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第5話:逆転! 海賊討伐(後編)
#06
しおりを挟む惑星サフローの大気『アンブリア・ガス』の中を、幾条もの流れ星が虹色の長い尾を引く………
赤からオレンジ、そして黄、緑…やがては青から紫に光の尾を変化させた流星は、最後の一瞬、白く、強く輝いて消え去って行く………
まるで千変万化する人の一生のように………
そんな虹色の流れ星が漆黒の夜空に、まさに雨のように降りしきるこの時ばかりは、歓楽の光芒華やかなドーム都市『ザナドア』も、街の照明を控え、主役の星達が輝くに任せている。
サフローの大気は薄く、神秘的な虹色の流星雨だけでなく、個々の星々も輝きを増し、見上げる人々に圧迫感すら与える。
波のない湖の水面はそれらを鏡のように映し取り、湖畔にたたずむどれだけの恋人たちに永遠の愛を誓わせたか、数をも知れない。
ただ地下宇宙港の、薄暗い自家用宇宙船駐機場を一直線に貫いた、長い通路を走るマーディン、マリーナ、イェルサス、ササーラの四人には、地上で繰り広げられているそのような幻想的光景を、楽しんでいる余裕はなかった。
彼らの後方からは、私服姿の十人の男達が一団となって追って来る。イル・ワークラン=ウォーダ家のカダールが放った、陸戦隊一個小隊二十名の半数。つまり路面電車の追撃戦に加わらなかった十名だ。
言ってしまえば取り残された彼等が追いついてきたのは、マーディンらが危惧した通り、『ザナドア』管理局の手引きによるものだった。
どうやら管理局は、手は出さないが情報は出すといったスタンスらしい。そうでなければ『ザナドア』の警察である、保安隊までもが干渉して来るはずだ。
“―――あるいは、保安隊は全くの無関係で、管理局も保安隊には知られたくないのかもしれんな。警察権がしっかり分立しているのなら、充分にあり得る”
マーディンは駆けながらそう思って、後方を振り向いた。四メートル程の高さを直進する通路は、人間が二人横並びで歩けるぐらいの幅で、両側に比較的高い手摺が取り付けてある。 陸戦隊員はその通路の後方、三十メートル辺りを全速で追って来ていた。
“まずいな…”
マーディンはこの状況に心の中で舌打ちした。自分達が目指しているのは、通路に頭を向けてずらりと並んだ、多種多様な個人用恒星間宇宙船の奥から二番目、白と黄緑に塗り分けられた流線型のクルーザーだ。だがそこへ辿り着くには、まだ二百メートルほども走る必要がある。
“このままでは、追いつかれる…”
こちらにはマリーナ姫とトクルガル殿という、足のあまり速くない二人がおり、しかもその二人を守るのが『ホロウシュ』の使命であった。
“ササーラの奴も同じ考えのはず!”
意を決したマーディンは後に続くマリーナに告げる。
「マリーナ姫様!ここは私とササーラに―――」
するとこれまで全てをマーディン達に任せて来ていたマリーナが、息を切らせながらも強い口調で却下した。
「駄目です!」
「姫様!?」
「私と…トクルガル殿に…もっと…速く…走れと…言うなら…ともかく…ここまで…来て…自分達を…諦めるような…真似は…許しません!」
駆けるマリーナの靴がカツカツと乾いた音を響かせ、長い黒髪が時化の海のようにうねる。
「はっ!ははっ!」
マーディンが感じ入った様子で応え、走る速度を上げると、マリーナは後ろを走るイェルサスにも声を掛けた。
「トクルガル殿も…もっと急いで!!」
「はい!!」
と勢いよく返事するイェルサスだったが、そのふくよかな体はすでに顎が上がってしまっている。
フェアンが姉へのNNLメールで指定して来た、目指す宇宙船は百五十メートルほど先で搭乗ハッチを開いてはいるが、それ以外は何の動きもない。とある事情からマリーナ達は自分達の足で、宇宙船に乗り込まなければならないのだ。
やがて宇宙船までの距離は百メートルを切る。だが現実は非情という名の牙を、マリーナ達に剥こうとしていた。追って来る男達は十メートルを切るまでに迫り、腰のベルトから例の麻痺警棒を一斉に抜き放つ。
最後尾を走るササーラは追手との距離を気配で計ると、“もはやこれまで!”と一人、巨躯を翻そうとした。
だがササーラがそうする直前、自分達が向かっている宇宙船から、外部スピーカーを通してフェアンの声が大きく響く。
「姉様!みんな!後ろの追手を見て!!」
その言葉にマリーナ達は後ろを振り返った。反射的に何か策があるのだと思う。そして次の瞬間、薄暗い駐機場の中にフェアンの指定した宇宙船から、まばゆいビームが追手達に照射された。
「うわぁっ!!!!」
悲鳴を上げて手で顔を覆い、思わずしゃがみ込む追手の陸戦隊員達。何本かの麻痺警棒が手を離れ、通路の下の床に落ち跳ねる。船から放たれたのは殺傷力のない探照灯の光であった。しかし追手を足止めするには充分の効果がある。
そしてまた本人の言葉とは限らないが、“後ろを向け”と告げたフェアンの指示も的確だった。“目を閉じろ”と指示してしまうと、その場で立ち止まり、目を開けた時に状況把握で時間が取られる。
事実、陸戦隊員達が足を止めてすぐに、目も眩むような探照灯の光は消え、視力を奪われたままの彼等を置いて、マリーナ達は再び駆けだしていた。数刻遅れて陸戦隊員達も目をこすりながら立ち上がり、後を追い始める。
しかし最後に開いた差は決定的だった。マリーナ達は陸戦隊員に数メートルの距離を置いて、宇宙船の搭乗口に駆け込む。
彼女達のあとに数秒遅れ、搭乗口に駆け込もうとした陸戦隊員達の前に、宇宙船の中から黒服黒眼鏡の男達が現れて、無表情でビタリと立ち塞がった。先頭の陸戦隊員が「なんだ、貴様らは!!」と怒号を発する。
その間に執事らしき男に案内されたマリーナ達は、明るいブラウン系で控え目な調度の中にも、高級感が溢れる広いキャビンで、フェアンとの再会を果たしていた。
「イチ!!」
案内の執事が恭しく頭を下げる前で、マリーナは祈るような仕種をして妹のミドルネームを呼んだ。妹はキャビンの中央で緩やかなカーブを描く大きなソファーから、跳ねるように立ち上がって姉を呼び返す。
「マリーナ姉様っ!」
マーディンらが安堵の表情で見守る中、駆け寄った姉妹は手指を絡め合い、互いの無事を確かめ合った………
その一方、恒星間クルーザーの搭乗口では陸戦隊員が目を血走らせて、行く手を阻む黒服の男達に声を荒げている。
「そこをどけと言ってるんだ!さもなくば、実力を行使させてもらうぞ!!」
鼻先ギリギリで喚く陸戦隊員だが、黒服の男達は眉一つ動かさない。業を煮やした陸戦隊員の何人かが麻痺警棒を構える。今しがたの探照灯照射で警棒を落とさなかった者達だ。
すると黒服の男達の背後、宇宙船のエアロックの奥から若者の声がかかった。
「SP。下がれ」
その声に応じて黒服の男達は後退し、搭乗口を空け放つ。突入しようとする陸戦隊員。その先頭の隊員の片足が宇宙船内部の床に着いた直後、SPに下がれと命じたのと同じ声が、落ち着いていながらもピシャリと鞭打つように響いた。
▶#07につづく
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