銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶

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第5話:逆転! 海賊討伐(後編)

#08

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 マリーナとフェアン達が惑星サフローを離れて丁度二日が経ったその時、カダール=ウォーダは座乗する『スラゲン』型重巡航艦の艦橋で、通信スクリーンに映ったロッガ家派遣部隊の指揮官、コバック=ベルカンに片眉を吊り上げていた。

「奴らの母船を生け捕りにしろだと?」

「さようです」

 大きく頷いて答えるベルカンの、弛みのある頬がスクリーンの中で揺れる。

「奴らの母船には、今まで奪われた水棲ラペジラル人がいるはず。あれは本来、我がロッガ家が受け取るべきもの。出来れば手に入れるようにと、本職は命じられております」

 カダールは相手に聞こえないように、「チッ!」と舌打ちした。今頃になって…と胸の内で呪詛の言葉を吐く。
 『クーギス党』討伐部隊は、MD-36521星系へ向けて最後のDFドライヴの準備中であった。そのタイミングでこのような話を持ち掛けて来るのは、意図的なものとしか思えない。

 カダールは少し考える素振りをしたあと、おもむろにベルカンの要請を承諾した。

「よかろう、ベルカン准将。状況によるが善処するとしよう」

 ベルカンはそれを聞いてニヤリと暗い笑みで応じる。

「ありがとうございます、殿下。これで本職も任務に励めるというもの…では、指揮の方、宜しくお願いいたしますぞ」

 それに対し、カダールは「うむ。ではのちほど…」と告げて通信を終了させる。そこへ傍らに控えていた側近の男が、意見して来た。

「よろしいのですか、そのような話…」

 側近の懸念はロッガ家の要求にあった。彼等は知らないが、MD-36521星系第二惑星に『クーギス党』とナグヤ=ウォーダ家が、水棲ラペジラル人を使役する『アクアダイト』抽出プラントを建設しているなら、『クーギス党』母船には水棲ラペジラル人はすでに乗せられていないはずなのだ。
 
 無論これはノヴァルナが発したデタラメの情報だが、カダールはもはや完全にその話を信じていた。
 ベルカンの言い分は、指揮権をロッガ家配下のベルカンではなく、イル・ワークラン=ウォーダ家のカダールに一本化する代わりに、引き渡されるはずであった千二百人近い水棲ラペジラル人をよこせという事だ。当然と言えば当然で、ベルカンがこのタイミングで持ち出して来たのも、断れないと踏んだからであろう。

「状況によって善処すると言っただけだ。無論、何かのはずみで母船が破壊されてしまう可能性もあるだろう?」

 それはつまり、母船を破壊してしまえという指示である。証拠隠滅を図るなら然るべき手段だった。
 納得顔で「なるほど」と応じる側近を横目に、カダールはNNLで艦橋前面の空中に目標のMD-36521星系外縁部、第五惑星付近の戦術ホログラムを立ち上げる。

「それよりもノヴァルナ共が、我らの追跡を察知している可能性…間違いないのだな?」

 カダールの質問に側近は「はい」と言い、続けた。

「件のナグヤへの通信データの解析を続けましたところ、添付ファイルを指定ID以外で開いた場合、その通信の傍受に使用したサーバーデータが、NNL経由で通知されるトラップウイルスが仕掛けてありました。ノヴァルナ様は少なくとも、ベシルス星系内で通信データが開かれた事を、知っているはずにございます」

 側近の報告に、カダールは「ふん!」と鼻を鳴らした。小賢しいナグヤのガキが、待ち伏せでもするつもりだったのだろう…これがMD-36521星系まで、一日ほどの距離だったならば引っかかったかもしれんが、三日もかかればその間に通信データの洗い直しも出来るというものだ。ナグヤの大うつけが!足らぬ頭で考えたつまらぬ罠など通用せん事を、戦力差でもって思い知らせてやる………

 酷薄そうな顔の口元を歪め、「ククク…」と嘲るような笑い声を発したイル・ワークラン=ウォーダ家の嫡男は、艦長席に深く身を沈め、宙に浮かぶ第五惑星のホログラムを悠然と指差して命じた。

「準備出来次第転移せよ。それから俺もBSHOで出るぞ」






―――およそ一時間後、MD-36521星系第五惑星圏



 楔型をしたASGULの、狭いコクピットに座るノヴァルナの眼前には、暗緑色をした第五惑星のガスの雲海がある。
 その雲海の右下で巨大な渦を巻く、ほぼ黒に近い緑色の斑紋は何千年も続く超大型の台風であろう…このようなガス惑星において、しばしば見られる自然現象だ。

 静寂…それは宇宙空間では当たり前の事であったが、ここではそれがいっそう、ひしひしと迫って来るように感じる。

“静寂には静寂の音ってのがあって、宙域によって違うのかも知れねーな………”

 珍しく詩的な事に想いを巡らせ、ノヴァルナは間もなく現れるであろう、敵部隊を待つ。

「こ、来ないッスね…」

 ヘルメットに聞こえて来たのは隣のASGULに乗る、新入りのトゥ・キーツ=キノッサであった。言葉の端に緊張を漂わせている。
 無理もない…まだ14歳の少年にとって、これが初の宇宙戦闘―――初陣なのだ。記憶インプラントでASGULの操作法自体は把握出来ているはずだが、上手く適応出来るかどうか、生き残れるかどうかは、本人の才覚次第である。

 同じくASGULに乗る『ホロウシュ』達…ラン・マリュウ=フォレスタ、ナガート=ヤーグマー、ヨリューダッカ=ハッチ、シンハッド=モリンは無言であった。ランを除いては普段無駄口の多い連中だが、彼等はどちらかと言えば、初めて乗るASGULにまだ戸惑っているのだろう。

“心配すんな。俺も同じようなもんさ…”

 自分も初めて実戦で乗るASGULの“酷さ”に、ノヴァルナが苦笑したその時、この惑星圏に並べた哨戒プローブの一つが反応を捉えた……


▶#09につづく
 
  
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