40 / 422
第4話:逆転! 海賊討伐(前編)
#09
しおりを挟むそれから程なく、ノヴァルナの本拠地、惑星ラゴンのナグヤ城では、家老のショウス=ナイドルが、惑星サフローから届いた奇妙な通信連絡に、首を捻っていた。
上司で筆頭家老のセルシュ=ヒ・ラティオは、ナグヤ=ウォーダ家の定例会議が行われているスェルモル城から、いまだ戻っておらず、現在のナグヤ城はナイドルが指揮官である。
「どうしたものか…」
自分の執務室で、NNLのホログラム画面に映る通信文と、添付されている空のファイルを眺めて呟くナイドルは、セルシュ同様、初老に差し掛かった古参の家臣で、軍務より政務中心に歩んで来た。
性格も温厚であり、あまり武人らしくはないものの、戦闘経験は皆無というわけでもなく、戦場で武勲を上げた事もある。
そこにドアをノックする音が響き、インターホンが名乗りを伝えた。
「ヨヴェ=カージェス。参りました」
「ああ、入ってくれたまえ」
柔らかな口調でナイドルは入室を許可する。ドアが開いて入って来たのは、背は低めだが筋骨隆々とした鋭い目の男だ。
ヨヴェ=カージェスは20歳。マーディンらと同じく、ノヴァルナの初陣を生き残った『ホロゥシュ』の一人で、元からの配下である。
「これを」
ナイドルはホログラム画面に指先を触れさせ、カージェスに向けて投げるような仕種をした。カージェスはそれを指先で押さえる仕種をし、手首を返して手の平を開く。するとまるで手品のように、目の前でナイドルが開いているのと同じ画面が現れた。
「これは…惑星サフローを訪れておられる、ノヴァルナ様の御妹君からの超空間通信ですね………?…なんですか?『クーギス党』との会見とか、なんとか」
「それを聞きたいのは、私の方だよ。これには、君の方にも回すよう記されている…また殿下と君達との、何かの悪ふざけではないのかね?」
「い、いいえ。私にも全く身に覚えのない事で…」
ナイドルに、説教をする小学校の先生のような目で問い質され、カージェスは顔を引き攣らせながら、愛想笑いを浮かべた。
彼等の元に届いたのは、例のノヴァルナが妹のフェアンに組ませたダミー通信であった。内容は知っての通り、丸っきりのデタラメだ。
ただし、それに添付されていた空のはずのファイルには、ヨヴェ=カージェスのIDを持つ者…つまり本人だけが見られる、仕掛けがあったのである。
「ん?何かね、それは?」
カージェスの開いたホログラム画面に、自分のホログラムにはない、添付ファイルの中身が映し出されている事に気付いたナイドルは、怪訝そうに尋ねた。
「さぁ?…」
カージェスも首を傾げながら、ファイルの中身を拡大する。それは一枚ものの文章らしい。
その直後、文章に目を通したカージェスは、俄かに表情を変化させ、緊張に体を強張らせた。添付ファイルの中にあったのは、ノヴァルナからカージェスら『ホロゥシュ』達に向けた、命令書だったのだ。
「こ、これは!!」
「なんだ?何かあったのかね!?」
カージェスの表情の変化に、ナイドルも主君ノヴァルナに、何か問題が起きた事を知る。しかしカージェスはナイドルの問いには応えず、「失礼します!!」と叫ぶように言って、執務室を飛び出して行く。
「こっ!こらぁっ!!待て!!待たんかぁっ!!!!」
温厚なナイドルだが、豹変したカージェスの無作法に、怒声を発する。
ただ彼はこの時はまだ、日頃から傍若無人なノヴァルナが、また旅行先で何かをやらかしたのだと思っていた。
まぁ、ある意味間違ってはいないのだが………
惑星サフローの、観光/レジャー用ドーム都市『ザナドア』は、直径が約10キロメートルの半球型透明ドーム内に、複数のホテルと巨大アミューズメントパーク、商業施設などが建設されたシティドームに加え、ほぼ同サイズでランチパックを思わせる、長方形の農園ドームで構成されており、緑がかったカーキ色をした半円状の台地の上で、赤色巨星『スラベラ』の反射光を輝かせていた。
『ザナドア』がドーム都市である由縁は、惑星サフローの大気が、呼吸に適さないからである。
サフローの大気は、前述の通り『スラベラ』の赤色巨星化によって、それまで海であったのが蒸発したアンモニアと、以前からの大気が合わさって化学変化を起こした、『アンブリア・ガス』という特殊な大気で、人体にとって有毒であった。その濃度は希薄であり、サフローの地表から見ると昼間でも、うっすらとオレンジ色が混じった夜空が広がっている。
しかしその一方、この特殊な『アンブリア・ガス』のおかげで、惑星サフローの名物、『虹色流星雨』が見られるのだ。
惑星サフローの公転軌道は大部分が、かつての衛星が崩壊した跡とされる、酸性岩質の宇宙塵の中にあり、この無数の宇宙塵が、サフローの『アンブリア・ガス』の中で燃え尽きる際、美しい虹色の尾を引くのである。
しかもこの虹色の発光は、映像にすると赤一色にしか映らない特殊なもので、現地に来て自分の肉眼でしか、確かめる事が出来ない。
そのために、NNL(ニューロネットライン)の惑星環境バーチャルアプリでも、本物の『虹色流星雨』の映像は体験不可能でCGによって再現するしかなく、惑星サフローに来訪する事自体が、銀河皇国中央周辺の住民にとっては、社会的地位に対するトレンドともなっているのである。
「マリーナ様、イチ様。お早く」
先を行くササーラに促され、ノヴァルナの二人の妹は、高級ホテルの立ち並ぶ通りの歩道を小走りで駆けていた。
ナグヤ城に超空間通信を送って丸一日が経っており、彼女達の兄のノヴァルナは今頃、イル・ワークラン=ウォーダ家と、ロッガ家の連合部隊を叩くため、『クーギス党』と共に中立宙域の端に位置する、MD-36521星系へ向かっているはずだ。
マリーナとフェアンの二人の背後には、マーディンとイェルサスが、後方を気にしながらついて来る。
マリーナ達が『ザナドア』へ到着したのは、自動化されて無人となっている廃棄物搬出ポートに、ステルスモードで接近した海賊船からの、昔懐かしい響きすら感じる宇宙遊泳によってであった。
そして何食わぬ顔で当初の予定通りに、惑星ラゴンのガルワニーシャ重工役員の子弟一行で予約していたホテルに、“足りない人数は後から来る”と言ってチェックイン。ホテル備え付けの端末からナグヤに、例の超空間通信を送ったのである。
ただ、超空間通信を送ったマリーナ達は、その直後にホテルから外出すると、予約なしでも泊まれる別のホテルを探し出して、元のホテルをチェックアウトしないまま、そこに部屋を得たのであった。
これはノヴァルナの指示であり、マリーナ達を追う者が現れた場合、元のホテルをチェックアウトしていない事で、情報収集を少しでも混乱させて、時間を稼ごうという思惑である。
その時間とはマリーナ達が、次のオ・ワーリ=カーミラ星系行きの定期便に乗るまでの時間だった。
往路で乗った『ラーフロンデ2』は、人工冬眠させた水棲ラペジラル人を輸送するために、ロッガ家あるいはイル・ワークラン=ウォーダ家の息が掛かった者が、上級職にいたのであろうが、それ以外の船は、無関係の乗員によって運航されているはずで、それらの船に乗ってしまえば、追手も迂闊に手出しは出来なくなるに違いなかった。
ノヴァルナはカダールらと戦うためにベシルス星系を離れており、迎えには来られない。マリーナ達が惑星サフローから離脱するためには、この定期便を利用するなりして、自力で離脱しなければならないのだ。
しかし定期便の出発には、まだもう一日あるという時点で、マリーナ達は怪しい一団と遭遇してしまった。
新たにチェックインしたホテルから出掛け、歩道に出た直後に、護衛のマーディンら『ホロウシュ』から見れば、すぐに兵士と分かる私服姿の男達が、通りの反対側に固まっているところに出くわしたのである。
その人数は20名で、おそらく陸戦隊1個小隊だと思われた。
気付かなかったふりをして、歩道を歩き始めたマリーナ達であったが、やはり男達は後をつけて来る。
今の状況は、もうしばらくすれば始まる、惑星サフロー観光の本命、『虹色流星雨』を見ようと、人通りが多くなった歩道を、雑踏に紛れて男達を引き離そうとしているところだ。
しかし状況は厳しい。目くらましの効果がなく、すぐに新たな宿泊先が知られたのが、例えこの場を逃れられても、相手の監視網からは逃れられない事を物語っている。どうやら、ドーム都市『ザナドア』の管理局は、予想以上に今回の件に関与しているらしい。状況的に彼らが情報を渡しているとしか、考えられない。
「こうなれば港に向かいましょう。定期の旅客船を待つより、貨物船にでも潜り込んで、この星から離れるのが先決です」
そう言ったのは、マリーナとフェアンを誘導して前を行く、ササーラであった。
通りを行く彼らの周りにはヒト種をはじめ、多種多様な知的生命体が行き交っている。『ザナドア』内の場所的には、ホテル街を抜け、アミューズメントパークとの間にある、繁華街の入り口といった辺りだ。宇宙港はアミューズメントパークのその先にあり、発着口以外はドーム都市の地下に潜る形になっていた。
歩道の上の視界は右も左も、前も後ろも歩行者に遮られており、追って来る連中からは見られない代わりに、こちらからも追手の姿が確認出来ないでいる。
「宇宙港へ向かうのには同意ですが、直線的な動きでは、先回りされる恐れがあるのではないですか?」
いつものように人相の悪い犬の縫いぐるみを左腕に抱え、ササーラの後に続くマリーナは、僅かに呼吸を速めてはいるが、落ち着いた口調で尋ねた。
「承知しております。まずはアミューズメントパークへ。そこで奴らを待ち伏せ、私とマーディンで迎え撃って、数を減らしましょう」
「貴方とマーディンの二人だけで?危険だと思いますが?」
「ご心配なく。足止めするだけです」
するとマリーナは、少し声を落として問い質す。
「相手を殺す事になりますか?」
「いいえ…」
ササーラはそこで少し間を置いてから続けた。
「どちらかといえば敵に負傷者を多く出し、手間取らせるようにしたいと思います」
死者より負傷者を多く出した方が、その処理に手が取られて時間が稼げる―――これは、基本的な戦術の一つでもある。
相手の命を奪いはしないものの、あまり気持ちの良い戦術とは言えないが、それを却下出来るような余裕はない事ぐらい、マリーナも理解している。
「任せます。ササーラ」
旅客船『ラーフロンデ2』から脱出し、『クーギス党』の海賊船に追われた時に、マーディンに発したのと同様、マリーナは全幅の信頼を置いている事を示すように、短い言葉で状況をササーラに一任した。
ササーラは「はっ!」と野太い声で応じ、道路を行く路面電車を指差した。
「あれを利用致しましょう」
▶#10につづく
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武
潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる