銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

文字の大きさ
上 下
52 / 422
第5話:逆転! 海賊討伐(後編)

#08

しおりを挟む
 マリーナとフェアン達が惑星サフローを離れて丁度二日が経ったその時、カダール=ウォーダは座乗する『スラゲン』型重巡航艦の艦橋で、通信スクリーンに映ったロッガ家派遣部隊の指揮官、コバック=ベルカンに片眉を吊り上げていた。

「奴らの母船を生け捕りにしろだと?」

「さようです」

 大きく頷いて答えるベルカンの、弛みのある頬がスクリーンの中で揺れる。

「奴らの母船には、今まで奪われた水棲ラペジラル人がいるはず。あれは本来、我がロッガ家が受け取るべきもの。出来れば手に入れるようにと、本職は命じられております」

 カダールは相手に聞こえないように、「チッ!」と舌打ちした。今頃になって…と胸の内で呪詛の言葉を吐く。
 『クーギス党』討伐部隊は、MD-36521星系へ向けて最後のDFドライヴの準備中であった。そのタイミングでこのような話を持ち掛けて来るのは、意図的なものとしか思えない。

 カダールは少し考える素振りをしたあと、おもむろにベルカンの要請を承諾した。

「よかろう、ベルカン准将。状況によるが善処するとしよう」

 ベルカンはそれを聞いてニヤリと暗い笑みで応じる。

「ありがとうございます、殿下。これで本職も任務に励めるというもの…では、指揮の方、宜しくお願いいたしますぞ」

 それに対し、カダールは「うむ。ではのちほど…」と告げて通信を終了させる。そこへ傍らに控えていた側近の男が、意見して来た。

「よろしいのですか、そのような話…」

 側近の懸念はロッガ家の要求にあった。彼等は知らないが、MD-36521星系第二惑星に『クーギス党』とナグヤ=ウォーダ家が、水棲ラペジラル人を使役する『アクアダイト』抽出プラントを建設しているなら、『クーギス党』母船には水棲ラペジラル人はすでに乗せられていないはずなのだ。
 
 無論これはノヴァルナが発したデタラメの情報だが、カダールはもはや完全にその話を信じていた。
 ベルカンの言い分は、指揮権をロッガ家配下のベルカンではなく、イル・ワークラン=ウォーダ家のカダールに一本化する代わりに、引き渡されるはずであった千二百人近い水棲ラペジラル人をよこせという事だ。当然と言えば当然で、ベルカンがこのタイミングで持ち出して来たのも、断れないと踏んだからであろう。

「状況によって善処すると言っただけだ。無論、何かのはずみで母船が破壊されてしまう可能性もあるだろう?」

 それはつまり、母船を破壊してしまえという指示である。証拠隠滅を図るなら然るべき手段だった。
 納得顔で「なるほど」と応じる側近を横目に、カダールはNNLで艦橋前面の空中に目標のMD-36521星系外縁部、第五惑星付近の戦術ホログラムを立ち上げる。

「それよりもノヴァルナ共が、我らの追跡を察知している可能性…間違いないのだな?」

 カダールの質問に側近は「はい」と言い、続けた。

「件のナグヤへの通信データの解析を続けましたところ、添付ファイルを指定ID以外で開いた場合、その通信の傍受に使用したサーバーデータが、NNL経由で通知されるトラップウイルスが仕掛けてありました。ノヴァルナ様は少なくとも、ベシルス星系内で通信データが開かれた事を、知っているはずにございます」

 側近の報告に、カダールは「ふん!」と鼻を鳴らした。小賢しいナグヤのガキが、待ち伏せでもするつもりだったのだろう…これがMD-36521星系まで、一日ほどの距離だったならば引っかかったかもしれんが、三日もかかればその間に通信データの洗い直しも出来るというものだ。ナグヤの大うつけが!足らぬ頭で考えたつまらぬ罠など通用せん事を、戦力差でもって思い知らせてやる………

 酷薄そうな顔の口元を歪め、「ククク…」と嘲るような笑い声を発したイル・ワークラン=ウォーダ家の嫡男は、艦長席に深く身を沈め、宙に浮かぶ第五惑星のホログラムを悠然と指差して命じた。

「準備出来次第転移せよ。それから俺もBSHOで出るぞ」






―――およそ一時間後、MD-36521星系第五惑星圏



 楔型をしたASGULの、狭いコクピットに座るノヴァルナの眼前には、暗緑色をした第五惑星のガスの雲海がある。
 その雲海の右下で巨大な渦を巻く、ほぼ黒に近い緑色の斑紋は何千年も続く超大型の台風であろう…このようなガス惑星において、しばしば見られる自然現象だ。

 静寂…それは宇宙空間では当たり前の事であったが、ここではそれがいっそう、ひしひしと迫って来るように感じる。

“静寂には静寂の音ってのがあって、宙域によって違うのかも知れねーな………”

 珍しく詩的な事に想いを巡らせ、ノヴァルナは間もなく現れるであろう、敵部隊を待つ。

「こ、来ないッスね…」

 ヘルメットに聞こえて来たのは隣のASGULに乗る、新入りのトゥ・キーツ=キノッサであった。言葉の端に緊張を漂わせている。
 無理もない…まだ14歳の少年にとって、これが初の宇宙戦闘―――初陣なのだ。記憶インプラントでASGULの操作法自体は把握出来ているはずだが、上手く適応出来るかどうか、生き残れるかどうかは、本人の才覚次第である。

 同じくASGULに乗る『ホロウシュ』達…ラン・マリュウ=フォレスタ、ナガート=ヤーグマー、ヨリューダッカ=ハッチ、シンハッド=モリンは無言であった。ランを除いては普段無駄口の多い連中だが、彼等はどちらかと言えば、初めて乗るASGULにまだ戸惑っているのだろう。

“心配すんな。俺も同じようなもんさ…”

 自分も初めて実戦で乗るASGULの“酷さ”に、ノヴァルナが苦笑したその時、この惑星圏に並べた哨戒プローブの一つが反応を捉えた……


▶#09につづく
 
  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...