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第4話:逆転! 海賊討伐(前編)
#11
しおりを挟むオープンデッキ上のマーディンは、背後にマリーナとフェアン、そしてイェルサスを下がらせて、屋根を走ってきた二人を迎え撃った。
飛び降りて来た二人のうち、僅かに早く降りた方の体勢が整わない間に、足払いをかけて倒しておき、続いて降りて来た方が麻痺警棒を真横に振り抜くのを、体を低く沈めてかわす。
相手はギリッ!と歯を噛み鳴らして第二撃を振り下ろすが、それをマーディンは片手で受け流し、もう一方の腕から繰り出した掌底を顎に喰らわせると、意識を朦朧とさせておいて腕をとり、立ち上がった最初の陸戦隊員とぶつけて、オープンデッキから突き落とした。
路面を転がって取り残された二人の陸戦隊員だが、それを仲間の操る馬車が駆け付けて拾い上げ、追撃を続ける。
すると路面電車は不意に速度を落とし始めた。次の駅に到着したのだ。プラットホームに電車が進入すると、この騒動に怯えて壁に張り付いていた客達は、まだ停車しないうちから我先にとホームに逃げ降りた。
そんな光景をよそに、ササーラは気絶させた相手から奪取した麻痺警棒を振るって、残った陸戦隊員と時代劇さながらの立ち回りを演じている。高圧電流を帯びた警棒が打ち合う度に、バチバチと不吉な音が起きた。
駅のホームには、電車に乗るつもりだったらしい客が何人かいたが、誰も乗るはずがない。こんな異様な状況を見せられては、乗車を避けるのが当然だ。
やがて発車時間となって、自動運転の路面電車はゆっくりと動き出した。車内では白いビキニ姿をした等身大美女の、『ザナドア』観光協会からのお知らせホログラムが、通路の真ん中に現れ、あと二時間で『虹色流星雨』が始まる事を、呑気そうに伝える。
そのホログラムの胸の谷間を突き抜けて飛び出した、ササーラの麻痺警棒が、新たに一人の陸戦隊員を床に這わせた。
一方、後ろのオープンデッキでは、二人の陸戦隊員を拾い上げた馬車が、動き出した路面電車との間合いを詰めて来る。
ただし馬車は、マーディンが待ち構えるオープンデッキに、すぐに取り付くような無謀な真似は避け、電車と速度を合わせて並走しながらタイミングを計った。
とその時、車内でササーラに頭突きを喰らって倒れていた男が、頭を振って意識を回復させ、傍らで格闘を続けるササーラの足首をわしづかみにする。
その男の頭を蹴り飛ばしてもう一度気絶させるササーラ。だがその隙に、一人の陸戦隊員が背後から組み付いて来る。
ササーラは腕を曲げて後ろ向きに強く振り、組み付いて来た男の脇腹に肘打ちを放って怯ませると、バランスを崩した相手ごと勢いをつけて座席に座る。ササーラの巨体に圧迫され、座席の上側の金属部分に頭を強打された男は脳震盪を起こし、そのまま行儀よく座った姿で失神した。
さらにササーラ自身はその反動を利用して、跳ねるように立ち上がりざま、麻痺警棒を振り下ろして来た別の相手に、カウンターでボディブローを叩き込む。
「グエッ!」と呻いて身をよじりながら倒れる相手だが、その際に麻痺警棒がササーラの、右の二の腕に接触した。
「うぐっっ!!」
バチンという音と火花が散り、激痛が走る。左半身の感覚が失われて手にしていた麻痺警棒を床に落とし、片膝をついたササーラの脇を、残っていた二人の陸戦隊員が駆け抜けた。彼らの狙いはその先で健在なマーディンである。
そのマーディンは、オープンデッキとの出入り口の飾り枠の上部を両手で掴み、向かって来る陸戦隊員の先頭の男に飛び蹴りを喰らわせた。胸板を蹴り付けられて吹っ飛ぶ男を、後から来た男は咄嗟に避けて、フェンシングのような手さばきで麻痺警棒を突き出す。
マーディンがそれを後ろに飛びずさって回避すると、男は追い立てるように突きを繰り返して、オープンデッキに飛び出て来る。それに続いて飛び蹴りを喰らった男も、体勢を立て直して姿を現し、二人並んで身構えた。
二人の陸戦隊員と対峙するマーディンの背後には、オープンデッキの手摺に背を預けた、マリーナとフェアンにイェルサスが、緊張した面持ちで身を寄せ合っている。彼女達を守らなければならないマーディンには、圧倒的に不利な状況だ。気丈なマリーナはイェルサスの肩を揺さぶって、マーディンへの助力を要請した。
「トクルガル殿、マーディンを手伝って!」
憧れのマリーナに乞われているというのに、イェルサスは大きな鞄を両腕に抱き締めた姿で、小さく首を振りながら怯えた声で言うだけだ。
「む、む、無理ですぅうう…」
オープンデッキの様子を見た車内のササーラは、まだ感覚の戻らない左半身を引きずるようにして、参戦しようと必死に立ち上がる。
ところが次の瞬間、ササーラの首に背後から、太い腕が獲物を襲う大蛇のように巻き付いて来た。意識を取り戻した陸戦隊員の一人だ。それはさっき巻き添えになって麻痺警棒を喰らった男で、ササーラと同じで左半身がまだ動かないようであり、右腕だけでササーラを阻止するつもりらしい。
「…む…ぐ…」
ササーラは相手をひっぺがそうと、体を回転させながら右腕を後ろに伸ばすが、ササーラ自身の巨体が仇となって、上手く掴めない。
するとオープンデッキの二人もマーディンに仕掛けた。最初の一人が、麻痺警棒をまたもや突き出し、次の一人は麻痺警棒を振り上げる。
しかしマーディンは突き出された警棒をスルリとかわして、相手の腕を自分の腕に挟み込み、体を入れ替えて、次の一人の振り下ろした警棒を、最初の一人が持つ警棒で受け止めた。
警棒を振り下ろした男の唖然とした顔面を、マーディンは空いているもう一方の腕で殴りつける。
その男が鼻血を噴き出して車体に背中を打ち付けると、マーディンは腕に挟んだもう一人の男の腕の肘を、グキリという音とともにあらぬ方向へ捻じ曲げた。
明後日の方角を向く自分の腕に、飛び出すほど目を剥いた男から麻痺警棒を奪い取り、マーディンはそれを容赦なく相手の首筋に押し付ける。電撃のショックで跳び上がった男は意識を失って、オープンデッキから転落して行った。
だがその直後、マーディンの背後で「きゃあああああっ!!」と、絹を引き裂くような少女の悲鳴が起こる。フェアンの叫び声だ。馬車から様子を伺っていた連中が、今を機会とみて一気に間合いを詰め、二人がオープンデッキに飛び移り、マリーナ達を捕らえに掛かったのである。
振り返ったマーディンは怒りの形相も凄まじく、主君の妹達を助けるために吶喊する。
「貴様らッ!薄汚い手で姫様に触れるなッ!!」
マーディンは怒鳴りながら、まずフェアンの細い手首をわしづかみにした男の脇腹、腎臓の辺りを強く殴りつけて引きはがすと、マリーナに掴みかかった男の首を背後から、チョークスリーパーの要領で締め上げた。
「げえっ」と呻いて口から赤い舌を飛び出させ、男はマリーナから手を放して後退する。しかしそこへ、今しがた顔面を殴られて鼻血を出した男が飛びつき、無防備になったマーディンの背中に肘打ちを放った。
「うあっ!」
背後からの尖った肘が背中の肋骨に激痛を与え、マーディンは思わずのけ反った。首締めしていた腕から力が抜け、前側の相手にも反撃の機会を与えてしまう。
だがマーディンもササーラほどではないにしろ、人並み以上の剛の者であった。
さらに背後から殴り付けようとする男に、痛みに耐えて体を素早く回転させ、鼻柱に裏拳を浴びせる。そして入れ替わりに後背の位置となった首締めを受けた男が、組み付こうと腕を伸ばして来るその懐に間合いを寄せて、“一本背負い”で投げ飛ばした。
投げられた男は、先ほど裏拳を再び鼻に受け、止まったばかりの鼻血がまた噴き出した男に激突し、二人とも絡まって路上に放り出されて行く。
しかしながら、状況はやはりマーディン一人でしのげるものではない。この一連の流れの間に、フェアンが再びもう一人の陸戦隊員の男に捕まってしまった。
「いやぁああああああっ!!」
悲鳴を上げて身をよじらせるフェアン。彼女を後ろから羽交い絞めにした男は、マーディンが振り向くのとほぼ同時に、そのままオープンデッキから、ギリギリを並走している馬車へと跳躍した。マリーナが顔を蒼白にさせて、妹のミドルネームを叫ぶ。
「イチ!!!!」
馬車はフェアンを連れ去るつもりらしく、路面電車の傍らから離脱しようとした。マーディンはフェアンを助けるため、躊躇う事なく馬車めがけて宙を舞う。
「イチ様ッ!!」
マーディンは驚異的な跳躍力を見せ、馬車の二列になった客席に飛び乗った。御者をしていた男が驚いて後ろを振り返る。
客席のシートはえんじ色の高級な布地に、錦糸で蔓草模様の刺繍が施されており、フェアンを捕らえていた男は、彼女を後ろの客席に突き飛ばして、マーディンに立ち向かって来る。
マーディンはその男に膝蹴りを喰らわして機先を制すると、衣服の胸倉を両手で掴んで締め上げた。
すると前で御者をしていた男が、仲間の不利と見て取ったらしく、馬車を引いているロボット馬の手綱を放し、腰のベルトの麻痺警棒を握って伸ばすと、背中を向けているマーディンに殴りかかろうとする。それを見たフェアンが後部座席から、悲鳴に近い声で警告した。
「マーディン!うしろッ!!」
▶#12につづく
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