである。月の裏側へ回った『クーギス党』の『リトル・ダディ』と六隻の海賊船は、船体から金属製の何かの小型装置を大量にばら撒くと、加速をかけて第五惑星圏から離脱を始める。

 一方でノヴァルナは、敵が陣形を崩したまま前進を始めた、もう一つの意味も理解していた。『ホロウシュ』と攻撃艇に警告する。

「気をつけろ。BSHOが出て来るぞ!」


▶#12につづく
 
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