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第4話:逆転! 海賊討伐(前編)
#08
しおりを挟むやがて時間が流れ、ノヴァルナはベシルス星系の外縁部で、『クーギス党』との合流を果たしていた。
宇宙空間に浮かぶ、『クーギス党』の移動根拠地である巨大タンカー。
そして今度はあともう一隻、ふた回りほど小振りなサイズの、中型タンカーがそれに随伴している。簡易型BSIユニットであるASGULと、小型攻撃艇を運用する“打撃母艦”役のタンカーだ。
この打撃母艦が、通常はイーセ宙域に留まり、敵対する星大名のキルバルター家や、かつての同志であった『シズマ十三人衆』から、生活に必要な物質などを奪い取っているのだ。言わばこっちが、“海賊”としての主役である。
巨大タンカー前方の船倉を改造した、海賊船の格納庫では、喜びと悲しみの光景が同時に見られた。
喜びの光景とは、ロッガの駆逐艦にノヴァルナの妹達と同時に収容された、海賊船の乗組員が、巨大タンカーの居住区に住む家族と、再会出来た光景である。
そして悲しみの光景とは、護衛艦隊に撃破された、二隻の海賊船の遺族達だった。生存者が駆逐艦に収容されているのではないか、という一縷の望みから、出迎えに参加していたのだ。
肩を寄せ合う遺族達の元には、『クーギス党』の頭領の、ヨッズダルガ=クーギスもおり、むせび泣く一人の老婦人の肩に手を置いて、こちらに向けた大きな背中を丸めている。老婦人は撃破された海賊船に、息子でも乗っていたのだろうか…
「…………」
その姿をやや離れた通路から、オリーブグリーンのジャケットのポケットに両手を突っ込み、無言で見詰めるノヴァルナの元へ、副頭領の女性、モルタナ=クーギスが伏し目がちに歩み寄った。彼女の後ろには、人質として預けていたラン・マリュウ=フォレスタがいる。
一方、ノヴァルナの周囲には誰もいない。キノッサと『ホロゥシュ』達は、カーズマルスと共に出撃準備のため、すでに中型タンカーの方へ移動していたからだ。
「海賊船に乗ってる連中はね…」
モルタナは、自分も老婦人の方に顔を向け、静かな声でノヴァルナに告げる。
「元は軍人なんかでもなく、ただの商船乗りだったんだよ…あたいらが、シズマ恒星群にいた頃はね」
それを聞いても、遺族達を見るノヴァルナは別段表情を変えなかった。ただモルタナもそれは承知の上らしく、構わず話を続ける。
「あたいら以外の十三人衆の奴らが、キルバルター家にシズマ恒星群を売り渡した時に、あたいらの星、ディーンの連中だけは、あたいらについて来てくれた。この根城代わりのタンカーだって、商船乗りの連中の持ち船だったんだ」
そこまで言って、モルタナはキュッと唇を噛んだ。
「―――連中を守らなきゃならない。守る義務が、あたいらにはあるってのに!現実は…」
モルタナが感情の高ぶりを見せて声を荒げようとするのを、ノヴァルナはポツリと口を挟んで制す。
「やめよーぜ、ねーさん」
「え……?」
振り向くモルタナに、ノヴァルナも顔を向けて、ぶっきらぼうではあるが、優しさも感じさせる口調で続けた。
「俺もねーさんも、好きで星大名や独立管領の家に、生まれたわけじゃねーが…人の生き死にを背負わなきゃなんねー立場である以上、泣き言なんて贅沢は、そうそう口に出来ねーってもんだろ?」
ノヴァルナのその言葉に、モルタナは目を伏せて少しの間を置き、微かに憂いを含んだ笑顔を見せる。
「ふ…あんた、年下のくせに生意気だよ」
「おう!それが俺の売りさ」
顎を突き上げ、軽い口調で受け応えるノヴァルナ。モルタナは気を取り直した様子で、笑顔を大きくし、背後にいたランを促した。
「この子は返すよ。今は、一人でもあてになる戦力が要るんだろ?」
いろんな意味でホッとした表情のランが、フォクシア星人特有の狐の尻尾を軽く振りながら傍らに来ると、ノヴァルナはからかうような声でモルタナに告げる。
「おう、そりゃ助かる。返してくれるにしても、奴らをおびき出すMD-36521までは、三日もあるからな。その間にねーさんに、“つまみ食い”されるんじゃねーかと心配してたぜ」
するとモルタナは失念していたかのように、「しまった!」と小さく叫び、ノヴァルナにわざとらしく訴えた。
「やっぱりもう少し貸して!」
「やなこった!」
ノヴァルナは即座に言い返し、モルタナと一緒に「アッハハハハハ!」と高笑い。そのやり取りにランだけは、引き攣った笑いを浮かべる。
ただその後のモルタナは、やや険しい表情になった。
「だけどいいのかい?にーさんの妹達、サフローの『ザナドア』に置いたままで」
それはロッガ家の秘密駐屯基地から脱出した際、ノヴァルナが二人の妹を観光ドーム都市『ザナドア』に、降ろして来た件である。
しかしノヴァルナの二人の妹、マリーナとフェアン、そしてその護衛にイェルサス=トクルガルと、『ホロゥシュ』のトゥ・シェイ=マーディンに、ナルマルザ=ササーラを『ザナドア』へ置いて来たのは、妹達を戦闘へ巻き込まないための、危機回避などではなかった。むしろリスキーな役目を果たすためだ。
例の『ザナドア』管理局が傍受し、カダールの旗艦へ転送した、“MD-36521星系で超稀少鉱物資源『アクアダイト』が産出される”、という情報を含んだ、ナグヤ城へのデータ通信。
それこそ、このところの出来事で、高い電子戦能力の才能に目覚めたフェアンが、『ザナドア』に降りて短時間で組み上げた、ダミーのデータ通信だった。このデータ通信をわざわざ『ザナドア』から送るのが、目的であったのだ。
そうする理由が、ノヴァルナには二つある。
一つは、MD-36521星系にノヴァルナと海賊がいる理由を、強化するため。
無論、第2惑星で『アクアダイト』が産出されるという話などは、水棲ラペジラル人と結び付けただけの、まるっきりのデタラメだが、これにカダールがまんまと乗せられたのは、すでに知っての通りだ。
そしてもう一つの理由。これが重要であった。
それは、“銀河皇国直轄地である、惑星サフローの観光ドーム都市『ザナドア』が、どの程度まで水棲ラペジラル人の闇取引に、関与しているのか”だ。
フェアン達が送ったデータには仕掛けがあり、添付していた『アクアダイト抽出プラント概要図』―――タイトルだけの空ファイルをコピーして開くと、どこのサーバーで開いたかが、NNL経由でノヴァルナの元へ届く、トラップになっていたのである。
その結果はノヴァルナの予想が正しく、カダールの旗艦の他に、添付ファイルを開いたのが、通信データの送信元…銀河皇国直轄である『ザナドア』の管理局だと判明した。
ノヴァルナは、今回の水棲ラペジラル人の闇取引に、銀河皇国も裏で少なからず噛んでいると見ていたのだ。
ただし、銀河皇国政権全体ではなく、その一部であろう。そうでなければ、オ・ワーリ宙域のイル・ワークラン家から、オウ・ルミル宙域のロッガ家への、ラペジラル人の受け渡しに、中立宙域直轄地『ザナドア』を貸しながらも、中立条約を遵守する形で、輸送は軍艦ではなく、民間船を使用させている意味が通らない。
これはおそらく、『ザナドア』内で行われる受け渡し行為自体は、皇国関係者の監督下で行われ、外宇宙を行き交う輸送行為…つまり皇国全体からの目に触れ易い行為は、秘匿しなければならないからだ。
また秘匿する事情から言えば、イル・ワークラン家は他のウォーダ家に。ロッガ家は同じオウ・ルミル宙域の属国でありながら、近年反抗的なアーザイル家に、知られたくはないはずである。
これらの情報から鑑みると、中立宙域で惑星サフローを介さず、イル・ワークランとロッガの両家が堂々と、水棲ラペジラル人を取り引き出来ない理由が、おのずと見えて来るというものだった。
しかし…とノヴァルナは思った。
“こっから先は、この戦いが終わって、生き延びてからだ。おそらく『ザナドア』を支配している、皇国中央の貴族辺りが関わってるんだろうが…中央で何かが、起き始めてるのかも知れねーな”
この案件で気になるところは、惑星サフローを含むベシルス星系が、ヤヴァルト銀河皇国の直轄地である事と、ロッガ家も、キルバルター家も、皇国貴族の地位を持つ古い家系で、星帥皇室にも影響力があるほどだという事だ。
ただこれが、皇国中央で何か異変が起きる兆候であったとしても、国の内外に敵を抱えた今のノヴァルナには、どうする事も出来ない。それどころか三日後の戦い次第では、この世に存在しなくなっているかも知れないのだ。
「どうしたのさ?」
思案顔で遠くを見る目をするノヴァルナに、モルタナは問い掛けた。
「いんや、何でもねーよ」
とぼけた声で応じたノヴァルナは、いつもの不敵な笑みをモルタナに向ける。
「藪をつついて、結果的に蛇を出しちまうかも知んねーが、それもまた一興って話さ」
「?」
首を傾げるモルタナ。ノヴァルナは彼女の背中をポンと軽く叩いて、脇をすり抜けざまに言った。
「さぁて。俺も自分の機体を見て来るわ。なんせASGUL(アスガル)に乗るのは、初めてだからな…ラン、行くぞ」
「晩メシまでには帰って来なよ。一緒に食べるだろ!?」
そう言うモルタナに、ノヴァルナは「おう」と応じて去って行く。その傍らではノヴァルナ自身、ASGULで出撃する話など初耳のランが、血相を変えて、「ASGULなんて脆弱で危険です!どうかおやめ下さい!」と説得していた………
▶#09につづく
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